33 到着と別れ
「うおおおお!」
全力でとばせ! と言われたグルルは素直にとばしたので、背中の俺たちはビョンビョン弾む。
土煙が上がるのもかまわず走っていて、さすがのグルルも足音が大きい。
前にいるナックルの体が傾いていくと、グルルが首のひとつを反り返らせて、頭で体をおさえたりしていた。
俺が体を傾けてみてもグルルはなにもしてくれない。
むむむ……。
「その先は町がある! 大きく右にまわって、湖の外側を走れ!」
「グル!」
「ちがう、もう曲がれ! あそこに見張り台がある!」
「グル!」
仲良しが、仲良く会話をしてますねー。
はー……。
無だわー……。
「おいバイン!」
「無っ?」
「どうだ、この速さは! アリンの馬とどっちが速い!?」
「グルルの自慢ですかね」
「はあ? 間に合うかってきいてんだよ!」
「あ、そうか。うん、グルルのほうがずっと速い」
アリンさんの馬は、風になったみたいな気持ちになる。
もっとおだやかな感じだ。
このグルルはめちゃくちゃだ。
背中にいるのに、馬の脚にでもつかまっているみたいな気になる。
コッサの俺だったら一歩目でふっとんでいただろう。
「アリンさんは夜から朝までかかったけど、これならもうすぐ王都につくかもしれない!」
「そうか! 急げよ!」
「グル!」
そのときふと、なにか気になって俺はうしろを見た。
「え?」
なんだあれは。
ちょっと離れたところを、赤く光る球がついてきていた。
大きさは、俺の体くらいあるだろうか。
つかず離れず、同じくらいの速さでついてくる。
「ナックル。うしろに変なのが」
「え?」
と振り返ったナックルの目が大きくなった。
「おいおい……」
グルルの首のひとつがちらっと、うしろを見た。
「あれなに?」
「警備用だろう。町か、個人的に設置したやつがいるのか……。詳しくは知らねえが、ある条件を満たしたものが通ったら、そこで発動する魔法かスキルを仕込んでおく装置だ。ふつうは、日常的に出てくる魔物とかの対策だが……」
「よくあるわけ?」
「拳くらいの大きさならな。くそ、でかすぎだろ! なんか変な施設の近くを通ったか? いつからついてきたんだよ! まさか樹海になにか……? いや結構前に、祠みたいなとこ、雑に通ったな、あれか……。 アリンのときはどうだった」
「なにも」
「アリンはある程度、どこになにがあるかわかってんのか……?」
「どうする?」
「お前、振り切れるか?」
「グルル……」
「そうか……」
これ以上の速さは出せないグルル。
そのグルルにぴったりついてきてるんだから、ふつうだったら瞬時にやられるようなものなんだろう。
「魔物用か、それともなんだろうな……。どっちにしても、でかすぎる」
「ぶつかったらどうなる?」
「爆発かな」
「爆発!」
「ふつうは拳くらいの大きさだ。あんなにでかいとなると、ケルベロスは知らねえが、おれはふっとぶな。水の中にでも逃げてみるか……?」
「……ちょっとそれちょうだい」
俺はビンを取り出してうしろに投げた。
赤い珠にぶつかると、ビンは素通りして地面に落ちた。
「もっと大きくないとだめかな」
「いや、物じゃ反応しないのかもしれねえな。生物じゃねえと」
ナックルが言う。
「魔物でも投げりゃいいんだが、ちょうどよくいてくれるわけもねえし……」
爆走しているグルルを遠くから見て、離れていく魔物はたまにいたけれども、近づいてくるのはいないだろう。
いたとしても、速度を落とさずそれを捕まえてうしろに投げるとなると、かなりきびしい。
「振り切れねえんなら、どうするか」
「わかった。俺がやる」
「あ?」
俺は、ぴょん、とうしろに向かってとんだ。
すると一瞬にして目前まで迫ってきた球。
俺に接触すると、カッ! と光って爆発した。
