30 樹海には欠かせない
静かな森だ。
木がたくさんならんでいて、空は見えるけれども、木々の間からなんとか見えるくらいの空で足もとは薄暗い。
空が遠く感じる。
「……え、ここ、どこですか?」
口に出してみた。
「知らねえよ!」
返事があった。
振り返ればナックルがいた。
鋭い目つきで周囲を見まわしている。
「ナックル!」
「おい、どこだこりゃ。森か?」
「転送されたんだ。ボスの道具で」
「はあ!?」
そうか、だとすると。
「ここは……、樹海かもしれない」
「じゅかい……、樹海!?」
ナックルの声がいちいちまわりに響く。
「前に俺、樹海に飛ばされたんだ。だから、転送する道具に設定、みたいなものがあるとしたら、樹海に設定されたまま、とか。だって、二人とも同じところに来たっていうのも、それっぽい気がする」
「転送って、お前……。あいつそんなごつい魔道具持ってんのかよ」
見たことがある樹木がならんでいるような気もする。
でも、そうではないような気もする。
「とにかく、樹海でもそうじゃなくても、早くここを出て、隊長たちにボスのことを伝えないと」
「おいおいおい、待て待てちょっと待て」
ナックルが、おさえろおさえろ、というように手を動かす。
「まず。お前、ここがどこかわかってんのか?」
「樹海」
「樹海、ってことで考えてみるか。で、樹海ってどこだ?」
「知らない」
ナックルがあきれたように俺を見る。
「それに樹海ってなったらよ。生きて帰れるかどうかも微妙なんじゃねえのか? 樹海のど真ん中だったら、魔獣に食われておしまいだぜ? あ、そもそもお前、どうやって樹海から王都に行けたんだ?」
「アリンさんと会って。手伝ってくれたから」
「ああ……、ああ……」
ナックルが顔をしかめた。
「馬と弓でゴリ押しか……。おれらには無理だぞ」
「馬がいれば樹海でも平気?」
「あいつの馬は、馬であって馬じゃねえからな。悪路でも関係ねえ。たしか、木をけって、木から木へ、乗り移れるんじゃねえかなあ」
「ええ?」
「はーあ……」
ナックルがため息をついた。
それから、あーあ、だめだ、と言いながら地面にひっくり返る。
「死んだかもな」
「ナックル?」
「いや、運良く樹海を出られたとしても、王都までの道がわからん!」
「樹海から、太陽とか、星の位置とかで、王都の方向がわかるんじゃ?」
「樹海がどんだけ広いかわかってねえのかお前は! 出発地点がわからねえで、どうやって方角決めんだよ! それに……」
「それに?」
「歩いて王都まで行く気か」
「……馬とか?」
「どこにいるんだ? それに、用意できたとして、きくけどよ、アリンの馬でどれくらいかかった」
「あんまりわからないけど、夜から、朝まで」
「なら、ふつうの馬なら三日はかかるぞ」
「そういえば、アリンさんもそんなことを言ってたような」
「だろ」
あーあ、とナックルが手足をのばした。
「バイン、お前が、あのおっさんが言ったように、力が、どばっ! と出るようになったら、それで帰るしかねえんじゃねえのか。100万倍の力で走って」
「それじゃ遅い!」
「勇者は遅れてやってくる。言われてみりゃ、そうだよな」
なにをのんきな。
それに、100万倍は言いすぎじゃないだろうか。
なんとなく、100万! って強そうだから言いたくなるのもわかるけど。
20回じゃ、100万もいかないでしょ。
100万ゴールド! って子どもが言いたがるのと同じだよね。
「じゃあどうすんだよ」
ナックルが、だるそうに俺を見る。
「やたらに、あっちこっちに走りまわるか? それで樹海の外に出られたらいいけどな!」
「……」
「確率をすこしでも上げる。それはわかるぜ? でもよ。ここでジタバタして、体力がなくなるのはよ。確率をあげることなのか?」
言っていることはわかる。
でも……。
「確率がとても低い。でも、それがうまくいったら、王都の人たちを助けられる。すごく、大きな結果だ。それって、低い確率に大きな結果を合わせたら、それなりに大きな結果になる、っていうことじゃないのかな。……隊長が言ってたことの受け売りだけど」
「それも正しいと思うぜ」
「じゃあ」
「おれはそこに文句言ってんじゃねんだよ。じゃあ、どうすんだ? 具体的に。どっちかに向かって走るか、選べんのか?
「それは……」
でも、……やるしかない。
すくなくとも、寝てるよりはいい。
と思ったとき。
「あー!!」
俺、ひらめいた!
「うるせえな!」
ナックルが迷惑そうに俺を見る。
「思い出したんだ。村があるって」
「村?」
「樹海には村があるんだ。そこであやうく殺されたかけたんだけど、そのとき、アリンさんが荷物を置きっぱなしにしたまま、俺と王都に逃げ帰ったんだ」
「それが?」
「……その荷物に、地図があったら?」
ナックルが起き上がる。
「なるほどな。いや、ついでにその村人にきけばいいんじゃねえか?」
「それはどうだろう」
「は? いや、きけよ」
「それはどうだろう」
まだ俺を殺す気まんまんでは?
でも、きくだけきいて、逃げちゃえばいいような気もする。
村人がああいう感じだってわかってれば、こっちだって好きなようにさせてもらっちゃえばいいし。
「で、村はどこかわかんのか?」
「えっと、それはナックルにまわりを見てもらって……」
「おいおい……」
ナックルがあきれ顔になったとき。
ガサッ。
音のしたほうを見る。
離れたところ、木の陰から黒い魔物が顔を出していた。
犬っぽい。ただ、犬の倍以上の大きさだ。
目が鋭く、薄暗い森の中で光っていた。
低い、うなり声を上げながらこっちを見ていた。
「……」
ナックルが、無言で軽く拳を握った。
たっ、たっ、とその場で小さくはねた。
魔物が、ふっ、とどこかへ行ってしまった。
「頭のいいやつだったな」
ナックルは笑った。
「魔物だって、むだに死ぬことはないもんな。だって……」
ナックルが止まった。
口を開けたまま、ぽかんと前を見ていた。
その視線を追う。
見間違いかと思った。
だって、なにも音が聞こえなかったから。
すぐそこに、無音で、小屋くらいの大きさの魔物が現れたなんて、思わないでしょう?
大きさだけじゃない。
頭が三つある。
四本の足の長さが、俺の身長くらいあって、だから、とんでもなくでかい。
爪は鋭いし、薄く開いた口からはずらりと牙が。
そして、と頭の中を整理しようとしているうちに、その魔物が軽やかな足取りで俺から逃げようとした。
こんなところで。
こんなときにまた会えるなんて。
馬なんてもんじゃない。
これなら王都まで行けるんじゃないか!?
「運命だ!」
俺は、走り出したグルルに飛びついた。




