23 コインがなにか?
入るといきなり広間で、ガラスの小部屋が存在感を放っている。
「あら隊長さん、どうしたの?」
アナが言った。
「わたしたちは、ちょっと大切なお話があるんです」
「じゃまはしないわ。がんばってね」
アナは上品に首をかしげた。
「こちらです」
右手のドアから入ると、テーブルと、そのまわりにソファが四つならんだ部屋があった。
壁には、絵や、旗みたいなものが飾ってあるだけ。
俺は奥のソファに座り、隊長さんはドア側のソファ、アリンさんはドアの近くに立っていた。
「ではバインさん、お話をおねがいします」
「はい」
俺は、だいたいの流れを言った。
「こちらで受けた報告とほぼ同じですね。アリンさんとは、樹海のふもとからは、一緒に行動していましたね?」
「はい」
「では樹海以前、取引のあたりから、もうすこし詳しく聞きたいのですが」
「ええと、路地に入ったらこわそうな人がいて、よくわからないうちに気絶して、気づいたら薄暗い部屋、という感じでした。取引自体は見てません。水をかけられて、起きたような気がします。起きたら、武器とか持った人が十人くらい? いて、俺は縛られてて、ボス、とか呼ばれてる人がいました」
俺は思い出しながら言う。
「そうそう、そこで、コインをもらって」
「コイン?」
隊長さんだけじゃなくて、アリンさんも反応した。
「はい。ボスって呼ばれてる人に、コインを投げろって言われて、投げました。床に」
「聞いていないぞ」
アリンさんが言う。
「コインをもらった話なんかしても関係なさそうかな、と……」
そんなに食いつく話?
コインだよ?
バインのコインだよ?
「コインの形や模様は、覚えていますか?」
「ふつうに丸くて……。龍が描いてあったような」
「龍」
「はい。投げたら、龍の面が出た、ような気がするので」
「逆の面はどうでした?」
「さあ……。あ、死神みたいだった気がしますね」
「……」
隊長さんは黙って俺を見ていたが、ふところから、手帳を出した。
めくっていって、あるページで動きを止めた。
隊長さんは視線を上げた。
「表が龍で、裏が死神ですか?」
「はい。たぶん」
どっちが裏でどっちが表かは知らないですけども。
「これですか?」
手帳をテーブルに置いて、俺の方に見せる。
絵なのに、まるで見たままのような細かい、銀色のコインが描いてあった。
龍の面と、死神の面。表裏がならんでいる。
特徴的で、龍の上半身だけが、ぐわっ! と力強い。逆に死神は、全身が入っていて、ろうそくの火のようにゆらめいているように見えた。
「あ、これっぽいですね! かなりこれっぽいです」
「これはちがいます?」
他のページにも、表裏がならんで描いてある。
表が龍だけど別の龍だったり、裏が死神じゃなくて魔物みたいなやつだったり、と記憶とちがうものばかりだった。
「ちがいます。最初のやつです」
「なるほど。それを投げさせるとき、男たちは、死ぬとか、そういうことを言っていました?」
「あ、そういえば言ってたような……。でも、ああいう人たちってすぐそういうこと言いますよね? 殺すとか」
「コインを投げた回数はわかります?」
「えーと、十回は投げましたね」
「十回!?」
隊長さんがペンを出して、手帳の最後のページを開いてなにかさらさら書き始めた。
「十回全部表ですね?」
「あ、いや、数えてたわけじゃないんですけど、十回は絶対に。なんだかんだ、二十回くらいだったかもしれないような」
「に、にににに二十回表!?」
隊長さんが手を止めた。
アリンさんは、え? という感じでこっちを見ていた。いまの声、聞きまちがいですよね? という感じで。
「失礼」
気を取り直した隊長さんが、まだなにか書いている。
ぶつぶつ言う。
「20乗……、こんなに? え、20乗って10000くらいじゃないんです……? いや10000でもすごいけど……。そうか、だから転送……。これなら、本当に転送を使ったのかもしれない……。まじか……。おいまじか……。まじか……。まじまじのまじか……」
ぶつぶつ変なことを言っている気がする。
はっとして、こっちを見た。
「男たちに暴力をふるわれたりは?」
「ありましたけど、なかったような……。男たちが武器で攻撃しそうになったけど、効かなかった、のかな……?」
「でしょうね」
隊長さんが大きくうなずく。
「……ちょっとこれを曲げてみてください」
隊長さんは、胸につけていた紋章みたいなものを外した。
外れるものだったのか。
「これを」
「貴重なものなんじゃ?」
「どうぞ」
「はあ」
手のひらよりは小さいくらいの金属板に、魔物のりりしい横顔みたいなものが描いてある。
ちょっとかたかったけど、結構力を入れたら、ぐっ、と曲がった。
「あっ」
隊長さんが言った。
「えっ……?」
アリンさんも小声で言った。
「あ、やっぱり貴重品なんじゃ」
「それはいいんです。それは」
「はあ」
「もどせます?」
「だいたいでいいなら」
ぐっ、と曲げると、だいたいもどった。
「あああ……」
隊長さんが変な声を出す。
「えっ……?」
またアリンさんも言う。
なんなんだ?
「やっぱり曲げちゃいけないんじゃ」
「いいんですそんなものは小さな話ですはい」
隊長さんは手帳をしまって、腕を組んだ。
「隊長」
アリンさんがテーブルまでやってきた。
「証が曲がりませんでしたか?」
「曲がりましたね」
「そんなばかな、人間の手で」
「アリンさん」
隊長はアリンさんの言葉の途中で呼びかけると、手帳を出して、なにか、ぼそぼそと説明を始めた。
最初はふつうに聞いていたアリンさんも、ええ!? とか、はあ!? とか言うようになる。
そしておどろきの目で俺を見ている。
というか、この部屋、ぼそぼそひそひそ言われたら、嘘が言えないとか、あんまり意味ないな?
小声だと言いたい放題。
あいまいなことも言いたい放題。
これは、法則を知らない人間が、ただただ正直になって損する部屋……!
「隊長、どうするんですか」
「ううむ……。ぐむむ……」
隊長さんが、苦しそうにうなっている。
「国外追放とか?」
「ううむ……。そうか! バインさんは、コッサに帰りたいんでしたね?」
「はい」
「では、わたしがそうなるよう、急いでお手伝いしましょう」
「え?」
「それとバインさん。とにかく、コインに関する話は、誰にもしないように。我々もしません。まさか他に、誰かに話しましたか?」
テーブルに手をついて、乗り出してくる。
「い、いえ」
「そうですか。まちがいないですね?」
「はい」
「絶対に?」
「はい!」
隊長さんが着席した。
「バインさんは、冒険者などでは」
「ないです」
「今後、そういう活動をするつもりも」
「ないです」
「そうですか」
隊長さんは、ほっとした顔をした。
それからまた、ぶつぶつ言っている。
「ああ……、なんでこんな話聞いちゃったかなあ……。どうにか、どうにか帰らせれば、王都は関係ないことになるから……。アリンさんがしっかり関係しちゃってるから知らぬ存ぜぬはちょっと……、」
どうしたんだろう。
そのときドアがノックされた。
「どうぞ」
アリンさんが言うと、ひとり、兵士が入ってきた。
「隊長。あの少年についてのお話ですが」
「ああ、どうしました」
「スキルを奪うスキルを持っているそうで、神を自称していまして……」
「またそんなでかい話を……」
隊長さんが、顔をひきつらせたまま止まった。