その勢いでふっとんだら、ちょうどグルルの背中にもどってきた。
「おっとと」
落ちそうになった俺の腕をナックルがつかんでくれた。
「やった、ぴったり」
「なにやってんだお前! て、あっちっ!」
ナックルが怒鳴りながら手を振る。
「なんで怒ってるの……?」
「怒ってるっていうか、なんなんだよお前は!」
「俺がくらえば、消えると思って」
「はあ!?」
なにかおかしいこと言っただろうか。
「だって、俺は、なんか知らないけどすごくて、防御力もすごそうだから、やられたりしないだろうし。いまは、グルルがやられたらまずい。だったら俺が行くしかないんじゃないの?」
「お前……」
「もうあれで終わりみたいだ」
追いかけてくる球はない。
「……バイン、いかれてんな、お前。いやそれだけじゃねえ。判断が早い。まさか目覚めたのか?」
「目覚め?」
「あのガキが出てくりゃ、お前が目覚めんだろ? いや、その感じだとまだか?」
そのとき、遠くになにか見えてきた。
「なんだ、あれ……?」
草原の中にある大きな建物。
王都のように見える。
その上にぼんやりと浮かんでいる灰色のかたまりは、いったい?
「雲? にしては低いような……」
「剣だ」
「剣?」
「隊長のスキルだ。大量の剣を生み出して、空に浮かべていくことができる」
「はい?」
あれが?
「てことは、あそこは王都か。めちゃくちゃ早かったな。よくやった」
ナックルがグルルの体を、ぽんぽん、と軽くたたく。
「剣って?」
「剣を出せるんだよ。すこしずつ、だが隊長の体力がなくならないかぎり、出し続けられる。剣自体の破壊力は一般的に売られてる鉄の剣と変わんねえ。だが、空への対策ができてない相手には、めっぽう強い。数の暴力ってやつだ」
「剣を出せるスキル?」
「おお。大量に空に用意して、ひとりで城をおとしたこともあるらしいぜ。まあ、実際は剣を落とす前に相手が降参したらしいが」
話がでかすぎる。
王都がどんどん迫ってきた。
「なんでそれを、いまやってるわけ?」
「知らねえよ。このへんにしとくか、止まれ!」
ナックルが言うと、グルルがゆっくり速度を落として止まった。
「よし」
俺たちは降りた。
「来た道は覚えてるな?」
「グル」
「帰りは気をつけろ」
「グル」
仲良しの、お別れのあいさつですね。
俺はそっぽを向いた。
「おいバイン」
「ん?」
「こいつが、ありがとうってよ」
「んん?」
「さっきの球、代わりにくらってくれて」
「……グルルが? 俺に礼を?」
「グル」
グルルはうなずいた。
「でも、グルルは俺のことなんて嫌いなんだろ?」
「グルル」
「えっ」
「嫌いっていうか、力まかせにしてくるのが嫌なんだってよ」
「力まかせ?」
そうかな?
「もっと、軽くなでればいいんだよ。こんなふうに」
ナックルがなでると、グルルは目を細めた。
俺も、やってみる。
ナックルのように、軽く。
ちょっとグルルが目を開けたが、また目を細めた。
「おお……!」
革命が起きた……!
「おい、そろそろ行くぞ」
「え? あ、うん。じゃあ……」
「グルルル」
「また樹海に来たら、なでさせてやってもいい、干し肉も持ってこいってよ。そしたら、いい木の実食わしてやるって」
「いいのか? お前はもう、ナックルのものなんじゃ……?」
「グルルル!」
「人間のものになんかなるわけないだろって」
「そっか。そうだな。……俺、この戦いが終わったら、グルルに会いに行くんだ……」
「グルル!」
「えっ?」
「その言い方やめろって」
「? そう。じゃあ、今度また」
「グル」
「おい、、本当に、もう行くぞ」
「わかった。じゃあな、グルル」
「グル!」
グルルは、くるっ、と来た道に向き直ると、走り出した。
音がしない、静かな走りだった。