04 グルルと死の湖
「よーし、捕まえたっ、と」
俺は魔物の背中をぽん、とやった。
三つ首の魔物は、体力の限界とばかりに倒れて、ぜいぜいと、あらい呼吸をしていた。
全裸で森を走っていることに最初は違和感があったが、だんだん慣れてきた。
「なんだお前? 運動不足か?」
「グルルル……」
魔物は俺を、力なく見ている。
「こうして見ると、あんまりこわくないな」
「グルルル……」
「まさかお前、グルルっていう名前なのか?」
「グルルル……」
そうなんだろうか。
どっちなんだろうか。
頭をなでてやろうとしたら、びくっ、と首を引いた。
「なんだ? 意外とおくびょうなんだな」
俺は頭をぐいぐいとなでてやる。
これだけ大きい魔物だし、強めにやってやらないとなにも感じないだろう。
ぐいぐい。
「グニャ、グニャ」
変な声を出す。
嫌そうな目をする。
でもそういう目をするのが、クセかもしれない。
本当に嫌だったら抵抗するだろうし。
「グニャ!」
なんて思っていたら、前足で俺の顔をひっかいた!
ひっかいたあとの前足から、鋭い爪が何本も見えている。
でも、顔をさわってみても血は出てない。
痛くもない。
やっぱり俺を傷つけるつもりはないようだ。
「やっぱりなついてくれてるんだな」
猫をなでていて、ひっかかれたことはある。
それより痛くないくらいだ。
よっぽど気を許していてくれているにちがいない!
「なんだ、俺のこと大好きか?」
「グルルル……」
「なんか、ずいぶんつかれてるなあ」
「グル……」
「運動不足か?」
「グルル……」
「腹減ってるのか?」
魔物は、頭を上げた。
暗い森の中、視線の先には茂みがある。
その茂みには、黄色い実がなっていた。
「あれを食べてるのか?」
「グル」
「そうか。……それ、はい、ってこと?」
「グル」
グルルは言った。
「お前は魔物?」
「グル」
「俺は魔物?」
「グルル」
「森の外に行ったことある?」
「グルル」
どっちだろう。
「木の実は好き?」
「グル」
「いまは朝?」
「グルル」
「俺とは昔からのつきあい?」
「グルル」
「いま雨は振ってる?」
「グルル」
「今日は木の実食べた?」
「グル」
これは。
もしかして、グル、が、はい。
グルル、が、いいえ。
なのでは?
「そういうこと?」
「グル」
魔物は言った。
たぶん、通じてる!
「お前、会話がわかるのか! すごいな!」
足をバンバンたたいたら、魔物がグワ! と声を出した。
後ずさりする。
「なんだよ、痛がってるのか? 大げさだなあ」
俺がたたいたくらいで、こんなにでかい魔物が痛いわけない。
これも、ふざけているんだろう。
「そうだ、お前、家はあるのか?」
「グル」
「連れてってくれよ」
「グルル」
「え、なんで」
「……」
魔物はしばらく俺を見ていた。
それから急に走り出す。
「お、待てよ!」
もうまわりは暗くなってるのに。
よっぽど楽しいんだな。
「グルルル……」
俺は魔物を捕まえたあと、背中に乗って、一緒にすみかに行くことにした。
「そうだ。お前の名前はグルルな?」
「グルル……」
「なんだよ、いいだろ? グルル!」
俺は背中をガシガシと、強めになでてやる。
「グニャア!」
また変な声を出した。
「グルルでいいよな?」
「グル……」
「そうだ。じゃあ、このへん、川とか湖とか、あるか?」
「……グル」
「連れてってくれよ。お前のよだれで、ベトベトなんだからさ」
「グル」
やってきたのは、森の中の湖だった。
「ふうん」
グルルの背中から降りて、水面に近づく。
水自体は澄んでいるようだが、まわりは暗くなってきていて水の底はよくわからなかった。
「よいしょっと」
全裸なのでそのまま入る。
足を入れたところから、水面に波紋が広がっていった。
そこで気づいた。水面がとてもおだやかで、鏡面のように真っ平らなのだ。波紋が広がっていく様子がよくわかる。
ゆっくり入っていく。
ちょっと冷たいが、気持ちいい。
水をすくって口に入れてみる。
「うん?」
ちょっと独特な、のどに引っかかるような感じはしたけど、おいしい。
中で体をごしごしすると、よだれのぬめりがとれていった。
あーすっきり。
「ん?」
鳥だ。
木の間から出てきた鳥が、湖の上を飛んでいく。
と思ったら、途中で急に変な羽ばたきをした。
そして力をなくし、どぼん、と水に落ちた。
「えっ?」
浮き上がってきた。
腹を見せて、ぷかーっ、と浮いている。
どうしたんだろう。
さいわい、あまり中心までいっても水の深さは変わらなかったので、浮かんでいる鳥を回収することができた。
もう息がないようだった。湖の近くに埋めた。
鳥の病気には詳しくないけど、急性のなにかだったんだろうか。
かわいそうに。
俺は、穴を掘るために汚れた手を洗いながら、振り返る。
「おーい! グルルも入れよー!」
グルルは、なんだかずっと、離れたところで俺を見ているのだ。
「おーい!」
「……」
「ほら、グルルー!」
水をバシャバシャとグルルの方に飛ばすと、グルルは大げさにのけぞって逃げた。
「あははは!」
ずいぶん水が苦手みたいだ。
ちょっと水がかかっただけなのに、まるで命がけみたいに必死に転がって、水がかかった部分を地面にこすりつけていた。
よけいに汚れている。ほんとうに大げさだなあ。
頭も洗ってからグルルのところにもどると、グルルがどうしても逃げまわるので、しょうがなく、体が乾くまで待って、グルルの背中に乗った。