18 大会崩壊
俺は円形の通路を逆回りで歩き始めた。
「バインさん、逆まわりですよ」
すこしでも距離をかせいで、考えたい。
遅刻で参加資格を失うのなら、それが一番安全だ。
でも仲間問題もあるし、お金問題もある。
それにこの係員さんに罰則を負わせてしまうのも悪い気がする。
すこしでも距離をかせいで、なにか名案を……。
開いている控室のドアが見えてきた。
名案、なし!
「バインさん……」
係員さんが目で、早く入れと訴える。
後ろ側の入り口から中を見ると、室内には三十人くらいいる。
その前に、説明をしているのか、係員らしき人が三人いた。
「バインさん」
「しっ」
俺は唇の前に人さし指をあてた。
仲間たちは、バラバラになっていて、関係性がわからないようにしているみたいだった。
「試合と試合の間には、王都の治療魔法による治療時間は用意されています。その中で、一般的な治療はさせていただきますが、特殊スキルによる負傷はすぐ全快できないこともあります。あらかじめご理解ください」
試合の説明をしていたようだ。
空気がピリピリしていた。
もしかしたら、俺がいないことで待たされて、空気が悪くなったのかもしれない。
「どうしよう」
「え、入らないんですか?」
参加者から見て正面には、壁に紙がはってある。
下側に、三十二人分、名前を書くところが。
名前の上に線がのびていて、となりの線とぶつかる。そうやって、参加者が半分ずつに絞られていって、一番上まで行けるのはひとりだけ、という対戦表だろう。
「では、組み合わせ抽選を行いたいのですが、ひとり、まだいらっしゃっていませんね……」
びくっ。
「そいつの、本戦受付は終わっているのか」
参加者から、いらだたしげな声が。
「はい」
「だったら、空欄にしておけばいい。さっさとやってくれ」
「では始めましょうか」
前にいる係員三人が、目を合わせて、軽くうなずきあった。
「えっ」
いても、いなくても、関係ないじゃん。
俺のとなりにいる係員さんの表情が、生き生きしてきた。
俺の表情は死に死にしていることだろう。
「では、抽選を行います」
用意されていた箱に、札が入れられた。
係員がガサガサと振っている。
「箱の中に番号札が入っていますから、順番に引いていってください。箱の前にならんでいただいて……」
「はい! はい! はーい!」
場違いな声がしたと思ったら、手をあげていたのは少年だった。
十歳くらいだろうか。予選を突破できたんだから、よっぽど強いスキルを持っているんだろう。
「僕が一番でいいですかー?」
声変わり前の声はひたすら明るく、なんだか雰囲気がすこし、なごんでしまうところがあった。
箱を持つ係員も笑顔だ。
「どうぞ」
「わーい」
少年が、くじを引く。
「わ! いちばーん!」
少年がとびはねて、引いたくじをみんなに見せる。
むっつりとしていた人まで、あきらめたような笑みを見せていた。
はっ。
ここか?
ここで入室すればみんな、俺のことを笑顔で受け入れていただけるのでは?
「いえーい!」
係員にくじをわたした少年は、手をあげて、係員に手を合わせるのを要求した。
苦笑いする係員三人と、パン、パン、パンと手を合わせていく。
「いえーい!」
それから、参加者に対しても、手をあげるよう要求した。
パン、パン、パン、と軽く走りながら、参加者全員と、手をたたき合わせていく。
「えへへ」
パン! とかわいた、いい音が続いていった。
ここだ。
ここでしれっと、最後に手を合わせて、そのままの勢いでくじを引こう!
と思ったのだが。
少年が離れて座っている男の前に行ったとき、足が止まった。
男は腕を組んだまま、少年を見るだけだ。
ボサボサの頭に、ケバケバの、いつから着ているのかというような真っ黒い服。
ちらっと見える目だけがギラギラと光っていた。
壁には、木剣が立てかけてある。
「お兄さん! はい!」
少年が手をあげてみせる。
男はつまらなそうに見るだけだ。
気難しい剣術家っぽい!
