03 楽しい追いかけっこ
「ちょ、やめろって、おい」
くすぐったくて、俺は体をよじりながら魔物に呼びかける。
俺の上半身をすっぽりおおうように食いついてきた魔物だったが、ガジガジ、ガジガジ。
全然痛くないあまがみだ。
三つある首の、真ん中の首でガジガジガジガジ。
丸飲みするようにかみついたり、横からだったり、いろんな角度からガジガジガジガジ。
「ちょ、もう、そろそろ」
全身がよだれでべとべとになってきた。
服が穴だらけで、ボロボロだ。
急に、魔物が大きく口を開いた。
やっと開放されたみたいだ。まったくもう。
体を洗いたいな。
そう思ったら、魔物の、俺から見て左の頭が口を開いた。
のどの奥が、かっ! と光る。
あっ、まずい。
そう思ったとき、魔物が炎を吹き出し一瞬で俺は包まれた。
視界が真っ赤だ。
そういうのを吐ける魔物だったんだ。
これは死んだ!
完全に、死んだ……!
……?
熱いというか、暑いというか。
うん?
どっちかな。
考えていたら、炎がやんだ。
服は燃え尽きたけど、俺は元気だ。
どういう技だろう。
あまがみならぬ、あま燃やし?
肌の表面だけを残して、服を焼く?
特別な料理法みたいだな。
魔物が俺をじっと見ている。
すると今度は、逆側の横の頭が口を開いた。
「うわっ!!」
白っぽい息が俺に吹き付ける!
視界いっぱいに広がる白!
冷たい!
今度はコールドブレスだ!
今度こそ死んだ!
あー!
……。
……?
まあ、涼しいけど。
死ぬとかじゃないよね。
なんて思いながら息を受けていたら、止まった。
魔物はちょっと後ずさり。
離れて俺を見ている。
なんだろう。
熱くないように俺を燃やして。
凍らないように俺を冷やした。
そのまま受け取るなら、ふざけている?
……。
さびしい?
かまってほしい?
そういうことか?
「お前、仲間がいないのか?」
「グルルルル……」
「俺が仲間になってやろうか?」
「グルルルル……」
たぶん、うれしい、と言っているんだろう。
俺が近づこうとしたら、魔物は後ずさった。
俺が止まると、魔物も止まる。
俺が前に出ると、魔物は後ずさる。
俺が小走りで近づくと、魔物は振り返って軽く逃げる。
「……そうか」
俺が魔物に向かって走り出すと、魔物は背中を向けて走り出した。
そうだ。
この魔物は遊びたいのだ。
ずっとひとりぼっちだったから、遊びたいのだ!
走っていくと、魔物は逃げる。
やっぱり!
俺なんて、あんな大きな魔物からしたら、かみ殺すことなんてかんたんだ。
焼き殺すこともかんたんだ。
凍らせることもかんたんだ。
でもやらなかった。
できなかった?
そんなわけない。
つまり。
遊びたかったんだ!
俺は走る。
魔物は逃げる。
でも追いつける。
俺が全力で走ったくらいで追いつけるということは、魔物は俺に追いかけてほしいんだ!
「えい!」
お尻をぽん! とたたいたら、魔物は変な悲鳴を上げた。
「グニャア!」
もっと速く走り始める。
でも追いつける。
なるほど!
正解だ。
俺が全力で走ったって、こんなにおそろしい魔物から逃げることなんてできるわけがない。
わざとだ。
わざと遅く走ってる!
遊びたいんだ!
「それそれー!」
魔物は逃げる。
たまに追いつかせてくれるので、そのたび、お尻をぽん! とやったり、体にちょっと、どん! と体当たりすると、魔物は大げさによろけたふりをしたり、転んでみせたりする。
まったく、演技派だなあ!
「グニャア!」
魔物はまた走る速度を上げる。
やっぱり遊びたいんだ!
俺たちは、しばらく一緒に楽しく走っていた。