14 武術大会受付事件
闘技場、というところは、王都の居住地や繁華街から離れたところにあった。
歩いているうちにそれらしい、どでかい建物が見えてきたけどこれもまた、やたらに大きい四角い建物だ。横に大きい。
「ふだんは、兵隊の訓練場としても使われているぞ。武舞台も広いが、客も万単位で入る」
「万?」
そんなに?
「じゃあ、それくらいの人が王都にいるんですか?」
「ああ」
裏通りばかり歩いてると全然わからない。
闘技場が近づくと、人の姿が増えてきた。
闘技場の手前で、ぱっ、と建物はなくなり、広場がある。
広場といっても、樹海の村より広いくらいの、けっこうな広さだ。
そこに人がたくさんいた。
数百人が、あちこちに。
ただ多いというわけじゃない。
体が大きいというか、悪そうな顔というか、そういう人が目につく。
「うん? もう、受付が始まっているな」
「え?」
「ちょっといいか」
アリンさんが、近くの悪そうな男に声をかけた。
「もしかして、武術大会の受付は始まっているのか?」
「ああ、そうだが、まさかあんたも出るのか?」
「どうも」
アリンさんは俺の腕を引いて、広場の真ん中を進む。
大きい男ばかりじゃないけれども、美人に腕を引かれる俺がなんとなく、じろじろ見られている気がする。
「早く受付をしないと間に合わない。遠征など行っていると、いまがいつなのか、よく忘れてしまうのだ」
アリンさんは、たくさんのこわそうな人たちを全然気にせず、ぐいぐい俺の腕をひっぱっていく。
「あの、もしかして俺に申し込みをさせようとしてますか?」
「いまやらないと、参加できないぞ」
「ちょっと待ってください、参加はしませんよ! そんな、危ないじゃないですか」
「おもしろいことを言う」
なにもおもしろくない。
「安心しろ。予選を突破するのはなかなか難しいし、もし突破したとしても、本戦は明日だ」
なにも安心ではない。
「そこが受付だ。うん?」
闘技場の立派な入り口の近くに机が置いてある。
そこで怒鳴っている男がいた。
他の人はちょっと離れて見ている。
「おい! 武器が使えねえって、どういうことだ!」
「今回は、持ち込みの武器はなし、こちらで用意された、剣、槍だけが使用可能となっておりまして」
「聞いてねえぞ!」
「そもそも、言わないからな」
彼らがこっちを見た。
アリンさんが言いながら近づいていく。
「武術大会は、毎回事前の告知がない項目がある。誰でも知っていることだ。今回は使用武器だったのだろう」
男は、鎌を持っていた。
鎌の根本には鎖がついていて、じゃらじゃらと先にのびていって、男のカバンの中につながっていた。
周囲から声がする。
「あれ、ハンバイケンじゃないか?」
「そうだ。鎖鎌のハンバイケンだ」
他の参加者からそんな声が聞こえた。
名前を知られる有力候補なのだろうか。
「おい女。男に口ごたえをするな」
「なに?」
「女は黙ってろ」
前に出てきた鎌男は、アリンさんに指を突きつけた。
指先は、アリンさんの胸にめり込んでいた。
「そうそう、そうやって、男の機嫌を取ってりゃいいんだ」
鎌男は調子に乗って、アリンさんの胸を二度三度とつっついた。
「ちょっと!」
俺はアリンさんの腕を引いた。
アリンさんも、どうして黙って……。
と見たら。
「剣を貸してくれ」
受付に言うアリンさんはなにかを決意したような目をしていた。
彼の首が飛ぶ!?
「おもしろい、おれとやるのか」
「その口、二度ときけなくしてやる」
「おい、なんかやるみたいだぜ!」
「おもしれえ!」
「男、その女を丸裸にしてやれ!」
「その女、アリンじゃねえか?」
「お! おもしれえ、アリンとハンバイケンか! やれやれ!」
人がだんだん集まってきてしまう。
「ちょちょちょ! 待った!」
俺は二人の間に割って入った。
男は俺を見る。
「なんだ? お前がやるのか? ……まさか、お前が武術大会に出るなんて言わないだろうな?」
男は笑う。
「ちょっとおもしろいじゃねえか。客席にいても、参加者って言うのか?」
「すいません、ほんとにあぶないですから、やめましょう。これから大会なんですよね? ほら、鎌なんか見せびらかすのやめてくださいよ。とりあえず、話し合いで、平和に、平和に」
「なに?」
男の声が低くなる。
「鎌なんか、だと?」
「え?」
「まさか、おれの鎌をバカにするやつがいたとはな……」
「え、バカにしてませんけど!」
「おれをいくらバカにしてもいいが、鎌をバカにするやつは許さん」
鎌以外もバカにしたら怒りそうですけど。
男は、カバンからずるりと鎖を引き抜いた。
鎖の先には四角い、こぶし大の分銅みたいなものがついている。
右手で鎌を持ち、左手で分銅をくるくる回し始めた。
「ちょっと待ってくださいよ! あやまります、すいません、バカにする意味はなかったんですけど、鎌なんか、と言ってしまってすいませんでした」
「鎌なんか。また言ったな。許さん」
え、いまの鎌なんか、は数えなくてよくない?
謝罪の対象を明確にする、大事なやつじゃない?
