38 髪の一撃
俺の言葉を無視して、アリンさんは馬を走らせた。
俺は急いで前にとぶ。
ちょうどアリンさんの後ろ、馬の上に着地できた。
「誰だ」
「バインです!」
「なにもする必要はないと言われただろう」
「うおっ」
馬が走り出したのだが。
「これ、どうしたん、ですか!」
速さが前のときと全然ちがう。
体が大きくうねり、暴れ馬のようだった。
俺はなんとかアリンさんの腰にしがみつく。
「離れろ」
「この馬、もっとおだやかだったじゃないですか!」
「安全に走ればな」
景色が流れる速さがすごい。
「グルルが走るより速い……!」
「あたりまえだ。でかい犬と一緒にするな」
たちまち門に入ると、町中を走る。
誰もいないからいいようなものの、ちょっと路地から顔を出す人がいようものなら、ふっとばしてしまうだろう。
「うわっ!」
急に方向転換したら、建物の入り口に入ってしまった。
ちらっと見えた品ぞろえでわかる。武器屋だ。
アリンさんは勝手に、弓と、矢がぎゅうぎゅうに詰まった矢筒を抜き取って裏口から出た。
矢筒を俺に押しつける。
緊急泥棒だ。
「しっかり持て」
「うわー!」
馬は屋根に乗ると、屋根から屋根へと飛び移りながら、最短距離で闘技場を目指す。
上には巨大なヤリが見えた。
「さっきはああ言ったが、闘技場の結界については心配はしていない」
アリンさんは言う。
「え?」
「ほぼ安全だろう」
「だったらどうして」
「まわりがどうなるか」
「空の剣が落ちたらどうなるか、知ってるか」
アリンさんは言う。
「地面に刺さって消えるのを見ました」
「そうだ。だが、結界にあたって素直に消滅するのかどうかは、私は知らない」
「え?」
「結界は闘技場の上を、半球状におおっているといわれている。つまり、ななめの場所に当たればどうなるか。消滅しない場合、強い力を持ったまま、広範囲に飛び散る可能性がある」
「あれだけ大量の剣が、高いところから落ちてきて、市街地にはねかえったらどうなるか。均等に落ちてくるよりもはるかに大きな力で、一部が、横から急流に流されるように壊滅するかもしれない。あるいは、大きなものが落ちてきたときの衝撃により、周囲がどうなってしまうのか」
「でも、人は避難できたって」
「人が無事なのはよいことだ。だが、かけがえないのは、命だけではない。それが失われたとき、人は生きていたいと思うだろうか」
「なにか、大変なものがあるんですか?」
「知らん。それは、その人間にとってバラバラだ」
「だったら隊長たちを呼べば、もっと」
「ちょうどいいスキルを持っている者はいない」
「だったら」
「いいんだ」
「お前はよくやった。あんなやっかいな相手を、よく片づけたよ。しかも、決定的な被害を出す前に。英雄と呼んでもらえる機会はのがしたが、私たちは知っている」
「……」
「お前は役目を充分果たした。だが、お前ほどの力のない私たちは、巨大な悪と戦うより、ちょっとした盗賊と戦うほうが圧倒的に多い。0か1かという戦いより、51が50にならないようにすることを考える時間が多い」
巨大なヤリが落ちてくる。
大きいと、空気の抵抗を受けるのだろうか。
それとも別の理由だろうか。
個の剣より、速度がゆっくりに見えた。
その代わり落ちたときの衝撃は、はかりしれないのかも。
もう闘技場が近い。
馬が速度を落とした。
アリンさんは脚だけで姿勢を保持して、矢を放ち始めた。
弓が大きいものを使っているらしく、遠くまで届くようだ。
一点を狙っているみたいだ。似たような場所ばかりに当たる。
あたった地点が光って壊れているようだ。でも、全体の影響はほぼなさそうだ。
「俺もスキルで手伝います!」
「さっきの、私たちを縛ったやり方を見るに、まだうまく扱えないんだろう?」
「でも! ……あ? アリンさん、そろそろもどらないと、俺たちがまずいんじゃ!」
いまからもどって間に合うのか?
