16 仲間ができた
「こちらです」
中にいた係員に案内されて、通路を歩いた。
「あの、まだ他で予選をやってるんですか?」
「はい。いま闘技場内にいらっしゃるのは、これまでの武術大会の成績であったり、特別に高い結果を出したかたです」
「あ、じゃあ、俺は外で変な人にからまれただけなんで、だめですね!」
「いいえ。ハンバイケン様は、昨日の予選で充分な結果を出し、闘技場に入る直前でした。バイン様は、それを上回る力を見せていただいたわけですから、まったく問題ないと考えております」
だめだ! 情報が入ってやがる!
出られない!
「控室です」
ドアを開ける。広間だ。
控室というからどんなもんかと思ったら、広々としていて、百人、二百人でも余裕で入れそうだ。
がらんとしていて、数十脚、椅子が一定間隔でならべられている。
他には部屋のすみに、椅子が数十脚まとめて置いてある。好きなように待てということだろう。
人はすくなくて、五人。
男四人、女ひとり。
「個室のご用意をいたしますので、少々お待ち下さい。それでは」
係の人は、それだけ言い残して控室を出ていってしまった。
「見ない顔だね」
髪の長い男が言った。胸をはだけて、肌を見せたいのかもしれないけど、体はむしろ細い。戦えるんだろうか。
ちなみに俺もあなたのことは見たことがない。おたがいさまである。
「こんにちは」
俺は軽く頭を下げてみた。
五人は近くにまとまって、それぞれ椅子に座っていたり、壁にもたれたりしていた。
髪の長い男の他には、外にもいるような大男もいるけれども、むしろ一般人的な体格の人が多い。
あとは、身長くらいの高さがある帽子をかぶっている男とか、三つ目の目をおでこに描いてる人とか、脚がすごい出てるのに上半身はちゃんと服をしっかり着てて赤と青で顔を塗ってる女の人とか。
あまり関わりたくはないかもしれない。
俺は、ドアのすぐ近くにあった椅子に座った。
係の人!
早く!
「あいさつはないのかい?」
髪の長い男が言った。
髪が長い以外には、これといった特徴はない。
多少、胸をはだけているから、肌を見せたいのかもしれない。
こんにちはって言ったけどな。聞こえなかったのかな。
俺は立ち上がった。
「こんにちは!」
「……」
「……」
返事がない。
着席。
「……君の名前は?」
髪の長い男の言葉は、ちょっといらついているように見えた。
なんでだろう。
「どうも、バインといいます」
「……」
「……」
「……」
なんだ? そっちはなにも言わないのか?
着席!
「おい。どこから来たとか、そういう話をしたらどうだ。おい」
髪の長い男が言うと、女が笑った。
「はっはは。めちゃくちゃなめられてんじゃん!」
女が高い声で笑っている。
別になめてないんだけどな。
めんどくさそう。
「じゃ、俺はちょっと……」
「どこ行くんだい?」
立ち上がった俺に、髪の長い男が言う。
「ちょっとトイレに」
俺はドアノブをまわす。
おや?
まわらない。
「なあ君。ぼくたちの中のひとりは、二回連続で、誰かが毎回上位八位までに残ってるんだ。本戦には三十二人も残るのに、どうしてだと思う?」
髪の長い男は言った。
なんの話だろう。
「すごいですね」
「ふふ。ところで上位八位までに残ると、いくらもらえるか知ってるよね?」
「まあ、たくさんもらえるらしいですけど」
一位が1000万なんだよな、たしか。
「知らない? はあ、なるほど。君は、武術を極める、純粋な武術家っていうわけだ」
「いえ、お金はほしいです。名声より。いくらもらえるんですか?」
俺が言うと、髪長男だけじゃなくて、五人がにやりとした。
「話がわかりそうなやつが来たぜ」
大柄男が笑う。
「武術大会は、勝ち抜き戦で決まる。本戦は三十二人。五回勝てば優勝だ。優勝で1000万、準優勝で500万ゴールドもらえる」
「すごい」
「準決勝まで進めば200万。そして、上位八位までは、50万ゴールドが賞金だ」
優勝、準優勝、準決勝の人をのぞくと、残り四人が50万ゴールドをもらうことになる。
「その下の人たちはいくらもらえるんですか?」
「あとは、一律で2万ゴールドだ」
「え……」
「急にすくないだろう? ぼくたちもそう思う」
「だから、あたしたちは協力してるのさ」
「情報を、戦力を集め、勝ち上がる。そして金を分配する。冒険者の臨時収入にしては、とてもおいしいんだ。そして、人の数が多いともっと楽になる。……協力しないか?」
「え?」
「うまくやれば、楽に賞金が狙える。八位以上、もしくはそれ以上」
五人はこっちを見ている。
「そんなに優勝したいんですか?」
「いや」
意外にも首を振った。
「優勝する人間は、本物だ。見ればわかるくらいちがう。勝てないよ。そもそもそういう人間は、賞金よりも、優勝したら王都の兵として、希望の部署で働ける、という副賞が目当てだったりするからね。勝つのは難しいだろう。だから、そういう相手と当たってもいいように、危険を分散する」
「なるほど」
「そうだ。ぼくらは効率的に賞金をもらえるよう、組んでやってるんだ」
「なるほど!」
もしかしてこれは、おいしい話だな?
