29 勇者認定?
変なものを見るように、俺のことを見る二人。
「40倍ってことは、ねえんじゃねえのか?」
ナックルが言う。
「え?」
「だってよ、お前、毎回、倍なんだぞ? だいたい、ブレイの一撃を頭で受け止めたって聞いたぜ。40倍じゃ、たりねえんじゃねえの?」
しかし、俺には仮説があった。
「それは、40倍、っていうものの考え方じゃないかな」
俺は二人を見る。
「右腕が40倍、左腕が40倍なら、合わせて80倍になるんだとしたらどうだろう」
俺の言葉に、二人は聞き入っていた。
どうだ。
俺だって、頭を使うのだ。
「まっすぐ立ってたら、頭、首、背中、腰、足と、いろんなところが力を受け止めてくれるんだ。五つ合わせたら、200倍だ! さらに姿勢がよければ300倍くらいになるかもしれない! どうだ!」
ナックルの眉間のしわが深くなる。
「お前、頭のよさが40倍になってねえんじゃねえか?」
「えっ」
「おもしろいねえ」
ボスが笑った。
「もしかして、武術大会のさわぎを収めたっていうのは、バイン君なのかな?」
「それは……」
「ひょっとしてそのとき、なにかあったんじゃないかい? いままでよりも、力を発揮できたとか?」
「えっ」
そういえば。
いまになってみると、アリンさんの馬が奪われそうになったとき、前に吹っ飛んだ。
あれは誰かがやったんじゃなかったのか?
「あったんだね?」
ボスが俺に近づこうとしたので、ナックルが腕をひねる。
「あいたたた」
ボスが体をよじった。
「なにしてんだてめえ。立場をわきまえろ」
ボスがかまわず言う。
「バイン君の力は倍になってる。倍、倍、倍。2、4、8」
「2、4、6、8じゃないよー? 16、32、64、128、256、512。わかるかなー? 1024、2048。4096。まだまだ上だ。すごいよ? なんでもできる、君が、世界をこの手にできるんだ!」
ボスが目をギラギラさせていた。
「……わかります。でも、わかりません」
「なにがわかんねえんだよ」
ナックルが言う。
「わかるけど、わからない」
「はあ?」
「言ってることはわかる。でも、頭に入ってこない。全部、こぼれていくような感じ」
倍、倍、倍。
言ってることはわかる。
20倍じゃなくて、20回、倍にする。
そんなのきっと、大変なことになる。
「20回表が出たらどうなるって言われたら、きっと、とてつもない、大きな数字なんだろう。でも、俺が思うのは、40倍なんだ。40。2かける20で40。そうとしか思えない。それがおかしいような気がするのに、そうとしか思えない。俺は、すごくなったとして、40倍くらいが限度だろうな、という感じがするんだよ」
ボスが提示した計算方法が正しい気がするのに、頭に入ってこない。
これはなんなんだ?
「……なーんだバイン君。君はそっちか」
ボスはため息をついた。
「説明されてもわからない。力を自分のために使うわけでもない。いや、誰のために使うわけでもないなかなあ。はーあ、なるほどなあ……。バイン君は勇者扱いか」
「なに言ってんだお前」
「いててて、乱暴だな、君は。昔、魔王って、いたよね?」
ボスが急に言った。
「は? だからなに言ってんだお前」
ナックルが言うが、ボスは無視する。
「魔王ってのは、まあ、どこからか現れて、人間を殺し、世界を支配しようとしたと。それを勇者が倒した。そんなふうに言われてるねえ? 魔王がいたから勇者が出てきた。魔王という、ゆがみ、をなおすために。でも、魔王だって、なにかがあって出てきたんじゃないのかな?」
「なにかがあったせいで、そのゆがみを解消するために、魔王がうまれたんじゃないか。わかりやすい想像をするなら、魔物が人間に追い詰められて、特殊な力に目覚めたとかね?」
「もういいか? そろそろ行くぞ」
ナックルがボスにも手錠をかけた。
「おもしろい世界っていうのは、なんといってもゆがんでいる世界だ。ゆがみのない、均一化された世界なんて退屈だろう? でも、平和の行く先っていうのはそれだよ。ちがいがあったら、絶対に争いが起きる。争いを消すには均一化だ。上下関係でおさえたところで、ゆがみは消えない。そして技術が進歩していけば、均一化されていく。君たちのような優秀な人間は、わざわざ生まれてこなくていいんだ」
