37 落ちてくる
少年のスキルは俺に。
隊長のスキルはボスに。
ボスのスキルは少年に。
隊長のスキルは無に。
あっという間に、そのようになった。
「ガラスに映して目を合わせたんですか。なるほど」
ボスは言った。
「鏡に映しても使えることは確認していたのですが、ガラスでは、できなかったはずなのですが……。視力や、ガラスによるんでしょうかねえ」
「僕のスキルは?」
少年が不安そうに言う。
「彼、バイン君にとられてしまったようです」
「ええ!?」
少年がこっちを見るので、あわてて視線をずらした。
「とはいえ君は、他人のスキルと自分のスキルを交換するという、貴重なスキルを得ました。悪くはないです」
「そんなのじゃ、神様になれない」
「だいじょうぶ。これからのことは、これから考えましょう」
ボスは、少年の肩に手を置いた。
「さてみなさん。ごきげんよう」
ボスが言った。
あっ。
転送で逃げられる。
なにかしないと! なにを!?
その気持ちがスキルとぶつかって出たのか、髪の毛がぶわっ! と伸びて広がった。
ぱっ、とまわりの景色が変わった。
外だ。
草原がずっと広がっていて。
うしろを見ると、高い壁に囲まれた場所があった。その上には雲のように剣が広がっている。
王都の外か。
そして、ボスと、少年。
さらに隊長やアリンさんやナックルや遠征兵の人たち。
俺。
みんな、俺から伸びた髪の毛の輪に、ごちゃごちゃにからまるようにして、拘束されていた。
これは?
外に転送されたらしいけど……。
「気づきましたか……」
ボスは言った。
「え?」
「転送の魔道具には、生き物が直接接触していれば、ひとつの魔道具で同時に全員を運べる、という特徴があります」
「立ち位置交換にもその法則があったはずだ」
アリンさんが言った。
「それに気づいたからこそ、バイン君は、攻撃スキルではなく、髪の毛で我々をひとつにすることを、優先したわけですね。髪の毛という、体の部位を、全員に接触させることで、わたしたちが、一緒に転送されるように」
ボスが言った。
「え? いや」
たまたまです。スキルもちゃんと扱えてません。
頭の中がごちゃごちゃします。
あの少年、よくこんなものを整理して使えてるな、という感じです。
「けんそんしなくてもいい。彼は、追い込まれたときにこそ力を出すようです」
隊長が言う。
「勇者型のゆがみですからねえ」
「勇者?」
「まあ、しかし」
ボスは、上着の中に手を入れ、なにか取り出した。
刃物だ。それを髪の毛の前で、しゃっ、と動かした。
「? 切れない?」
「使用者の能力に関係なく、高い切れ味を発揮する、魔道具に近い刃物ですね。浅はかな考え、と言えるでしょう」
隊長が言った。
「なに?」
「あなたのコインの力で、バインさんの身体能力は強化されています。ということは、髪もまた、強化されていると考えるべきです。だからこそバインさんは、髪で拘束することを選んだ。バインさんは、体に近いものこそ、強力なものだとわかっているのです」
「……なるほど」
ボスは深く納得していた。
俺も深く納得していた。
「助かりましたよ、バインさん」
もはや、たまたま髪の毛スキルを使った、なんて言えない空気になっていた。
こういう正直さの失われ方もあるのである。
ボスは、刃物を草原に投げ捨てた。
「逃げる方法がなくなってきました」
「あきらめなさい。スキルを消すなら、一生牢屋というわけでもないのですから。これから、ゆっくり考える時間はあります。安心してください」
隊長の言葉に、ボスは、ため息をついてから空を見た。
やけに、じっと見ている。
俺たちは王都に背を向けて、ボスと少年は王都に体を向けていた。
だから気づくのがすこし遅れたともいえる。
「なんだありゃ」
ナックルが言った。
王都の上にあった、雲のように広がった剣が、収束していた。
一本の太い、巨大なヤリのようになって、空に浮かんでいる。
三階建てくらいの塔のような見た目だ。
「考えられる中で、一番つまらない状況だ」
ボスは言った。
