28 40倍、だと……
男を警備兵に押しつけたナックルが言う。
「おいお前。あそこにアリンがいるだろ? アリンわかるか?」
「は、はい!」
警備兵が背筋を伸ばす。
「この男を連れていって、ちょっと話をきかせてから、牢屋にやってくれ」
ナックルは、意識はあるけどぐったりしている男を、がくがくゆする。
「こいつは……、なんだっけ?」
「ボスの仲間」
「そう、ボスの仲間だって言えばアリンには通じるらしいからよ、言っといてくれ」
「わかりました!」
ナックルは、こっちを向いた。
「よっしゃバイン、もう一回行くぞ」
ナックルが俺の腕を引く。
「え? 神殿は?」
ナックルは、そのまま俺を、さっき行った横道に連れこんだ。
そのまま走る。
「さっきのやつら追うんだよ。借りを返してやる! お前は興味ないのか?」
「……ある」
俺が言ったら、ナックルが笑う。
「素直に生きるのが人生のコツだぜ。で、ボス、ってくらいだから、なんかの組織だろ?」
「でももう遅いんじゃ」
「あいつらもそう思ってるだろうな。だから行くんだよ。おれは見えるぜ」
ナックルが得意げに言って、遠くへ視線を向ける。
「見える?」
「やつらの位置だ。ずっと目で追ってた」
「ええ?」
「おれはよ。集団でやるときは、一番に殴りこみかけんだよ。で、反応を見るんだ。一気にやれそうならやるし、だめそうならそこそこで、第二陣を待ったりしてな」
「で、装備の様子とか、対応とかを、透視しつつ判断して、もう一回行く。二度目は全部見えるぜ」
「でも、知らないものを使ってくる相手は、さっきみたいにやられるんじゃ」
「俺は分析官じゃねえ、切り込み隊長だ。おら、走れ」
「うおっとっと」
ナックルが強引に引っ張る。
「自分で走れ」
手を離した。
「こんなに遠くても、見える?」
「見える。そういう意味じゃ、俺のスキルは単なる透視じゃねえんだろうよ」
角を曲がって、足音を立てないように走っているので、俺もまねして走る。
「お前、足も速いな」
ナックルが感心したように言う。
そうだろうか。
「城のほうに行ってる?」
俺は言った。
建物の向こうには、高い塔が見える。
「横だな。地下牢があるほうだ」
「それって」
「クソガキが閉じ込められてる方向へ、どうして行くんだろうなあ。たまたまか? おい、ボスってなんのボスだ」
「俺を……、あ、言っちゃいけない話題に」
隊長の顔が浮かんだ。
「なんだそりゃ」
「犯罪者なのはまちがいなさそう」
「お、止まれ」
角の手前でナックルが走る速さを落とし、止まった。
「この先の、あの家にいるな。さっきの二人と、別の二人」
庭付きの、一般的な家にしか見えなかった。
「なんのために?」
「さあ。話が聞こえるわけじゃねえし。テーブルにもの広げてお店やってるぜ」
「で? 誰か呼びに」
「切り込み隊長参上だっての!」
俺はまた腕を引っぱられて、ナックルと一緒に道を走り、その先にある民家に向かっていった。
「窓をぶち破るぜ!」
「ちょ、ええ!?」
ナックルは俺を持ち上げたと思うと、リビングと思われる窓に俺を投げこんだ。
「ひー!」
ガシャン! とガラスを割って家に飛び込んだ俺は、ドン! とテーブルの上に着地した。
テーブルについていた三人は立ち上がりかけていて、ひとりだけどっしり座っている。ボスだ。横の男がボスをかばうようにしていた。
「さっきのやつらだ!」
となにか取り出そうとした男が、殴られた。
「オラあ!」
「ぐはあ!」
ナックルは、俺を投げて、その飛んでいく俺にくっついて侵入していた。
続けて、向かっていった他の二人。
ナックルは拳を腹にたたきこむ。
「オラあ!」
「ぐはあ!」
「オラあ!」
「ぐはあ!」
体を折って二人が倒れた。
あっという間にボスだけになる。
まだ着席していた。
髪もひげも整っていて、口元は笑み。
眼光は鋭い。
「あんたがボスか」
「おー、さっきの二人かー。あきらめてなかったのかー」
ボスの両手はテーブルの下にある。
「こりゃ困った。こうさんしますよ、こうさん」
「おいボスさんよ。降参するなら手、あげな。……にしても、ずいぶんおもしろそうなおもちゃ、ならべてんじゃねえか」
ナックルが、床に転がっているよくわからないものをけとばした。
剣、針、羽根。
宝石、ビン、服。
いろいろなものがある。
テーブルにあったんだろう。
「おいおい、売り物だよ? 弁償してね?」
ボスがにやりとする。
「王都じゃ、こういうものを売っちゃいけないんだよなあ」