「なら、ゆがませよう。巨大な力をかければ、まだまだ、世界全体がゆがむんじゃあないか? もっとおもしろくなるんじゃないのか? たとえば、そうだねえ。……スキルを奪えるスキルっていうのは、なかなか、世界がゆがみそうじゃないかい?」
「お前……」
少年のことを知っているのか。
「たとえばだよ? 十歳までにスキルが決まる。スキルには、それまでの経験が影響する場合がある。じゃあ、十歳までの子どもたちに、かたよった教育をしたらどうなるかな? 朝から晩まで、ずっと。そうしたら、誰か、神になれるようなスキルを身につける、なんてことがあっちゃったりしちゃったりして? してして?」
「子どもをさらってたのはお前か!?」
ナックルがボスを床に押しつけた。
「あいたたた! わたしがそんなひどいことをすると思う? たとえ話だよ、嫌だなあ! だいたい、そんなことで指定のスキルを覚えさせるなんて無理じゃない?」
ボスが、にやあ、と笑う。
ナックルは舌打ちした。
「待ってるなら言ってやるよ。お前、いかれてるな」
ナックルは、ボスの耳元で言った。
「牢屋にぶちこんで、人さらいの情報を教えてもらうぞ」
「君は、明らかに勇者側だね」
ボスが俺に言う。
「俺が、勇者?」
「そうとも。大きな力を手に入れても、それを、ゆがみを修正することだけに向ける特殊な人種だ」
「俺が、誰よりもかっこよく、強い人間になるっていうことですか?」
女の子もめちゃくちゃに集まってくるということ?
そう言ったら、ボスは笑ってナックルを見る。
「だって異常だろう? ここまで言ってるのに、まだ、自分の価値をわかってない。2の20乗っていくつくらいかな。数十万。100万いくかな? バイン君。君の力は、100万倍くらいあるよ。もう人間では対抗できないよ」
「女の子にもてまくる?」
俺が言うと、ボスはナックルに笑いかける。
「バイン君は、自分の力の認識ができない。もし認識してしまったら、自分が悪用する可能性が生まれてしまうからだ。可能性を消せる才能がある。力を開放できるのは、魔王が出てきて世界がゆがんでからだ。勇者はいつだって、遅れてやってくるからね」
ナックルが俺を見る目が、さっきまでとちがうような。
異物を見るような意味が加わった気がする。
「魔王が自分の力を主体的に使うのに対して、勇者は受動的だ。バイン君は明らかに勇者型のゆがみだ。少年がスキルを手に入れた日、世界が発した反発力。それを受け止めたのがバイン君だったんだろう。わたしの言っていること、バイン君にはわからないだろうが、君にはわかるだろう?」
「……わかるぜ。つまり、お前を牢屋にぶちこんで、あのガキにスキルを使わせなけりゃいい。それだけの話だな!」
ナックルは声をはりあげた。
「なんの方針変更もねえ! おれたちは、今日、そうしようと思っていたことをやるだけだ。なあバイン! 40倍のお前、こき使ってやるぜ! さっさと終わらせて、馬車にもどるぞ!」
ナックルが俺を見る目が、もどったような気がした。
「うん!」
「それは困る。わたしたちにも、まだやることがある」
「知らねえな」
「まず、牢屋にいる人たちを開放する。そして王都を混乱におとしいれたあと、少年を開放し、スキルを集めさせる。そこで少年がなにをするか。見ているだけでぞくぞくしそうだ」
「残念だったな、牢屋でその夢でも見てろ」
「まず、そのためには君を遠ざけなければならない」
ボスが体をひねってテーブルの下に手をのばしたが、その先にあったものをナックルが先に拾った。
「へっ。これを取りたかったんだろうが、俺はお前の目で」
そこまで言ったところで、ナックルが光りに包まれ、消えた。
「ひとつ、2000万ゴールドもする、転送の魔道具だ。まあ、いまさら惜しくはないね」
ボスは笑った。
「彼がわたしの目を見て、行動を先読みしようとしていたのは知っていた」
いきなりのことに俺がどうしていいかわからないうちに、ボスがなにかを拾う。
「君がもどってくるまでに、王都はどうなっているだろうね」
ボスが投げつけてきたものをかわしたら、なにかをふんだ。
それが光った。
気づいたら、深い森にいた。




