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28/39

28 40倍、だと……

 男を警備兵に押しつけたナックルが言う。


「おいお前。あそこにアリンがいるだろ? アリンわかるか?」

「は、はい!」

 警備兵が背筋を伸ばす。


「この男を連れていって、ちょっと話をきかせてから、牢屋にやってくれ」

 ナックルは、意識はあるけどぐったりしている男を、がくがくゆする。


「こいつは……、なんだっけ?」

「ボスの仲間」

「そう、ボスの仲間だって言えばアリンには通じるらしいからよ、言っといてくれ」

「わかりました!」


 ナックルは、こっちを向いた。

「よっしゃバイン、もう一回行くぞ」

 ナックルが俺の腕を引く。


「え? 神殿は?」


 ナックルは、そのまま俺を、さっき行った横道に連れこんだ。

 そのまま走る。


「さっきのやつら追うんだよ。借りを返してやる! お前は興味ないのか?」

「……ある」

 俺が言ったら、ナックルが笑う。


「素直に生きるのが人生のコツだぜ。で、ボス、ってくらいだから、なんかの組織だろ?」

「でももう遅いんじゃ」

「あいつらもそう思ってるだろうな。だから行くんだよ。おれは見えるぜ」

 ナックルが得意げに言って、遠くへ視線を向ける。


「見える?」

「やつらの位置だ。ずっと目で追ってた」

「ええ?」


「おれはよ。集団でやるときは、一番に殴りこみかけんだよ。で、反応を見るんだ。一気にやれそうならやるし、だめそうならそこそこで、第二陣を待ったりしてな」


「で、装備の様子とか、対応とかを、透視しつつ判断して、もう一回行く。二度目は全部見えるぜ」

「でも、知らないものを使ってくる相手は、さっきみたいにやられるんじゃ」

「俺は分析官じゃねえ、切り込み隊長だ。おら、走れ」

「うおっとっと」


 ナックルが強引に引っ張る。


「自分で走れ」

 手を離した。

「こんなに遠くても、見える?」

「見える。そういう意味じゃ、俺のスキルは単なる透視じゃねえんだろうよ」


 角を曲がって、足音を立てないように走っているので、俺もまねして走る。

「お前、足も速いな」

 ナックルが感心したように言う。

 そうだろうか。


「城のほうに行ってる?」

 俺は言った。

 建物の向こうには、高い塔が見える。


「横だな。地下牢があるほうだ」

「それって」

「クソガキが閉じ込められてる方向へ、どうして行くんだろうなあ。たまたまか? おい、ボスってなんのボスだ」

「俺を……、あ、言っちゃいけない話題に」

 隊長の顔が浮かんだ。


「なんだそりゃ」

「犯罪者なのはまちがいなさそう」

「お、止まれ」


 角の手前でナックルが走る速さを落とし、止まった。


「この先の、あの家にいるな。さっきの二人と、別の二人」

 庭付きの、一般的な家にしか見えなかった。


「なんのために?」

「さあ。話が聞こえるわけじゃねえし。テーブルにもの広げてお店やってるぜ」

「で? 誰か呼びに」

「切り込み隊長参上だっての!」


 俺はまた腕を引っぱられて、ナックルと一緒に道を走り、その先にある民家に向かっていった。


「窓をぶち破るぜ!」

「ちょ、ええ!?」


 ナックルは俺を持ち上げたと思うと、リビングと思われる窓に俺を投げこんだ。


「ひー!」


 ガシャン! とガラスを割って家に飛び込んだ俺は、ドン! とテーブルの上に着地した。

 テーブルについていた三人は立ち上がりかけていて、ひとりだけどっしり座っている。ボスだ。横の男がボスをかばうようにしていた。


「さっきのやつらだ!」

 となにか取り出そうとした男が、殴られた。

「オラあ!」

「ぐはあ!」


 ナックルは、俺を投げて、その飛んでいく俺にくっついて侵入していた。

 続けて、向かっていった他の二人。

 ナックルは拳を腹にたたきこむ。

「オラあ!」

「ぐはあ!」

「オラあ!」

「ぐはあ!」


 体を折って二人が倒れた。

 あっという間にボスだけになる。


 まだ着席していた。


 髪もひげも整っていて、口元は笑み。

 眼光は鋭い。


「あんたがボスか」

「おー、さっきの二人かー。あきらめてなかったのかー」

 ボスの両手はテーブルの下にある。


「こりゃ困った。こうさんしますよ、こうさん」

「おいボスさんよ。降参するなら手、あげな。……にしても、ずいぶんおもしろそうなおもちゃ、ならべてんじゃねえか」


 ナックルが、床に転がっているよくわからないものをけとばした。

 剣、針、羽根。

 宝石、ビン、服。

 いろいろなものがある。

 テーブルにあったんだろう。


「おいおい、売り物だよ? 弁償してね?」

 ボスがにやりとする。


「王都じゃ、こういうものを売っちゃいけないんだよなあ」

「いやあ、わたしも運がない。うん。町に入ってすぐだよ。こんな賊におそわれて」

