34 剣の雨
「よし、行くぞ!」
ゆるやかな坂を下り、王都へ続く、草原の中の道を走っていく。
門は開いていて、誰の姿もない。その奥にある町並みにも人気がなさそうだった。
「おい、ちょっとそのへんで止まれ」
「なんで?」
「落ちてくるぞ」
「え?」
ある一点をこえた瞬間。
ドン! となにか頭に当たった。
「ぐわっ!」
次から次へと剣が降ってきていた。
あわててさがると、俺が立っていたところに、シャシャシャ、と剣が続けて落ちてきて、地面に刺さっていった。
剣はすぐ、形がぼんやりとしていって消えた。
地面には刺さった穴だけが残っていた。
ある線をこえなければいいようで、もう落ちてこなくなった。
頭をさわってみると、血は出ていない。
「だから言っただろう。おい、あれがどういうもんかわかんねえのか」
ナックルが、空を指した。
王都の上には、くすんだ銀色の雲みたいなものが浮かんでいた。
「剣」
「あれの真下に入ったら、剣が落ちてくるよう設定されてんじゃねえのか、ってことだ。さっきの球と一緒だよ」
「……警備目的?」
「多分、動いてるものに反応するようにしてある」
俺は空を見た。
「隊長は、王都の外と中の出入りをなくそうとしてるみたいだな」
「俺は入ろうとしたけど」
「ふつう、こんなやばそうじゃ状況で王都に近づかねえだろ。門番いねえわ、あんな空だわ」
「隊長のスキルって有名?」
「おう」
俺は知らないもん。
知らないから頭に剣が落ちてきたんだもん。
知ってたら行かないもん!
「町の人たちはどうしてる?」
俺は言った。
「ええと……」
ナックルが目をこらす。
「見えない?」
「るせえな。王都の外壁は分厚いから見づれえんだよ! ……んん? 誰もいねえ、か?」
「いない?」
「店がならんでるあたりも、住宅地もいねえな」
ナックルは視線の先を変えた。
「ん? 闘技場のほう、剣が落ちてるぞ」
「え?」
急いでそちらの空を見ると、キラキラ、というのが見えた。
「落ちてるってことは、人間に反応してるってこと?」
「だろうな。たぶん、一般人は闘技場にぶちこんでるんだな。あそこなら結界があるから、仮に空の剣が反応しても、中の人間は無事だ。場所も広い。もし、牢屋から逃げてきたやつが入ってきても、警備兵、遠征兵、あと武術大会のやつらとかも残ってるんだろうから、負けることはねえだろう」
「牢屋から逃げたやつ?」
「ボス、が言ってただろ。牢屋から罪人逃して王都をめちゃくちゃにする、みたいなことをよ」
「言ってた」
気がする。
「けど、でもボスは転送の道具があるから、どうにでもなるかも……」
「あれもいくつあるかわかんねえし、そのへんのザコに使ってる余裕はねえだろ。使うとしたら、おれみたいな脅威になりそうなやつとか、地下深いところに捕まってる特殊スキル持ちの罪人か……。いや、あのガキと自分用にするか」
「他の遠征兵はどこに? 牢屋は? 隊長たちは?」
「うるせえな! 中に入ってみねえとよくわかんねえよ。外壁のせいで、まじで透視がきついんだ」
「じゃあ、俺が入って見てこようか?」
俺は、そうっと腕を前に出した。
すると剣が腕にドン! と落ち、割れた。
割れた剣は、ぼやけるようにして消えた。
「平気そうだし」
「お前だけで本当に平気か?」
「どういう意味?」
「そういう意味だ。おれも行く」
「どうやって」
「考えがある」
ナックルは笑った。
「なにこれ」
俺は、ナックルに持ち上げられていた。
ナックルの上であおむけになっていて、俺の背中と尻の下にあるナックルの手が、俺を持ち上げていた。
そうすることで、俺はナックルの傘となっていた。
「これなら剣の雨の中でも行けるな」
「ちょっと待って本気?」
「だいじょうぶだって。お前が無傷だってのはわかったからよ。おい、俺がちゃんと隠れるように、手は体の横につけてすこしでも体の表面積増やしてくれよ」
「顔とか、防ぎたいんだけど」
「100万倍なんだから、お前には傷もつかねえって」
さて、賢い人が気になるのは、剣が降ってきたら、服がボロボロになって、全裸になってしまうのでは? ということだろう。
また全裸になってしまうのでは?
ただしそれは心配いらない。
なぜかというと、俺はすでに全裸だからだ。
さっき球に向かっていって爆発したとき、服はふっとんだ。
でも、日常的に透視しているナックルは気にしていないし、俺もなんだか、最近全裸なので気にしていない。だからうっかりしていた。
そのうちなんらかの犯罪で捕まるかもしれない。気をつけよう。
「……やっぱり、うつぶせになってもいい?」
「だから、うつぶせだとお前、体がピンと張れねえだろ?」
「そうだけど、手も使えないっていうのは」
「それにお前の股間のブツが、ブラブラしてるのを見ながら行かなきゃなんねえじゃねえか」
「それはナックルががまんすればいいじゃないか。こっちは、股間を剣にさらすんだぞ!」
「じゃあ、体をピンと張れるか?」
「うーん」
無理だった。
「よし、行くぜ」
「ちょ、ちょ、ちょっと」
俺がまだちょちょちょ言ってるのにナックルは剣の雨の中に進み出た。
「ひいー!」
体中に落ちてくる剣。
顔面に落ちてくる!
股間に落ちていく!
なにかが、ひゅん、って縮こまる!
平気だからって、平気じゃないんだぞ!
「さっさと兵舎に行くぞ!」
「ひいー!」