26 …………ボス?
「馬車は三台、遠征兵だけが乗る馬車と、神官の移動用馬車です」
神官が乗るっていうやつは、全体が箱のようになっていて、部屋のようになっている。
兵隊が乗る方は、屋根がなくて、外が完全に見えるようになっていた。
「では出発の用意に取りかかってください」
「はい」
遠征兵たちが兵舎にもどっていった。
「もう、すぐですか?」
「もちろん。時間はかけなければ、かけないほどよいのですから。それぞれ、兵隊だけが乗る馬車には三人ずつ、神官に乗っていただく馬車には、私ともうひとりが乗ります。合計八人」
「全員で行くんじゃないんですか?」
「全員ではないが、あと、七人、馬でついていく」
アリンさんは言った。
「二日あれば帰ってこられるだろう」
「その間は、遠征兵がいなくても、王都は平気なんですよね?」
「なにを言う。警備は、警備兵だ」
そりゃそうだ。
「お前は私と同じ馬車に乗れ」
「お、バイン、お前アリンと組むのか? 変わってんな」
男が肩を組んできた。
誰だ?
ちがう知ってる、さっき誰だ? って思った人だ。
「こんな、体だけの女、なにがいいんだ?」
そう言いながら、男はアリンさんの体をなめまわすように見た。
アリンさんが冷たい目で見る。
「あー、こいつの体の絞り方、たまんねえなあー、女とは思えねえぜ……。あ、怒んなって」
男は笑いながら離れていった。
「……あの人、さっきからなんなんですかね」
「知ってるのか」
「さっき、なんか手をおさえてしゃがんでて、お前やるなあ、とか言ってました」
「なんだそれは」
「さあ。切り込み隊長のおれが認めてやる、とか言ってましたけど」
「名前はナックル。接近戦専門だ。よくわからないことと、いらだたせることしか言わないやつだ。発言はすべて無視していい」
「ええ?」
「もう馬を出してくれ!」
俺たちは荷台に乗った。
馬の世話をしている人が馬車に乗ると、そのままゆっくり走り始めた。
「他の人は?」
「武術大会の影響で人の数が増えている。まず馬車だけ壁の外に出して、それから他の隊員が出る。お前は私と同じ馬車に乗れ」
「はい」
荷台に乗ると、すぐ馬が進む。
まだゆっくり歩いている。
荷台は木製で、木の椅子が四つ、それと荷物を置ける場所がある。
アリンさんのものと思われる、弓矢や剣、あとは布のカバンが置いてあった。
「俺、なにも持ってないです。食料とかも」
「わけてやる。まあ、お前なら二日絶食しても問題なく耐えられるかもしれん。試してみたらどうだ」
「ええ?」
ひどい。
アリンさんは真顔だった。アリンさん流の真顔冗談なんだろうか。
馬車が進んでいくのは、俺が最初にアリンさんに案内されて最初に通ってきた道より広い。
離れたところに、門、っぽいのが見える。
「おーい、おれも入れてくれよ」
ナックル、がもどってきて、荷台に乗ってきた。
乱暴に、自分のカバンをアリンさんの荷物の横に投げた。
「消えろ」
アリンさんは見ずに言う。
「アリン、今日は弓だろ? だったらおれでもいいじゃねえか。いやむしろおれがいいだろ?」
「消えろ」
「はいドロン。消えました! はっはっは!」
ナックルは、まったくこたえていないようだ。
「ようバイン。あらためてよろしくな。近接戦闘上等、ナックルだ」
と力こぶを見せびらかしてきた。
全身、見事な筋肉だ。
もしかして、そのための服? 袖がなく、ズボンも太ももがすこし布で隠れているくらいで体が出ている。へそも出ている。
筋肉を見せびらかしたいの?
門が見えてきた。
人通りのすくない道から、大通りにさしかかる。
とたんにいきなり人の数が増えた。
まわりが色鮮やかに見えた。
実際、人が多く、商店も多いからそうなんだけども、足音は話し声がそこかしこでしているのを見るだけで、なんだか身構えてしまう。
そんなに日が経っているわけでもないのに、冒険者や兵隊以外のたくさんの人を見たのが、とても久しぶりに感じた。
馬車が通りをゆっくり進む。
自然に道が開けた。
みんながこっちを見ている気がして緊張する。
ナックルが、まわりに手を振っていた。
そしてなにかに気づいて、俺の肩をたたく。
「バイン。あの女、ふつうに見えるけど、すげえ体してるぜ」
「え?」
ナックルが親指で指したのは、商店で店主と話をしている女性だった。
言っている通り、ふつうに見える。
「目立たねえ服だが、ちょいと脱がせば、フォークにミートボールがついてるみてえな、引き締まった体の上にすごいのがのってるぜ。声かけてみようかな」
「そいつの話は無視しろ」
アリンさんが言うと、ナックルが笑った。
門にさしかかると、いったん、馬車に反応した門番が、受付の列を止めた。
「はい、道を開けてください」
列の先頭のほうがいったん、門の横に行って見えなくなる。
直前まで受付をしていた三人組が、ぎりぎりで中に入ってくるのが見えた。
間に合った、と思っているのか、笑いあっていた。
その顔が、にやあ、という笑顔で、なんだか嫌な感じだった。
馬車が門に近づき、男たちとの距離が近づく。
にやあ、と笑った男が帽子を深くかぶった。つばの広い、黒い帽子だった。
「どうかしたか」
アリンさんが言う。
「なんか、いまの黒い帽子の男、見覚えがあるような」
「ん?」
アリンさんがちらりと見る。
ナックルもちらりと見た。
「物騒な荷物持ってるな」
ナックルが言った。
「物騒?」
「帽子男の横にいるでかい男、腰にふつうの剣をさしてるが、カバンに液体の入ったビンが何本も入ってる。ありゃポーションじゃねえぞ。よくわからねえ金属の棒もあるな。専門にやってるんだろうな。商売のもんかもしれねえが、あれはちょっとあやしいな……あ、見えなくなった」
ナックルがなんだかわからないことを言う。
「ナックルのスキルは透視だ」
アリンさんが、嫌そうに言った。
「へへ、男の夢だろ」
「はあ」
たしかに!
一瞬思ったけど、それを持っていることを知られてしまったら、というか自分からそれを前面に出していくとか、ちょっとふつうではいられませんね。
堂々と女性の体を見て、それを女性に報告するというのは、相当な心の強さというか……。
それに、いやらしい意味のような、いやらしいだけにとらわれていないような、このナックルという人間。
だからこそ得られたスキル……?
俺には無理……!?
「で、あいつらがなんだ」
ナックルが言った。
「いやあ、なんだったか……、はっきりしたことは……。でも見覚えは……」
「ふーん。ああ、もうひとりのやつも、なんか、ちょっとした魔道具っぽいもの持ってんな。門番じゃわかんなかっただろうなー。うーん、まあ、王都に入るのを止めるほどでもねえか?」
「……あ!」
俺は思わず大きな声を出してしまった。
二人と、おつかれさまですと言いかけた門番が、おどろいて俺を見る。
「なんだよ、どうした」
「アリンさん……。不確かかもしれないんですけど……」
こんなところにいるとも思えないんだけど。
「なんだ」
「ボスです」
「ボス?」
「あの帽子の男、コッサで俺がさらわれたときの、ボスに、似てます」