「もどる必要はない」
「死ぬ気ですか!」
「闘技場の結界にそのまま入ればいいだろう」
「あ」
そういえば、入るのはかんたんだった。出られないだけだ。
「なんだ? お前は、私が命がけでやっていると思ったのか?」
言ってる間もアリンさんは矢を射る。
「私はなにより自分の命を大切にしている」
「そのわりに、樹海で危なかったですけど」
「……」
「無茶もしてるんですよね」
アリンさんはなおも弓を射る。
「できないことはできない。できることはできる。私はできるだけのことをしておくだけだ。この一本の矢が、なにかを救うかもしれない。ささいなことだ」
闘技場の入り口が見えてきた。
ヤリが近い。
本当に塔が落ちてくるみたいだ。
でも塔とちがって、中に空洞がなく、しっかり詰まっている。
そう考えると、塔が落ちてくるほうがましかもしれない。
もう矢がなくなってしまった。
「だめだったな……。このまま闘技場に入るぞ」
「アリンさん、この馬ってケガしますか?」
「は?」
アリンさんがこっちを見た。
「この馬に、俺をけって、空に飛ばしてもらうってできますか?」
「……まさか正面衝突する気か? やめろ。まともにぶつかったら、お前でもどうなるかわからないぞ。できないことはできない。さっきの話は、命を守ることがまず優先だ」
「俺が横から一発、ぶんなぐってきますよ。そしたらだいぶ減るんじゃないですか」
「素手でか?」
「ちょうどいい武器があります。髪の毛で。単純なのは強いって、さっき聞いたんで」
「お前、なにを言ってるんだ?」
アリンさんはちょっと笑った。
それから真顔になった。
「止まって、馬にうしろを向かせてください」
「正気か?」
「いえ、本気です」
「できると思ってるのか」
「俺なら」
「わかった、行ってみろ」
アリンさんは馬を止め、反転させて進行方向に背を向けさせる。
俺はもう、軽くとんでいた。
俺が空中でかがむように落ちていくのと、馬が前脚だけで立ち上がったのがぴったりだった。
足の裏同士がちょうどぶつかった。
馬が俺をける特大の力が伝わるのと同時に、俺は思い切りひざをのばして、その足をけりかえすようにした。
はじかれるように体がふっとんだ。
闘技場の上に迫る剣のかたまりのヤリに、斜め下から突っ込んでいく。
俺は、大量の髪の毛を丸くする想像をした。
未来の毛根がなくなってもいい! 頼む!
その想像通り、手の先にのばした、髪の毛が束ねられたひもの先。
俺の体より大きい黒い球体ができあがった。
「やった!」
落ちてくるヤリと、あがってきた俺がならぶ。
近くでは、無数の剣の集まりなのが、よく見えた。
俺はヤリを見ながら、髪のひもをつかんで、鉄球がついた鎖を振る動きを想像する。
「そりゃあ!」
俺は満身の力を込めて、先端の髪の球を、ヤリにたたきつけた。
髪の球は、ヤリの下部に命中。
轟音がして、あたった部分が大きくくずれた。大量のコインが降ってきたみたいな、たくさんの金属がこすれあう大きな音。思わず耳をふさぎたくなる。
散った剣は、つぶれて消えたり、空中にばらばらになって消えたりした。
残ったヤリ、三分の二くらい、空中で傾いた。
落ちる速度は減っている。
俺は体をひねって、ふりぬいた髪の球を、逆向きに振った。
「でえい!」
命中!
また大きな音がして、残ったヤリの半分くらいが散って消えた。
まだ残った三分の一くらいが、さっき傾いたのと逆に傾く。
さらに速度を失って、地面と垂直だったのが、平行になるくらいの傾きになった。
今度は振り抜いた髪の球を、遠心力を利用して下側にまわりこませ。
体を振られるが、勢いを失わないように耐えつつ。
まわりこませた髪の球を、下から、空に向かって打ち上げるように振る。
球の中心が残ったヤリの中心をとらえた。
今度はあまり音はしなかった。
残ったヤリが、空に向かって大きく散らばって消えた。
俺はそのまま空を見ながら落ちていった。
「ぐおっ」
背中が、結界の天井部分にあたったのか、はねとばされて、ごろごろと、結界にそって転がり落ちていく。
顔面から石畳に落ちたくないな、と思っていたら、転がった先で比較的やわらかいものが受け止めた。
アリンさんだった。
俺を姫のように抱きとめ、見下ろしていた。
「あ、どうも」
「礼を言うのはこっちだ」
アリンさんが、にこりと笑った。
「大したやつだ」




