19 救世主現る
「バインさーん? 早くー」
室内で少年が呼んでいる。
「バインさん、どうします……?」
とんでもないことになってきた。
俺たちはひそひそ話す。
「どうせ中に入ってもいずれ殺されるんだろうし、とにかく外と連絡をとらないと」
「中に来ないと殺しますよー」
「外に出るには、明日にならないと」
「でも門番と話はできるはず」
「その前に殺しますよー」
ひそひそ話に入ってくるの、本当、やめてほしい。
こわすぎる。
「わっ」
係員さんが目をむいた。
部屋の中から、ちょいちょい、と髪の毛が手招きしていた。
そして、とんとん、と俺の肩がたたかれる。
「わっ」
ぷに、と振り向いた俺の顔をつっついたのは、髪の毛だった。
あきらめて、控室に入った。
「やっと来た。どっちがバインさん?」
少年が言った。
まさか、俺じゃないと言い張れば、俺がバインではなくなる可能性がある……?
「俺です」
おとなしく手をあげておいた。
嘘だとばれたら殺されるかもしれない。
「そっちは運営の人ね。バインさんは、武術大会の参加者だよね?」
「はい」
少年は俺と手を合わせた。
「あれ?」
少年がふしぎそうに俺を見る。
「スキルは?」
「ないですけど」
「あ……、そうなんだ。ふーん」
「それで、俺たちは……」
「殺されるんですか!」
俺と一緒にいた係員さんが核心をついた。
「ちゃんと、言うことを聞いてくれれば殺さないよ」
それを聞いて、係員さんが青ざめた。
「それは、自分で殺すんじゃなくて、ぼくらで殺し合いをしろ……。そういうことですか……? ぼくらに殺し合いをさせて、その中で勝ち残った人間だけが生きる価値がある、そういうことですね……」
係員さんがぶつぶつ言う。
「その様子を、高いところから見守る。武術大会は、勝ち残りを決めるのではない、生き残りを決めるのだ、強い人間が勝つのを見るのも楽しいが、死ぬところを見るときこそ、人間の根源的な娯楽だ、そういうことなんですね……!?」
係員さんが早口で言う。
「そんなことしないけど」
少年は、ちょっとひいた目で係員さんを見ていた。
「えっ。あ……、冗談です」
係員さんは言った。
無理ですよ。なにか特殊な人間性が出てましたよ。
俺はとりあえず係員さんから二歩離れた。
この場で一番の危険人物は、いったい誰だ……?
「あえていうなら、逆かな。僕は、世界を平和にするためにやってきたんだ」
少年は言った。
「争いが生まれる理由はわかる?」
少年がちらっと係員さんを見てから、俺に言う。
「えっと、それは……」
「まちがえてもいいよ」
少年がやさしいことを言ってくれる。
でもまちがえたらどうなるかわからない。
難問……。
「やっぱり、その、なにかを奪おうとするとか、そういうことかと……」
「そう!」
少年がはじける笑顔!
奇跡の正解!
「なにかを取ろうとするとき、争いがおきる。ものでも、土地でも。じゃあ、争いをなくすには?」
「え……。とろうとしない」
「そう!」
これは楽な問題!
二問連取、少年の信頼を獲得しました!
「じゃあバインさん。どうすれば、とろうとする人がいなくなると思う?」
「えっと……。……厳罰化」
「うーん」
少年が首をかしげた。
終わった……。信頼がなくなった。
「それだと、ひどいことがあってから、なんとかするんだよね? ひどいことがないようにするには、どうしたらいい?」
まだ、答えていいんですか……?
「えっと、あの……」
なんだ。
なんだ。
「か……?」
少年が俺の顔を見ながら言う。
「か?」
なんだ?
「かみ……?」
少年が言う。
「かみ?」
「かみさ……?」
「かみさ? 神様?」
「そう! 神様がいればいいんだよね!」
少年のはじける笑顔。
やった、起死回生の正解!