「そいつはブレイだ。やめとけ坊主!」
明るい笑顔の大男が言った。
「へたに近づいて、スキルでぶっとばされるぞ!」
「坊主がんばれ! それくらいできないで、本戦で当たったらどうすんだ!」
「やれやれ!」
男たちが勝手なことを言っていた。
そのとき。
「ぶっとばす? どういうスキルなの?」
少年が、腕を組んでいる男にききながら、一歩進んだ。
男は組んでいた腕を解いて、近くに置いていた木剣を手に取る。
「ブレイさん、試合以外での戦闘行為は、即失格、拘束の対象にもなります」
係員が鋭く言う。
「なにもしない。が、これ以上近づくというのなら、斬る」
さすがに少年は立ち止まった。
「おいおい、ノリわりいなあ!」
男が野次を飛ばすと、ブレイという男がじろりと見る。
「これから戦う相手と遊んでいるお前らのほうが信じられんな」
期待に応える気難しさだ。
もしかすると、実はいい人、という期待に応えてくれるのかもしれない。
雨の中、捨て犬を連れ帰る様子が目にうかんだ。
「ぼくとは、手を合わせてくれないの?」
「手合わせ、という意味なら、武舞台でいいだろう」
「ならいいや」
少年は手をおろした。
それから。
少年の髪が伸びた。
ぶわっ、と巨大な手のように大きく広がった髪がブレイにつかみかかった。
ブレイは木剣を振る。
真剣でやるように、すぱっと髪が切れた。
でもすでにブレイの背後にはたくさんの髪がまわりこんでいた。
手足をつかまれ、体を持ち上げられた。
はりつけにされたように、かかげられている。
「ぐ、ぐぐー!」
ブレイは髪で口をふさがれ、まともに声もあげられない。
少年は、髪の毛でブレイの手を無理やり近づけさせ、手を、パン、と合わせた。
「ぼ、ぼくのスキルが出ない……!」
髪の長い男が言っていた。
「おい! お前、なんでぼくのスキルを使ってるんだ!」
髪の長い男が怒鳴る。
少年は横を見ると、近くの参加者に手のひらを向けた。
「こう、かな」
その参加者が、ふっとんだ。
そのまま、壁にはられた対戦相手表の紙に激突した。
「なるほど、これがブレイお兄さんのスキルか。ふつうに強いね、ありがとう!」
すでに参加者たちは自分の武器を手にとって、少年に対して戦闘態勢に入っている。
本戦では、用意された武器を使うという話だったが、いまはまだそれぞれのものだ。
「おれのスキルも出ない……」
「こっちもだ……」
「おい運営! こいつの扱い、どうなってんだ!」
「ラニングさん。あなたは参加資格を失いました」
前で説明している係員が言った。
「うるさいなあ」
「こいつを捕獲したら、ちょっとはお小遣いでももらえるんだろうなあ」
剣を構えた男が言った。
「はい、お静かにー」
少年が言って、髪の毛で拘束したブレイを、そのまま大きくふりまわした。
巻き込まれて、何人かが壁まで吹き飛ばされる。
参加者たちが息を飲んだ。
「おとなしくしてれば、危害は加えないであげるよ。この部屋の人は、みんな人質ね」
「ああ?」
「僕、みんなのスキルをもらっちゃったんだからさ。勝てないと思うなあ」
少年がケラケラ笑った。
……。
大変なことになってしまった。
「ちょっと」
俺は、入り口から引っ込んで、係員さんの腕をつかむ。
「外に知らせに行きましょう」
「は、はい」
係員さんが、こくこくとうなずく。
「あと、通路にいるお兄さんも、おとなしくしてねー」
びくっ!
「バ、バインさん……」
係員さんが不安そうに俺を見る。
「いや、たぶん、通路に誰かいるかもと思って、てきとうに言ってるだけですよきっと。早く外に連絡を」
「てきとうにいってないよ」
びくびくっ!
「みみみみ見られてないはずだから」
「よく聞こえるスキルもあったよ」
びくびくびくっ!
「バインさん、会話が成立してます……!」
「バインさんって言うの? こっち来なよ」
びくびくびくびくっ!
はわ、はわわわわ……!