「いやあ、わたしも運がない。うん。町に入ってすぐだよ。こんな賊におそわれて」
「誰が賊だ! てめえらだろうが! なにもしてねえのに、変な棒でしびれさせやがってよ!」
「それはわたしじゃないなあ」
「完全にお前だろうが!」
ナックルは言いながら、ボスから目を離さずにてきぱきと、股間から出した手錠を、倒れている男たちにはめていった。
一本の鎖でつなげていく。
「いや、正当防衛ってやつさあ。こんな賊っぽい顔の男が、あとをつけてきたら、誰でも逃げるし、反撃するよー」
「お前が先手だろうが! ゆっくり手をあげて、床にひざをつけ」
「おいおい、わたしをつかまえるのかい?」
「たりめえだろうが! 牢屋にぶちこんでやる」
「罪状はなんだい?」
「王都内での妨害罪だよ! おれは遠征兵だからな」
「遠征兵は、家をこわして、強盗みたいなことをするのかー。ひえー、お許しをー」
「二、三発ぶっ飛ばしとくか」
「無抵抗な相手に暴力を? ああー、遠征兵がそんなことをしたと知ったら、平和を愛する王様は、悲しむでしょうねえー。ちなみにこれは、音を保存できる道具」
ボスは右手で、胸ポケットからなにかを出しちらっと見せた。
「どうせ言ってるだけだろ。そんな小さいものに保存できるかよ」
「どうだろうねえ」
そんなことを言いながら、ボスの左手はずっと、ポケットの中にあった。
「おい、左手出せよ」
「はいどうぞ」
「それは右手だろうが!」
「あーうっかり。君から見て左だから、つい」
「決めた。殴る」
「おや?」
ボスは俺をまじまじと見た。
「君は……。君の名は?」
「バイン、ですけど」
言ってから、名乗ってよかったんだろうかとちょっと後悔した。
「知らないな」
ボスは言った。
コッサで言ってないしな。
「いや、聞いたことあるな」
ボスは言った。
そういえば、言ったな。
「……コッサ。ああ、ああ! あのコインの子か。樹海に飛ばされた」
「はあ」
「はっはっは! それが王都で遠征兵になったのかい?」
「いや……」
「いやあ、ごめんねえ! あれから、君を樹海に飛ばしたって聞いて、びっくりしたよ! そんなもったいないことをするなんてねえ!」
ボスが、にやあにやあと笑う。
「せっかく、特別な人間ができたんだから、もっといくらでも、楽しくできただろうにねえ! どこかを戦場にしたり、更地にしたり。王都に恨みのある人間を大量に集めてから、王都の壁をぶち壊したり! ねえ、どうなっただろうね! ははは!」
「……いかれてんのか、こいつ」
ナックルが言う。
「いかれてるっていうのは、おもしろい言葉だよね。こっちから見て、あっちがいかれてるように見えるっていうのはさ。あっちから見ても、こっちがいかれてるように見えるってことなんだから。逆に、他人がいかれてないように見える人は、相手も、そんなにいかれてるって思わないもんなんだよ。ああ、君はすぐ他人に、いかれてるって言いそうだね?」
「とっとと牢屋に連れてくぞ」
「だけどわたしは君を許そう! いかれていてもいいじゃない! にんげんだもの!」
ボスが笑う。
ナックルは、無言で俺を見る。
そのとき、ぱっ、とボスが左手を出した。
ナックルが瞬間、近づいてその手を取って、ねじりあげた。
「なにも持ってませんでしたー。はっはっは!」
「こいつ……」
「ところでバイン君。この世界で君がもっとも、いかれてるよね?」
腕をねじられたまま、ボスが言う。
「え?」
「だって、あのコインを二十回連続で表を出すなんてねえ」
「コイン……」
そうか。
隊長たちは教えてくれないけど、この人は知ってる。
「あのコインって……」
「あれ? 知らなかった? そうかそうか、それは悪いことしたね。でも、だいたい気づいたんじゃない?」
「なにかの力が強くなる、みたいなことですか」
「そうそう! なにかじゃないけどね」
「?」
「全部だよ、全部! 一回表が出るごとに、君の能力は倍になっていったんだ! その代償として、裏が出てたら、死んでたけどね」
「え……」
そういえば、隊長も、死がどうとか言っていた。
そんなコインだったのか。
でも、俺が、なんだか変わったように思ったのは、やっぱりそのあたり。
じゃあ、ボスの言ってることは正しいのか……?
一回表で倍。
それが二十回ってことは……。
「まさか……俺の能力は……とてつもなく……」
「そうそう」
「上昇して……」
「すごいよね」
「つまり……」
「うんうん」
「元の、40倍ってことか……」
「……ん?」
ボスとナックルが同時に言った。