25 俺、なにかやりました?
外に出て、兵舎をぐるりとまわると奥に広場があった。
訓練などもできるようだ。いまは、遠征兵たちによる馬車の用意が始まっていた。
警備兵とか、他にも兵舎があるのかな。
なにをしていいかわからないでいると、手があいていそうな隊長さんを見かけたので、近づいた。
「あの、隊長さん」
「な、なんでしょうか」
隊長さんがびくりとした。
「考えてみると、あの少年があぶないのは、今後なのかな、って思ったんですけど」
「はい?」
「少年を誘拐して神にする! とか考えそうな人も、いまから神殿に行くって言われたら準備もできてないだろうし、連れていけそうな……。逆に神官さんは、来てくれるかわからないんですよね?」
「ああそのことですか。単純な話です。盗賊と会ってしまったら面倒ですので」
「馬車で移動することになりますが、彼を箱に入れるなどして厳重に隠していれば、貴重な品だと思われるかもしれません。表に出しておけば、人さらいの危険が出てきます。特に最近は、子どもが誘拐されることが多いので」
「子ども?」
「といっても、もっと幼い、三歳から五歳くらいですね。見せるのもあぶない、見せないのもあぶない、ということです」
「嫌な話ですね」
「そうですね」
隊長さんがうなずいた。
「でも、遠征兵に、盗賊が、しかけてくるんですか?」
「失礼。盗賊というのは、一種のたとえ話だと思ってください。いいですか? あの少年は、とてつもなく大きな被害を生む可能性があります。特大の結果と、ごく小さな可能性をかけあわせれば、大きな結果になる、という考え方もできるでしょう? 可能性が低くとも、危険な橋をわたっているのと同じことになるわけです。つまり、そうですね……。たとえ世界は破滅しなくとも、むだに人を死なせたくない、ということです」
「……はい」
「まあ単純に、少年の移動には、我々だけで決められない部分もありますが。いまは少年の警備も高い意識が保たれていますから、王都は安全な可能性が高い。もちろん、遠征兵として、すべてを動員して、強引に決断することもできるかもしれませんが。今回は、神官に来ていただくほうが、より、行動しやすく、被害がすくないと考えたのです」
「……なんか、すいません」
「いいえ。当然の疑問ですよ」
「あと……、もうひとついいですか?」
「なんでしょう」
「俺のコインのことって、結局なんだったんですか」
隊長さんがまわりを見てから、俺に近づく。
「その話はしないでください。誰かに聞かれたらどうするんですか」
隊長さんがひそひそ言う。
「だめですか?」
「だめです!」
「そうですか……」
「兵舎の外はもちろん、中でも、いけません」
「じゃあいつするんですか。あと、俺を神殿に連れていくのって、なんなんですか?」
「……」
「……」
「……答えは、あなたの中にあります」
隊長さんは、真剣な顔で言った。
「え?」
「答えは、あなたの中にあります」
隊長さんはもう一回言った。
ふざけているような表情ではない。
表情はふざけていないが……。
「あとはアリンさん、お願いしますよ」
近くにアリンさんを見つけた隊長さんは言うと、逃げるように去っていった。
「アリンさん、あの人だいじょうぶなんですか……?」
隊長としてきちんとした話はしてくれたけど、コインのことは完全にごまかされた気がする。
ごまかされ感が際立っていた。
「もちろんだ。強さでいえば、隊長に匹敵する人間は王都にいないかもしれない」
「ええ……?」
「遠征兵というのは個人の主張が強い。私もほとんど個人で行動する。そんな人間の集まりだから、強くなければついてこないぞ」
ええ……?
「じゃあ、集団行動はあんまり慣れてないんですね」
「それはちがう。個人行動が好きなだけで、集団行動の訓練は欠かさない。我々の習熟度でいろいろなことが決まるからな」
「どんなことですか」
「たとえば、死人の数だな」
言われてすぐ、さっきの隊長さんの話を思い出した。
「私が単独行動を好むのは、被害が私だけですむから、というのもある。王都に対して、私を人質にする、という被害が出にくい任務を選んでいるぞ」
「……」
「隊長が言うように、答えがお前の中にあるというのは事実だろう。お前のことだ、お前の中にしかない」
アリンさんは、俺の肩をぽん、とやって、馬車の用意に加わっていった。
俺はその様子を見ながら、考えていた。
危険をゼロにはできないとか、特大の危険に対して小さな可能性は、大きな結果につながる可能性があるとか。
死人の数とか。
それはいい。
それは考えてなかったし、納得もした。
「おーい、なに突っ立ってんだ、てめえ」
でも、コインに関しては、二人とも、ごまかしましたよね?
結構、強引でしたよね?
なぜ……?
「おい、バインとか言ったか。お前、辞退しろよ」
うーん。
だったら俺にも考えがある。
覚えてるんだぞ。
「てめえ、隊長に取り入ったのかなんか知らねえが、どう見ても最強じゃねえだろ」
隊長さんはたしか俺に、アリンさんの助けとか、少年を捕まえるのに協力した時点で、コッサへの費用をくれるとか、言ってたじゃないか。
俺はコインのこととかも、ちゃんと話したのに。
それを、なんか、ひきのばして、よくわからないことを追加して……。
「おい、無視すんなよ。てめえ、体にわからせてやろうか?」
ずるいぞ。
俺のことを考えてくれてるんだ、ってさっきはうれしくなったけど、なんか、そうじゃないのか?
「オラあ! ぐっ……。オラあ! うっ……。くそ……」
でもあんまり文句言うと、それじゃあお金はあげませんけど? ってされるかもしれない。
お金をもらうほうは、立場が弱いな……。
……実は、払う気がなかったらどうしよう……。
?
「うん?」
なんか、近くでうずくまってる人がいた。
手をおさえている。
「どうしたんですか?」
「やるじゃねえか……。認めてやるぜ」
男は立ち上がって、俺に手をだした。
なんとなく握手する。
「おれの拳をそんな棒立ちで受け止められて、しかもおれのほうが耐えきれないとはな。おどろきだ。バイン。おれの班に入れてやってもいいぜ」
男は言った。
「え?」
「疑って悪かった。おれは遠征兵の切り込み隊長をやってるもんだ。よろしくな」
「はあ」
え、誰?




