36 二転三転
「さて、どうします?」
ボスがうれしそうに言ったとき、正面から遠征兵が突っ込んでいった。
まっすぐに突っ込んだ兵の剣は、ボスのまわりの、光る層に受け止められてしまう。
と思ったら、同時進行で、ボスの背後にまわりこんでいた別の遠征兵がいた。
さやから剣を抜くのとボスの右腕が切り飛ばされたのが同時に見えた。
遅れて、ボスのまわりに展開されている光る層が剣に削られ切られる音が聞こえてきたくらいの速さ。一瞬のできごとだった。
落ちたボスの手が持っていた、ペンのようなものを拾って、遠征兵が離れる。
「転送の魔道具を確保しました」
「それは使い終わった、ただのゴミですよ。だいたい、そんな持ち方をしたら、魔道具の部分に触れているのだから、転送されますよ。ペンじゃないんだから」
ボスは楽しげだった。
見れば、体の断面から血が流れていない。
落ちている腕も同じだ。
いや、にゅっ、とボスの体の側面から新しい右腕が出てきた。
「再生……?」
俺が言うと、ボスは笑う。
「そこに落ちてるのは、ちょっと動かせるだけのにせものの腕ですよ。転送の魔道具なんかより、よっぽどかんたんにつくれます。用心、用心」
「じゃあ、その頭も、にせもの?」
俺は、本物にしか見えないボスの顔を見る。
「本物ですよ」
当然みたいに言うけれど、そんなのわからないんですけど。
「腕じゃなくて、首を飛ばされたら死ぬんじゃ……」
「それはないんですねえー」
ボスは楽しげに言う。
いまボスを攻撃した遠征兵たちは、刃がくずれていく剣を捨てた。
さがって様子を見ている。
「ではバイン君に問題。隊長さんのスキルを奪うと、わたしはどうなるでしょう!」
「どう……?」
「大切な隊長さんのスキルなんて奪ってしまったら、すぐに忠誠心の高い部下が、わたしに攻撃をしかけるでしょうねえ。さらに言うと、彼らは、隊長さんのスキルを元にもどしたいはず。なんといっても、スキルは人生の一部のようなものです。強力なら強力なほど、本人とは切っても切れない関係性があるはず」
ボスは早口でぽんぽん言う。
「さて、それなら、わたしの首を飛ばしたりはしない。死んでしまったら取りもどせないですからねえー。殺してしまわないような体の部位を狙うでしょう。そこで。先ほど私は、転送できる魔道具だと、そのペンのようなものを見せましたね? ということは、ついでに、これをわたしの手から奪っておきたいとも考える」
「さらに言うなら、ここには隊長を中心とした小隊がいるわけですから、治療スキルなど回復役が、ひとりはいると考えてまちがいない!」
「まとめると、わたしが隊長さんのスキルを奪ったとき、あなたたちの次の一手は、わたしの右腕を切り飛ばして道具を奪う。さらに、延命を条件に隊長にスキルをもどさせる、という交渉をすることです。にせものの右腕を用意しておくと、このようによいことがあるのです。拍手!」
ボスが自分で手をたたく。
「次は彼の首を切ってください」
隊長も剣を抜いた。
隊長と視線を合わせないようにしながら、ボスが言う。
「少年をこちらにわたしてくれるのなら、剣の雨、はお返ししますよ。自分のスキルを取りもどしたらいかがです? 隊長さんは、なにか、かんちがいをしておられるようだ」
「かんちがい?」
「少年がこれからなにをするかは、決まっていないのです! 彼は、世界のためにがんばろうとしているのですよ? すばらしい世界が待っているのかもしれない。それを、なぜ、ありえないと決めつけるのでしょう。正義の味方のみなさん! 少年を、認めてあげましょうよ!」
「断る。変更もない」
隊長は言った。
「うーん。……しかし、ふしぎなものですねえ。いままさに、わたしの仲間が、地下牢を攻めている。その中では、囚人たちが加わり、勢力を増している。一番奥には、あなた方が危険視している少年がいて、開放されたらあぶないのに。隊長さんは、ここにいる」
遠征兵、隊長、アリンさんが武器を抜いて、ボスを囲んだ。
「おや? わたしは無抵抗ですよ? 無抵抗の人間を、死刑がない国の兵隊が殺すというのは、いかがなものかと」
「われわれは王都全体の守りも考えなければならない」
隊長は言う。
「隊長さんは、王都全体の守りを考えて、あの少年を守るという。なら、なおさら、地下牢防衛に行かないと。どうしてあなたは、こんな、なにもないところで平気な顔ができるんでしょうねえ? どうしてだと思う? バイン君」
ボスが急に俺に言う。
「え? さあ」
「君、カンが悪いねえ。危機感が足りないんじゃないかい?」
「えっと?」
「それはね。近くにいるから安心なんだよ」
ボスが言ったとき、俺たちの体に黒いものがからみついて、床に押しつけられた。
髪の毛だ。
ちなみに俺の股間が、女神が誕生した瞬間の名画のように、髪の毛でちょうど隠れた。
他の人たちがそちらを見たので俺も視線を向けた。
奥の部屋に通じる扉が開いていた。
前には、武装した男と、少年が立っている。
髪の毛がのびている。
「ボス、見つけました」
武装した男が言う。
「地下牢に入れるより、隊長直轄の小隊がいる、ここのほうが安全ですか」
「アナ! やれ!」
隊長が顔をあげられないまま言う。
なんだ? と思ってアナのほうを見ると、アナはきょとんとしているだけ。
髪の毛は、ガラスの中には届かないようで危険はなさそうに見える。
なに?
そのときちらっと、ガラス越しに、隊長の顔が見えた。隊長はすぐ顔をふせた。
すると同時になにか、体の奥に変な力がわいてくるのを感じた。
これは……?
「えっ」
視界が変わった。
扉の前にいる。
振り返ると、少年と武装した男は俺がいた場所にいた。
立ち位置交換スキルか。
ボスは少年に言う。
「わたしは神の協力者です。これから、あなたが神になれるよう、お手伝いします」
「本当に?」
「ええ」
「おじさんは、僕が神様になることを、いい考えだと思う?」
「はい、とても」
「ありがとう!」
「では、わたしの魔道具で遠くへ行きましょうか」
そして二人はこっちを見る。
「さよならバイン君。次に会うときはどんな場所で会えるか楽しみだよ!」
「バイバイバインさん!」
少年が手を振りながらこっちを見た。
ちょっと待て!
という気持ちより先に、少年と目が合った、そのときに。
体の奥で変な感覚があった。
なにかができる気がする。
その感覚に身を任せてみた。
少年の髪の毛が途中で切れて落ち、元通りの長さになった。
遠征兵たちを押さえてつけていた髪の毛も力を失う。
ただ体に乗っているだけになったのでみんないっせいに起き上がった。
「これは……?」
ボスがまわりを見る。
「君、どうしてスキルを解除したんですか?」
「僕のスキルがなくなった……」
「え?」
「あら。バインさんが空っぽじゃなくなっているわ」
アナがのんびり言った。
「手を合わせたら、相手のスキルを奪うことができるスキル、になったのね。どんどんすごくなるわ」
「なに……?」
俺は隊長とガラス越しに目が合ったときに、スキルが入れ替わったんだろう。
少年は、神の素質を失った。