32 ナックルのスキル
「以前、ここにやってきた、王都遠征兵を名乗った女がいただろう。その女の荷物が残っているはずだが」
ナックルが村人に言うと、村人がうなずく。
「はい、すぐに」
村人は入り口とは反対側の建物に向かっていった。
その間もナックルはあちこちを見ていた。
村人はあいかわらず、ひざをついておとなしくしている。
「お持たせしました!」
走ってもどってきた村人は、ナックルの近くまで持ってくると敷物を地面に広げ、その上にカバンを置いて、さがった。
「どうぞごらんください!」
と姿勢を低くして、ナックルを見る村人。
ナックルは居心地悪そうにしていたが、気を取り直してカバンの底を持ち、ひっくり返して中身を敷物に出した。
広げていく。
干した肉や干した果物のようなもの。
ペンや、液体の入ったビン。
ナイフ。
数枚の小銭。
それと紙束が出てきた。
俺もナックルのところに行って、一緒に見る。
紙束は、片側の端にふたつ穴があいていて、そこにひもが通してあり、本のようになっていた。
ナックルがせわしなく、バババッとページをめくっていく。
最初は文字がならんでいた紙束だったが、百枚くらいあっただろうか。途中から白紙になった。
「アリンの記録帳だな」
白紙は未記入の分ということか。
ナックルがまた最初にもどって、さっきよりややゆっくり、めくり始めた。
途中、アリンさんのちょっとした絵もあった。湖だったり、木の位置が記録されたりしていた。
でも樹海の一部について書いてあるだけで、全体についてはわからない。
「記憶でやってんな、あいつ。……他の荷物はないか」
「ありません」
「そうか。まあ、たしかに、それっぽいものはなさそうだな」
ナックルが、カバンがあった建物を見ていた。
「なにか問題でもありましたか……?」
「いい。お前たちにはどうしようもねえ」
ナックルが言うと、さっ、と村人が顔色を変えた。
「も、もうしわけないことを……」
ナックルと話していた村人が地面に手をついて頭を下げると、他の村人も続いた。
「いいって言ってるだろ」
「しかし、では……。おい!」
「もてなしもいらねえ」
行きかけた村人が、おどろいて立ち止まった。
「食べ物と酒を出そうってんだろ? それはいい」
「なぜそれが……」
「あそこに食い物がいろいろ入ってんだろ?」
ナックルは建物のひとつを指した。
「おれたちはそんなものがほしいわけじゃねえ」
「お、お、おみそれしました……!」
また手をついて頭を下げる。
それにならって、全員が深く頭を下げた。
「あなた方こそが、本当の……!」
「おいバイン」
ナックルが俺にささやく。
「もう用はねえ。行くぞ」
ナックルは雑に荷物をまとめると、素早くグルルに乗った。
俺も続くと、グルルが音もなく村から飛び出した。
村の人間は誰も、出発を見ていなかったようだった。
グルルが森を進む。
「いったん樹海を出て、そこから、とにかく北に行くしかねえか」
「北が王都?」
「ああ。ずれてたら、そのときって考えるしかねえな」
すこし開けた場所で、ナックルはグルルを止めた。
「おい。悪いが、ふもとまで連れていってくれるか」
「グル?」
「ふもとまでじゃ、遠いだろうって? でも、お前は樹海を離れたくないんだろ?」
「グル……。グルル」
「そんな、無理すんなよ。おれらだってどっちが正しいのかわかんねえんだ」
「グルルルル」
「たしかにな……。あ、これ、礼だ。すくないけど食っとけ」
ナックルは、アリンさんの荷物から、干し肉を食べさせた。
「グル!」
「うまいか。……ん? はは、そりゃいい」
俺は手をあげた。
「あの、ちょっとすいません! なんの話をしてるんですかね!」
「ああ、わかんねえのか」
「グル」
二人が、ごめんごめん、という感じを出してくる。
嫌な感じ!
いつから俺だけがわからない人になってしまったんですかね!
俺のグルルはどこに行ってしまったんだ!
「時間がないんだろう、って話をしてたんだよ」
「絶対他の話もしてたよね!」
「まあ、たいしたことじゃねえよ」
ちらっ、と視線を合わせるナックルとグルル。
ぐぬぬ……!!