「さて、闘技場に、みなさん避難されているようですね。とても丈夫な結界があるというお話だ。でもあの剣。いったい何本あるでしょう。ここで問題。人間というのは、だいたい何本くらい髪をはやしているものなのでしょうか。正解は、約10万本だそうです。多いような、すくないような、よくわからない数だ」
ボスがペラペラひとりで言う。
「では空の剣。あれは何本あると思います? あれが、闘技場に落ちたらどうなると思う?」
「結界に弾かれます」
隊長はすぐ言った。
「何万本あるか、わからないんですよ? バイン君。100万本の剣が一点めがけて落ちてきたらどうなると思う? たとえバイン君でも、死んでしまうもしれない」
「100万本!?」
「はっはっは。隊長さんが出したあと、わたしが追加しただけだからね。具体的な本数はわからないが。かなり多い」
ボスが、にやあ、と笑った。
空に、雲のように広がっていたんだから、相当数なのはまちがいないだろう。
「王都の人々は、隊長さんのスキルが降ってきて、もし結界を貫いたら、なにを感じるでしょうねえ」
「なにが言いたいのでしょう」
隊長は言った。
「少年と、バイン君の、スキル交換をしていただきたい!」
「お断りします」
「隊長」
遠征兵のひとりが言う。
「闘技場がもたなかったら、どうするんですか……」
「そのときはそのときです」
「何人いると思ってるんですか!」
「その少年がなにをすると思ってるんですか?」
隊長は冷静に言う。
「スキルを集めて、最強になる。そんな人間がなにをするか」
「そいつはどうなんですか!」
彼は俺を見て、言った。
「バインさんは問題ないんですよ」
「なにがですか!」
「もう、充分圧倒的な力を持っているのに、それをなにに使うわけでもない。そういう人なので。そもそも彼がなにかする気なら、この場われわれはいないでしょう? とっくに外で自由にやっているはずです」
遠征兵はこっちを見る。
「交渉の余地はないようですね」
ボスは、手をくいっ、と動かした。
すると、空にある大量の剣が動き始めたように見える。
「隊長!」
「結界をこえられるかどうか。緊張の一瞬ですな……!」
ボスがうれしそうに言う。
「君!」
俺は直視しないようにしつつ、少年に言った。
「ボスとスキル交換をして、剣のスキルを手に入れたら、あの剣を止めてくれないか! じゃないと、君の求める平和も手に入らないよ!」
「子どもだましだね」
「なにを!?」
「バインさん」
隊長が言った。
「ボスからスキルを奪えっていうんですか? でも、そうしたら、隊長さんに二度と」
「残念ですが、あの剣は一度落ち始めたら止まりません」
「え?」
「あれはごく単純なスキルで、剣の細かな動きなどは決められません。高いところに剣を生み出し、落ちる場所を選んで、落とす。それだけです。手は加えられません」
「単純なスキルはいい! 異常の余地がないからね!」
ボスが笑っていた。
「指示自体はすぐにできますから、たとえバインさんがすぐスキルを奪おうとしたとしても、間に合わなかったでしょう。気に病む必要はありません」
「なに言ってるんですか」
俺の心配してる場合か!
「ただし、二撃目を撃たれてはたまらない。奪ってください」
「え……」
「早く」
「……」
「早く!」
「はい!」
俺は急いで、ボスの手をかるくたたいた。
ぎゅっ、と体の中に入ってきた感じがする。
少年の方は決められなかった。体は拘束されているから、目隠しだけしておく。
「どうする。時間がないぞ」
ボスが笑う。
もう、かなり落ちてきている。
「信じるしかない」
遠征兵が言い合っている。
「私は行く」
アリンさんは、あの馬に乗っていた。
「なにをする気だ」
「単純に落ちてくるなら、矢ですこしでも撃ち落として数を減らす」
「そんなことしてどうする」
「やめておけ。あれが落ちたら、衝撃でふっとばされるぞ。近づくだけで危ない!」
アリンさんは、ふしぎそうに遠征兵たちを見た。
「なにもしないのか? 家族や友人が死んでから後悔することになるぞ」
「矢で落としたくらいでなんになる!」
「数が減る。私は最善をつくすぞ」
「アリンさん!」
俺も馬に乗った。
「お前も一緒に来るか?」
「いえ」
「うん?」
「俺だけで行きます。馬、貸してください」




