〔透けすぎる壁〕/〔右左〕
〔透けすぎる壁〕
夕方
耳鳴りに飽きて
なんともなしに窓を開く
目の前の通りから
大気の音に包まれて
様々な息吹が
入れ替わりながら流れ込んでくる
遊ぶ子供達のはしゃぎ声
買い物帰りの主婦の自転車
通りすがりの男の電話
老人達のにぎやかな会話
通りが静かになってから窓を閉じると
そこに留まるものが目に入る
何も言わない影が
1つ
見かねてカーテンで遮り
掛け布団で全身を守る
心臓と呼吸の音で
透けすぎる壁のことをかき消しながら
ずっと
ずっと
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〔右左〕
裸足でゆっくり
右左右左
日に焼かれたアスファルトを延々と
右左右左
鼻に流れ込むのは
擦り切れ焼けただれた肌の臭い
美しい蜃気楼を視界に収め続けて
右左右左
暑さで焦点の定まらない瞳を向けながら
右左右左
途切れぬ日差しから
身を守ろうとも思えない
地に足を触れさせぬようひょこひょこと
右左右左
急ごうとつゆも考えず
右左右左
何も追っちゃいない
骨の髄まで黒焦げにされるのを
待てなかっただけ
倒れそうになったはずみで出してしまった足を
止められなくなっただけ
臆病者は今日も
右左右左
美しい蜃気楼を追うふりをする