「で!」
俺は言う。
「グルルに頼んで、すこしでも王都に近づいたほうがいいと思うんだけど!」
「とはいってもよ。こいつが、他の人間に見つかって、戦いとか始まったらそのほうがめんどくせえだろ。何事もなく行けたとして、王都にどれくらい近づけるのかもわかんねえし」
「それは、たしかに」
「地図がなかったのは痛いよな」
ナックルが、パラパラとページをめくる。
俺は、ふと思った。
「……ナックルは」
「あん?」
「ページをめくらなくても、中が見えるんじゃないの?」
「見ようと思えばな。でも、ふつうに見たほうが見やすいに決まってんだろ」
「……ナックルのスキルは、透視だけじゃなくて、遠くまで見えるんだっけ?」
「ああ」
「だったら、ここから見て、王都を探すっていうのは?」
「ああ?」
ナックルが紙束から顔を上げた。
「遠くを見て、王都がどこかさがすっていうのはどうだろう」
「……お前、そんなのできるわけねえだろ」
「ききたいんだけど。スキルってさ、ある日、気づくわけ?」
「あ?」
「どう?」
「ああ、まあ」
「それってどういうこと?」
「人によるんだろうけどよ、おれの場合は、遠くが見たかったらだな。だから、急に壁の向こうが見えるようになって、びびったぜ」
「遠く?」
「おお。家がきびしくてな。お勉強、お勉強で、外なんか出られなかったんだよ。部屋の中ばっかりだったな」
「え……?」
「そういや、そのときに飼ってた犬と、なんか似てるかもなな」
ナックルは、グルルをなでた。
「グル!」
「なんでお前がわかるんだよ」
ナックルが笑う。
「……話をもどすけど、じゃあ、頭の中で、あなたが持っているスキルはどんなものです、っていう話が聞こえてくるわけじゃない?」
「そんなのねえよ」
「遠くも見えるのが、ナックルのスキルだって、言ってたよね」
「ああ」
「それはさ。どこまでが限界なのかって、試したことある?」
「……いや」
「ナックルは近くの戦いか、誰かを追うか、っていう、町の中の単位で使ってたわけだよね。透視できるから、遠くには限度があると思って。でもナックルはそもそも、遠くが見たかった」
「……なるほどな」
ナックルはうなずいた。
「どれだけ遠くの、か。やってみてもいいかもな」
「うん」
「じゃあ、移動だ。それと」
ナックルは俺を見た。
「あの村の女は、全員、いまいちな体だったな。なんかこう、鍛える意思がないっつーか。食ってるもんも、なんか変だったな」
「は?」
俺の顔を見て、ナックルは俺を指さした。
「おい。こんな状況で、って思ったか? そうじゃねえぞ? 見たくても、見たくなくても見える場合があるんだよ。特に、考えごとをしてるときはな。と、いままでは思ってたが、そうか。まだ、俺のスキルはまだ、やりようがあるのかもしれねえな」
どこまでが本気なのか冗談か。
「そうそう、親はちゃんと納得させたぜ? いまだって、ちゃんと実家に帰ったりしてんだからよ。関係良好ってわけ。だから、あんまり変な顔すんな」
「してない」
「まあいいだろ」
ナックルがグルルの首を、ぽん、とやった。
「よし。このあたりで一番高いところ、連れてってくれ」
「グル!」
「おお、こりゃながめがいいな」
タタタッ、とグルルが連れてきてくれたのは、森の中をずんずん進んでいって、開けた先にある、岩の上だった。
「でかした」
ナックルがグルルをなでると、グルルは目をつぶってそれを受け入れていた。
「さて。方角的にはこっちなんだよな」
ナックルが岩の上に乗る。
遠くに視線を向けた。
「どう?」
「……」
黒かったナックルの瞳が、青みをおびていった。
「……」
「……」
「……見えた」
「なにが?」
「王都だ」
「もう?」
「王都、というより、隊長のスキルが見えた。あっちだ」
ナックルは目をつぶって、頭を振った。
「この距離で? 隊長のスキルがわかる? って、どんなスキル?」
「あとで見りゃわかる。……おい悪いな、結局頼むわ」
ナックルがグルルをなでる。
「王都の近くまで、送ってくれないか。できるだけ、人のすくない道を行かせるからよ」
「グル!」
ナックルとグルルはもう、通じ合っている。
二人の間には入れない。
しょうがない、昔の男は身を引こう……。
「二人で行ってくれ……」
「は? なに言ってんだ早く乗れ」
ナックルに引っぱりあげられ俺が乗ると、グルルが短く鳴き。
岩の上から、ぽーん、ととびだした。