「だって、神様と人間じゃ、ちがいすぎて、争いなんて生まれないよね? つ・ま・り。神様がいればいいんだよ」
少年は、ひとりひとりの顔を見ていった。
「争いがなくなったら、みんなが安全に暮らせるでしょう? そうしたら、みんな、どうしたら豊かな生活ができるか、っていう方法を考えていけるよね。武器とか、争いの道具をつくってた分の品物とか、労力とか時間とかをぜーんぶ、豊かな生活をする分に向けたらどう? 貧しい人なんて、いなくなると思わない?」
少年は、にこにこしながら話した。
「それと、お前のこれと、なんの関係がある」
ブレイが言った。
まだ体に髪の毛が巻きついているが、すべて切ったあとのようだ。
「僕が神様になればいいんだよ!」
少年は言った。
「僕は、全人類のために生きるもん! だから、全員が僕にスキルをくれたらいいんだよ。いつまでも生きられるスキルを持っている人を見つけられれば、死ぬこともないでしょう? 僕が、ずっと、みんなを幸せにしてあげるよ!」
熱っぽく語る少年。
「それが、この武術大会をめちゃくちゃにした理由か?」
ブレイが言った。
「うん。だって、どうでもいいでしょ?」
「なに?」
「ほとんどお金のためだし。まじめにやるなら、まあ、それでもいいのかもしれないけど、中には、力を合わせて、イカサマで勝ち抜く人だっているんだよ?」
俺びくっ。
髪の長い人たちはぴくりともしていない。すごい。
「こんなの遊びでしょ?」
「言いたいことはわかった」
そう言って、木剣を下段に構えたままとびあがった。
くるりとひるがえって天井をけり、少年の方へとんだ。
「また?」
少年が髪の毛で捕まえようとする、その一瞬。
輪になってブレイの脚をとらえようとしたとき、ブレイはひるがえってその、硬質化する一瞬をとらえて、髪の毛をまるで足場にするようにけって床へ。
床をけって、はうような低さで少年に向かう。
少年が髪の毛で捕まえようとすると、ぱ、ぱ、ぱ、と細かく左右に動いた。
ものすごい速さの木剣で髪を払い、細かな動きで少しずつ少年に近づく。
その剣の動きも、ふりまわすというより、なでているみたいな、おだやかな動きにすら見えた。
「スキルが増えようが、そんなもの。急に手足が増えたようなものだ。十全には扱えまい」
ブレイの声はすばやい動きをしているとは思えないほど平坦だった。
「髪ばかり使う」
「むっ!」
そう言われて少年が、おそらくブレイのスキルを使ったが、ふっとんだのはちぎれた髪ばかりだった。
急に床が凍ったり、燃えたりしたけどブレイの影をかすめただけだ。
「ちっくしょー、さっきより速い!」
少年が叫ぶ。
「全力を出して喜ぶのは子どもだけだ」
ブレイが前に出る。
「止まれ止まれ止まれ!」
「人類の幸せでも願っておけ」
「くらえ!」
少年が床に手をつくと、床、天井から、ブレイに向かって無数のつららのようなものが生えた。
ブレイの体が貫かれる。
少年が笑った。
と思ったら。
貫かれたのは黒い服だけだ。
「死ね」
少年の背後に現れたブレイ。
真上から剣を振り下ろす。
その瞬間。
ぱっ、と景色が変わった。
俺の前にブレイがいる。
剣が、頭の真上まできていた。
ブレイの目がおどろきですこし大きくなったように見えた、ような気がする。
どっ、と剣が俺の頭に振り下ろされた。
しん、とする控室に、少年の、くっくっく、という笑い声だけがひびった。
「おれの、立ち位置交換スキルだ……」
誰かが言った。
「自分と、誰かの立ち位置を交換する。範囲は、この部屋の中、くらいまで……。言っておけばよかった……」
「へへーん! 全力を出して喜ぶのは、子どもだけだねー!」
少年のうれしそうな声が聞こえた。
「こんなに人がいるんだから、僕には勝てないよー。それとも、全員殺しちゃうの? ひどーい。あ、ごめんねーバインさん! でもやっぱり、人を殺したりするのは、自分のことしか信じない、自分勝手な人だってわかっ……」
少年の言葉が止まった。
木剣は折れていた。木の、何本かの繊維でなんとかつながって、ぶらぶらゆれている。その繊維の色が、銀色だ。
ブレイは、目をまんまるにして、俺を見ていた。
俺は頭をさわって、手を見た。血は出てないようだ。
なぐられた感触はあるけれども、これといって、痛みもない。
みんなの視線を感じる。
「……あ、でも、木剣だし……」
俺は言ってみた。
「この木剣は、鉄を断ち、岩も砕く……」
ブレイがぽつりと言った。
そうだろうな、と思う迫力はあった。うん。
では、なぜ、俺は平気なのでしょう……。
控室が、誰もいないみたいに静かだった。
「あの、なんか俺、体が防御力に定評があって……」
言ってみたけど、誰もなにも言わなかった。
そういう問題じゃないだろう、という心の声が全員から聞こえた気がした。
そう。
そうなんだけど。
あの木剣、そういう問題じゃないってわかるんだけど……。
木だけど、繊維が銀色だし、ものすごく特別な木で、ものすごく特別な威力があるんだろうと。
じゃあ、なに……?
もしかして、俺、ものすごく強……。
「あ」
しかしそこでふとひらめいた俺。
まさか。
いやそうだ、まちがいない!
そちらを見たら気づかれてしまうかもしれない。首を動かさず、頭を働かせる。
係員さんだ。
いや、係員さんというと、大会抽選をしていた係員さんが三人と、俺を起こしてくれた係員さんの合計四人もいるのでややこしい。
俺がいいたいのは、俺を起こしてくれて、ここまで一緒に来た人。
通称、起こし員さんのことだ。
よく考えれば、この部屋の中でスキルを奪われていないのは、起こし員さんだけだ。
つまり……。
起こし員さんは、超強力な、他人にも使える防御スキルを持っている……?
それによって、守られた……?