「やります!」
「もちろん、急にそんなことを言われても困るだろう。だが、ぼくらの力を見たら、組みたくなるんじゃないか?」
「やります!」
「こんなに早く予選突破をするということは、見込みがある。そう思って、君にこんな話をしてるんだ」
「やります!」
「どうやら、お金に興味もあるようだしね、……やる?」
やっと反応してくれた。
「はい、やります!」
「こんな話をされて、信用するのかい?」
「はい! お金欲しいです!」
そうしたら、彼らが変な顔で、見合っている。
「どうかしました?」
「ちょっとね」
「え? うわっ」
気づいたら、腕に髪の毛がからみついていた。
足も。
見れば、床、天井を伝ってぐるりと通ってきた髪の毛が、俺の手足にからみついているのだった。
それは、髪の長い男から伸びていた。
「うわっ」
ぐぐぐ、と髪の毛によって、俺の体が持ち上げられる。
高い帽子をかぶった男がやってきた。
俺の頭に手をそえる。
ブブブブブ、と手がそえられた部分に振動が伝わってきた。
「ななななんですかかかか」
「彼のスキルでね。この、ちょっとした時間のことなら、記憶を消せるんだ。悪いけど君は、ぼくらの仲間になる価値がなさそうだね」
「ええええなんでですかかかか」
「ぼくらの誘いにすぐ乗ってくるのは、使えないやつと決まっている。ただ利益を求めて乗っかってくるやつは、いらないんだ。反抗したり、なにか提案できる人間が必要なんだよ」
「ずずずずるるいいいいい」
「ずるいっていう言い方は変だね」
「おおおおねがいしますすすす」
「残念だけど……、おい、ずいぶん長いな」
「この人、全然、記憶が消えない……」
高い帽子の男が言う。
「なんだって?」
「おおおおれはぼうぎょりょくにていひょうがあるらしいですすすす」
「こいつのスキルを防げるっていうのか」
「たたたたぶんんんん」
「そうなると、なかなか」
「ももももういいですかかかか?」
俺は腕を引き寄せ、からみついていた髪の毛をつかんでひきちぎる。
着地。自由の身。
高い帽子の男は、ささっ、と離れた。
「ほう。君、その髪の毛をちぎれるのか」
「あ、はい、わりと、ちぎることにも定評があるようで……」
「防御と、腕力か。基礎力増強、いや、スキルへの抵抗力もある。なんのスキル持ちだ? おもしろい。……バイン君といったかな」
「はい」
「まだ、我々の仲間に加わる気はあるかい?」
「え、いいんですか?」
「ああ。思ったより戦力になりそうだし、新しい戦術も考えられるかもしれない」
「いいのか?」
大柄な男が言う。
「やってみよう。話もしてしまったしな。……バイン君、初回はすこし、分け前はすくなくなるが、それでもいいかな?」
「はい!」
しょうがない!
安全にここを出ることを考えるのに定評がありそうな人たちだ。さらにお金ももらえそうだし、よろしく頼もう!
長い髪の男が手を出しながら歩み寄るので、俺も近づいて手を出した。
「よろしく」
「こちらこそ!」
これで、新しい仲間だ!
お金をくれそうな仲間だ!
髪の長い男が俺を見る。
「ん? バイン君、その首につけているのはなんだい?」
「あ!? うっかりまだつけっぱなしだった。とってもらわないと! これは、スキルを封印するやつです!」
「そうだよね……。ぼくにも、そう見える」
「でしょう!」
「だとしたら、君はいったい、どんなスキルでさっきの攻撃に耐えたんだ……? それに、髪の毛をちぎったんだ……?」
「えっと……。やっぱり、わりと鍛えてるし……?」
「鍛えたところでこの髪は切れないぞ……? そんな質じゃない。そいつのスキルも、生身の人間が耐えられるようなものではない……」
髪の長い男が、急いで手をふりほどこうとする。
俺はつかむ。
「え、俺たち仲間なんですよね?」
髪の長い男は目をそらす。
「ちょっと、一回手をはなしてくれないか!」
「仲間ですよね?」
「一回、手を」
「仲間ですよね? 仲間だと言ってくださいよ」
俺は髪の長い人をじっと見た。
やっとこっちを見た。なんだか急に、つかれた顔をしている。
「あ、ああ、仲間だよ、仲間」
「よかった」
俺は手を離した。
すると髪の長い男は手をさすりながら俺から離れると、他の仲間を集合させて、なにか話し始めた。
「あ、俺もいいですか?」
「バイン君はちょっとあとで!」
「でも、仲間なんで」
「……新人は、新人という立場をわきまえないとだめだ! 仲間であっても!」
「……そうですね! わかりました!」
俺が言うと、髪の長い人はほっとしたようだった。
俺は、ドアの近くに椅子に座りながら、こそこそ話をしている仲間を見た。
いつ自己紹介してくれるのかな。
してください、って言うよりも、自然にしてくれるのが、うれしいよね!
仲間だもんね!