「死ぬ前に言いたいことはあるか」
「だから、ちがいます、誤解で」
「死ね」
と言ったかと思うと、鎌男は左手の分銅を投げた。
前に出した俺の手をかいくぐるように飛んできた分銅は、どっ! と俺の腹に当たる。
鎌男はすぐその分銅を手元に引きもどした。
「あれがハンバイケンの鎖鎌……」
「間合いの外からの分銅での直接攻撃。そして、自由を奪う間接攻撃……」
まわりでなにか言っている。
「苦しいだろう。楽にしてやる」
鎌男は笑って、もう一度分銅を投げてきた。
思わず腕を出すと、今度はくるくると鎖がからみついてきた。
鎌男が鎖を引っ張る。
「おっと」
前のめりに、ととと、と出ていったところで、俺に迫る鎌男。
鎌を振りかぶる。
「わわっ」
「死ね」
俺の頭に鎌を振り下ろした。
「うわっ!」
反射的に腕を上げた俺は鎖を引きちぎっていた。
その腕に振り下ろされた鎌。
バキン!
折れた鎌の先がくるくる回って、地面に刺さった。
俺と、鎌男が無言で見つめ合う。
まわりの男たちも無言だった。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……まあ、まあ、まあ、まあ」
鎌男が何度もうなずく。
「まあ、今日のところは、まあ、まあ、まあ、まあ、まあ」
鎖と、先が折れた鎌をその場に捨てると、まあまあ言いながら歩きだした。
「ちょっと待て」
アリンさんが呼び止める。
鎌男は、びくっ、と立ち止まり、ゆっくり振り返った。
アリンさんが剣を構える。
「お前」
「……すいませんでしたー!」
鎌男が地面に手をついた。
「できごころでしたー! すいませんでしたー!」
清々しいほどの謝罪だ。
アリンさんもそう思ったのか、黙って見下すだけだった。
その空気を感じ取ったのか、そっと顔を上げる鎌男。
そして立ち上がると、そのまま走り去った。
なんだったんだ……。
「……あの」
受付の人がこっちを見ていた。
「ありがとうございます! 助かりました」
受付の人が俺の手を取って、必死に言ってきた。
「おい。ああいった気難しい冒険者にも、きちんと対応できるようにしろ」
「アリンさん! すいません」
受付の人が頭を下げる。
「あと、この男の予選も免除しろ」
「は?」
「やつは名の知れたやつなのだろう? それなら、問題ないんじゃないか?」
「あなたも出場希望ですか?」
と俺を見る。
「いえ、俺は」
「でしたら、はい、特例として、予選は免除となります。な?」
受付同士で、うなずきあっていた。
「は?」
聞け。
感謝してるなら聞け。
「鎖鎌のハンバイケンといえば、普段の武器が使用できる回なら、上位に残ると言われていますので!」
「いえ、俺は」
「ご遠慮なさらず!」
なあ、と受付の人たちが話し合っている。
「いや、だから!」
「お名前と、住んでいる場所はどちらでしょうか」
「コッサ町のバインです! 俺は、この大会には決して」
「はいわかりました受付完了です!」
「は?」
あいつ出るってよ。
聞いたか? コッサからだってよ。
わざわざ? やばいな。
アリンの弟子か?
そんな話が聞こえてくる。
「あとで明日の本戦の説明がありますので、予選が終わるまでには受付にいらしてください」
受付の人が言った。
アリンさんが、肩を組んできた。
「だから言っただろう?」
となんだか得意げなアリンさん。
なにを言ったって?
「やる気がでてきたぜ」
他の男たちが、なにか火がついたような表情で、受付にならびはじめた。
「バインさんよ。ハンバイケンに、とどめを刺さないところ、気に入ったぜ」
肩をたたいてくる男。
「バカめ、戦いは、殺すものだ」
俺をにらむ男。
「根性なしのハンバイケンめ。おれなら絶対に、死ぬまで戦うが」
ひとりごとのように言う男。
「力だけがすべてではありません……」
なんか意味深に言う女。
「オレのスキル、受けてみるかい?」
なんか明るい男。
「すべて、破壊、する……」
顔色の悪い男。
「盛り上がってきたな」
にっこりと笑うアリンさん。
最悪ですよ。
「出場取り消ししますよ」
俺はアリンさんにささやく。
超幸運で予選突破して注目度ゼロなら、一回戦できるかもしれなくもないかも?
くらいの可能性でしょ?
こんなに注目されてどうするの?
死ぬの?
「なぜ」
アリンさんがおどろいたように言う。
「なぜ? いままでは、たまたま、攻撃が効かなかったですけど、効く攻撃もあるかもしれないじゃないですか。効く攻撃があったときは、死んでるときですからね!」
特に、魔法使いとか特殊スキルには、相性が悪そうな感じがぷんぷんしますよ。
「だったらすこし、待っている間に心構えを伝授しよう」
「え?」
ちがいます、いますぐ取り消しを。
そう思ったけど、人だかりがすごい。
それに、いま言ったらなんか、え? え? え? 取り消し? どういうこと?
と白い目で見られそうだ。
人が減ってから、こっそり取り消すしかないのか。
あー!
もー!
武器屋の配達のほうがましだったー!
ぜいたくは言いません!
配達させてください!