「誰が賊だ! てめえらだろうが! なにもしてねえのに、変な棒でしびれさせやがってよ!」

「それはわたしじゃないなあ」

「完全にお前だろうが!」


 ナックルは言いながら、ボスから目を離さずにてきぱきと、股間から出した手錠を、倒れている男たちにはめていった。

 一本の鎖でつなげていく。


「いや、正当防衛ってやつさあ。こんな賊っぽい顔の男が、あとをつけてきたら、誰でも逃げるし、反撃するよー」

「お前が先手だろうが! ゆっくり手をあげて、床にひざをつけ」

「おいおい、わたしをつかまえるのかい?」

「たりめえだろうが! 牢屋にぶちこんでやる」


「罪状はなんだい?」

「王都内での妨害罪だよ! おれは遠征兵だからな」

「遠征兵は、家をこわして、強盗みたいなことをするのかー。ひえー、お許しをー」

「二、三発ぶっ飛ばしとくか」


「無抵抗な相手に暴力を? ああー、遠征兵がそんなことをしたと知ったら、平和を愛する王様は、悲しむでしょうねえー。ちなみにこれは、音を保存できる道具」

 ボスは右手で、胸ポケットからなにかを出しちらっと見せた。


「どうせ言ってるだけだろ。そんな小さいものに保存できるかよ」

「どうだろうねえ」

 そんなことを言いながら、ボスの左手はずっと、ポケットの中にあった。


「おい、左手出せよ」

「はいどうぞ」

「それは右手だろうが!」

「あーうっかり。君から見て左だから、つい」

「決めた。殴る」

「おや?」


 ボスは俺をまじまじと見た。

「君は……。君の名は?」

「バイン、ですけど」

 言ってから、名乗ってよかったんだろうかとちょっと後悔した。


「知らないな」

 ボスは言った。

 コッサで言ってないしな。


「いや、聞いたことあるな」

 ボスは言った。

 そういえば、言ったな。


「……コッサ。ああ、ああ! あのコインの子か。樹海に飛ばされた」

「はあ」

「はっはっは! それが王都で遠征兵になったのかい?」

「いや……」


「いやあ、ごめんねえ! あれから、君を樹海に飛ばしたって聞いて、びっくりしたよ! そんなもったいないことをするなんてねえ!」

 ボスが、にやあにやあと笑う。


「せっかく、特別な人間ができたんだから、もっといくらでも、楽しくできただろうにねえ! どこかを戦場にしたり、更地にしたり。王都に恨みのある人間を大量に集めてから、王都の壁をぶち壊したり! ねえ、どうなっただろうね! ははは!」


「……いかれてんのか、こいつ」

 ナックルが言う。


「いかれてるっていうのは、おもしろい言葉だよね。こっちから見て、あっちがいかれてるように見えるっていうのはさ。あっちから見ても、こっちがいかれてるように見えるってことなんだから。逆に、他人がいかれてないように見える人は、相手も、そんなにいかれてるって思わないもんなんだよ。ああ、君はすぐ他人に、いかれてるって言いそうだね?」


「とっとと牢屋に連れてくぞ」

「だけどわたしは君を許そう! いかれていてもいいじゃない! にんげんだもの!」

 ボスが笑う。

 ナックルは、無言で俺を見る。


 そのとき、ぱっ、とボスが左手を出した。

 ナックルが瞬間、近づいてその手を取って、ねじりあげた。


「なにも持ってませんでしたー。はっはっは!」

「こいつ……」

「ところでバイン君。この世界で君がもっとも、いかれてるよね?」

 腕をねじられたまま、ボスが言う。


「え?」

「だって、あのコインを二十回連続で表を出すなんてねえ」

「コイン……」


 そうか。

 隊長たちは教えてくれないけど、この人は知ってる。


「あのコインって……」

「あれ? 知らなかった? そうかそうか、それは悪いことしたね。でも、だいたい気づいたんじゃない?」


「なにかの力が強くなる、みたいなことですか」

「そうそう! なにかじゃないけどね」

「?」


「全部だよ、全部! 一回表が出るごとに、君の能力は倍になっていったんだ! その代償として、裏が出てたら、死んでたけどね」

「え……」


 そういえば、隊長も、死がどうとか言っていた。


 そんなコインだったのか。


 でも、俺が、なんだか変わったように思ったのは、やっぱりそのあたり。

 じゃあ、ボスの言ってることは正しいのか……?


 一回表で倍。

 それが二十回ってことは……。


「まさか……俺の能力は……とてつもなく……」

「そうそう」

「上昇して……」

「すごいよね」

「つまり……」

「うんうん」



「元の、40倍ってことか……」



「……ん?」

 ボスとナックルが同時に言った。

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― 新着の感想 ―
[一言] かしこさは上がらない
[良い点] まちがいない、おれはさんすうがとくいなんだ。
[一言] ま、まあただの武器屋の運び人だから、ね?
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