21 確保ー!
俺と少年は広場にいた。
俺は少年の腕をつかんでいて、おどろいた様子で少年は俺を見ている。
「もしかして、体をさわってれば、立ち位置交換についていける?」
俺が外に出られた理由なんて、それくらいだ。
「バインさん、ブレイさんより速いんだ。本当に最強なんだね」
そんなわけない。
俺のほうが少年に近かっただけだろう。
少年は、俺を最強だと思っているからそう考えてしまうのだ。
思い込みというのは、おそろしい。
「とにかく」
俺は両手で少年をしっかりつかんだ。
「逃さないぞ。絶対離さないからな! これからじっくり……」
「お前、なにやってんだ」
広場にいた男たちが近づいてきた。
「ちょうどよかった、手伝ってください」
と言った俺に、冷ややかな視線。
「手、離せよ」
男は言った。
「え? なんで?」
「こいつ、どうかしてるぜ」
男たちは、なんだか見下すように俺を見ていた。
「助けてください!」
少年が叫ぶ。
「おら、その子の手、離せよ!」
男が俺を羽交い締めにしようとする。
なんで!?
と思ったら、そうか。
俺、全裸だ……!
全裸の男が、逃さない、絶対離さない、これからじっくり……、と少年に迫っている。
少年は助けを求めている。
なんてことだ!
「くっ……! ち、ちがうんです! 俺は、この子の手を離しちゃいけないんですよ!」
「なに言ってんだこいつ!」
「運命の相手だ、とでも思ってんじゃねえのか!?」
「引きはがせ!」
何人もの男が俺につかみかかってくる。
くそ、なんでこんなにたくさんの男とからみあわなきゃならないんだ!
汗くさい男たちに、ぎゅうぎゅうぎゅうぎゅう。
やめて!
「こいつ、離れねえ……!」
「意外と力つええぞ……!」
まわりの男たちは、見た目ほど力がすごくない。
言葉はあらっぽいけど、どうしたらいいか迷っているのか?
これなら、なんとか、このまま耐えて……。
「誰か、警備兵呼んでこい!」
男たちがさわぐ。
「や……」
やめてくれ、と言いかけたけど、これは悪くないのでは。
警備兵が来れば闘技場の異変もわかるだろう。
闘技場からの声は聞こえるから、誰か、武術大会の有力者とか、係員さんが説得してくれれば、俺の正当性が明らかになるはず。
俺が捕まる前に、少年が捕まる!
いける!
と思ったとき。
ぬるり。
つるん、と俺たちの体がすべって、俺たちはバラバラに倒れた。
「へへっ、おれの、ぬるぬるスキルだ」
得意げに言っている男がいた。
なんだそりゃ!
「だいじょうぶか、ボウズ」
「ありがとう、お礼にそのスキルとらないであげる!」
少年は走り出した。
自分の足で、じゃない。
束ねた髪を伸ばした。それをふたつ。
地面に突き立てて、大きな脚のようにして走り始めたのだ。
「待て!」
俺も走る!
繁華街まで行かれたらおしまいだ。
見失った状態で立ち位置交換を連発されたりしたら、もう二度と見つけられないかもしれない。
いや、空を飛ばれたら……。
思ったけど、そんな様子はない。長距離移動のスキルはないんだろうか。
「ん?」
逃げ足は思ったほど速くなく、距離がぐんぐん詰まっていく。
少年が髪の毛で走り始めたせいだろうか。まわりの人が、どうしたものかと迷っているようだ。
こちらに寄ってくることもない。交換もできない。
いける!
少年がなにかこっちにスキルを使って攻撃しているようだったが、俺に当たっていないようで抵抗はない。
広場のすみで、人の姿が見えた。
「あ」
アリンさん。
まだいたのか。
方向を変え、アリンさんに近づく少年。
立ち位置交換でもするのか。
「アリンさん、逃げて!」
アリンさんは、髪の毛で走る少年と、全裸で叫ぶ俺を見て、なにか察したようだった。
剣を抜いて構えた。
どっちを斬る気だ!
少年が迫る。
もう、立ち位置交換の間合いに入ったと思うけど、やらない。
じゃあ、狙いは?
アリンさんが突っ込んでくる。
「それっ!」
アリンさんがスキルで上にふっとばされた。
少年は空中でアリンさんを髪でつかむ。
そして、手を引き寄せる。
「あっ」
スキルを漁る気か!
しかもまずいぞ!
長距離の移動手段が!
いやそんなのどうでもいい!
アリンさんの、アリンさんの馬が!
あの夜の景色がよみがえった。
黒い、大きな馬。
スキルになるほどの、馬。
あんなに大事にしていた馬が、とられる!
「やめ、ろ!」
とどかない。
わかりながらも、俺は右足で思い切り地面をけっていた。
「!」
わけがわからなかった。
体の奥底から力がわいてくるような感覚があったと思ったら、体が前にふっとんだ。
顔にものすごい風圧。
いきなり少年との距離がゼロになった。
少年がアリンさんと手を合わせる前に、俺は少年にぶつかった。
からみ合いながら俺と少年は広場を転がる。
立ち上がろうとする少年の肩をつかんで、地面に押しつけた。
さすがに体格差のせいか、少年の抵抗は弱い。
でもまだ、どんなスキルがあるか……。
「……そうだ」
俺は思いついて、自分の首の輪を引っぱった。
この首輪はたしか……。
いまの転倒でうまい具合に留め具のところが壊れたようで、引っぱっただけでかんたんに外れた。
それを少年の首につけた。
少年の長い髪の毛が切れて、焦げるような、溶けるような感じでブスブスと細い煙をあげ、消えた。
スキルは無事、封印されたようだ。
少年がなにか言った。
「なんだ?」
「……ぬるぬるスキル、もらっておけばよかった」
少年はそっぽを向いて言った。
俺は、少年の気まぐれと、不審者の俺をここぞ! という瞬間にふっとばしてくれた誰か、に感謝した。




