15 これは拉致監禁
『なんだかんだと武術大会に出ることになったバイン。強力なライバルも続々と現れて、ついにやる気になった!? 次回、バインの覚醒。お楽しみに!!』
ということにはならない。
武術大会だ。本物のすごい人がごろごろいるはず。
調子に乗ったら、おそらく覚醒する前に永眠するであろう。
俺がぼうっと考えていると、アリンさんに誰かが話しかけてきた。
「やあアリンさん。彼は?」
「武術大会に参加する」
「彼が?」
「うむ。先ほど、暴れるハンバイケンを倒して、予選を免除されたところなのだ。名前はバインという」
「バイン。君も出るのか?」
「えっと……」
「おれは出る! アリンさんに、すこしでもおれのことを認めてもらえるように!」
「うむ、そうか。がんばれよ」
アリンさんは言った。
「はい! あとこれ、よかったら。仲間とわけようとしたら、あまったので」
男は紙袋をアリンさんにわたした。
「おおそうか。もらっておこう」
「はい! では!」
最後に俺をちょっと見てから、去っていく。
お前には負けないぞ、という熱い気持ちを感じた。
がんばれ!
俺はその場にいないだろう!
「それ、なんですか」
「あれだ」
アリンさんが見た方向。
ちょっと先、広場のはしに、なんだか長い列がある。
「なんです?」
「あれは売店の列だ。食べると、武術大会に勝てるというパンが売っている。この時期の名物だな」
「パン?」
「おまじないというか、縁起ものというか、まあ、気休めだな。私も毎回食べていた」
「へえ」
「あまったから、とくれる人が毎回何人かいるのでな。それを食べていたぞ。なかなかおいしい。ほら」
もらった紙袋を開けるアリンさん。
中から、焼き立てパンのいい香りがした。
「……」
それは、本当にあまっていたのでしょうか。
必死でならんで買ってきてくれたではないでしょうか。
もしかしたらアリンさんに会えるのでは、と。
「食べるか?」
「い、いえ、俺はいいです」
「そうか? まあ、あまりおまじないにとらわれすぎるのも、よくないからな」
アリンさんはパンを一口食べた。
「うむ。うまい」
俺は複雑な気持ちで列をながめた。
「さて、そろそろ行くか」
「どこへです?」
「闘技場の中でやっている予選だ。どういう相手が出ているのか、有力な相手が誰なのか知りたいだろう? お前のことばかり知られているのも不公平だからな」
それはちゃんと考えてるんですね。
「私は、遠征兵の報告の仕事もある。早くすませんとな」
「そうですか」
それが終わったらこっそり取り消しだ。
「こっちだ」
アリンさんは、闘技場に向かう。
正面ではなく横にまわりこんで、まあまあ大きい、参加者用の入り口に連れていかれた。
入り口には体が大きい男が二人いた。兵舎とか、入り口の門番とか、そういうところにいた人よりも、頭ひとつ、ふたつくらい背が高くて体が大きい。
目つきがそんなに鋭くなくて、気さくな笑顔だった。
それが槍の先端の鋭さを際立たせる感じで、逆にこわい。
「アリンさん、どういったご用で?」
「彼は、予選を免除されたバインだ。聞いているか?」
「ついさっき」
「では、入れてほしい」
「わかりました」
「うん」
アリンさんは俺を見た。
「ほら、参加者。先に入れ」
「え?」
「参加者の自覚を持ってもらわんとな」
「はあ」
と入っていって。
通路に入って振り返ると、アリンさんは外で俺を見ているだけだ。
「アリンさん、どうしたんですか」
「私は入らない」
「は?」
「いまこの中に入ってしまうと、明日の本戦が終わるまで出られない。そういう仕組みになっている。私は今回、参加者ではないからな」
……?
「え、でも、予選があるのに? 予選の参加者が帰れないんじゃ」
「この中で予選は行わない。外でやっているぞ」
「……どういうことですか?」
「お前、帰ろうとしてないか?」
「えっ……。まさか……」
言ってみたものの、声が小さい俺。
「せっかく本戦に出られるのに、受付を取り消ししようとしていないか?」
「ぜんぜんぜんぜんそんなことありませんよよよよ」
「私は気になっていることがある。お前、さっきハンバイケンという男の鎖を引きちぎったな?」
「えっと……?」
「それに思い返せば、私たちが村でつかまったとき、ひもを引きちぎらなかったか?」
「そういえば……?」
「お前、本当に防御だけなのか?」
「お前はもっと、本気で、自分の可能性について考えるべきだ」
アリンさんは言った。
「アリンさんは、武術大会の危険性について考えるべきでは?」
俺は言った。
冷静に考えると、鎖をちぎれたって弱い人もいるでしょ?
「命って、ひとつだけですよ?」
鎖男みたいに降参してくれればいいけど、あきらめない! あきらめなければ夢は叶う! みたいな人が相手だったら殺されるかもですよ!?
「10万ゴールドなんて言わずに、お前はもっと、高いところを目指してみろ! じゃあな!」
アリンさんは、くるりとうしろを向いて、帰っていく。
「ちょっと? 待ってくださいよ!」
追いかけようとしたら、闘技場の入り口の部分でなにかにぶつかった。
「……?」
透明ななにかがある。
「ちょっと、アリンさん? ちょっと! 待ってくださいよ! なんだよこれ!」
ガラス、というには透明度がすごすぎる。なにもないようにしか見えない。
「愛弟子に、成長してほしいという、師匠の愛のムチですよ」
門番が、ちょっといいこと言ってるふうに言った。
お前はなにも事情を知らないだろう!
「ほんとに外に出られないんですか?」
「はい。ですから手ちがいがないよう、我々は気が抜けないのです」
「…………」
あの。
ちがいますちがいます。
武術大会という壁を乗り越えたらすごく強くなれる!
じゃなくて、うまくいかなかったら死んじゃうかもしれないし、やめとこ! なので! 俺は!
「ちょっと、こんなことが許されていいんですか!」
俺が言っても、門番は無視する。
公権力が、一般人を監禁ですよ!?
王都兵が犯罪に加担していいんですか!
「明日になったら出られます。ご安心ください、宿泊設備などもありますので」
「出ることが安心です!」
「健闘をいのります」
門番がにこっ。
だめだ、もう国家権力は全員敵だ!
どうする。
どうすれば、俺はここから安全に出られるんだ!