7 メガミの秘密
メガミは塔屋のドアを開けて屋上へと出てしまい、雅雄はドア越しにメガミの様子を伺う。
「ピヨちゃん、待たせちゃってゴメンね~!」
「それにしても待たせすぎですぞ! いつもより十五分も遅いではないですか!」
「ん~、ちょっと問題が起きてたからね~! そういう日もあるよ~!」
ヒヨコみたいな外見の謎の生物が、メガミの前でピョンピョン飛び跳ねていた。ヒヨコ型精霊にしてメガミの相棒であるピヨちゃんだ。
メガミはそこそこ大きい胸の谷間から小さなステッキを取り出し、ひょいと振る。たちまちその場にエサ箱と山盛りのトウモロコシの粒が出現した。ピヨちゃんはエサ箱をつつき、トウモロコシを腹に収めていく。
「う~ん、やはりトウモロコシはサニーショコラに限りますなあ!」
「ピヨちゃんがいいならいいんだけどさ……。元の姿に戻れなくていいの? もう私は魔法少女じゃないから、どうしようもできないけど」
「そんなことは、サニーショコラをお腹いっぱい食べられるならどうでもいいのです! いつでもメガミ様は魔法少女に戻れますしね!」
雅雄は身を潜めながらメガミとピヨちゃんのやりとりを聞く。大きくなった今も、メガミは魔法少女だった。具体的に何をしているのかは知らないが、とにかく魔法少女である。喋るヒヨコなんてのを引き連れているのが何よりの証拠だ。
雅雄は小学生の頃、一度だけ彼女が魔法少女として戦うのを見たことがある。深夜、なんとなく家を抜け出して訪れた公園。メガミはいかにも魔法少女という真っ白なドレスを着て派手なステッキを取り回し、炎の鳥を引き連れて魔女と戦っていた。
「ピヨちゃん、早くしてよ~! この後私、生徒会に出なきゃいけないんだからね!」
「生徒会? ああ、あの青二才どもの集まりですか! そのようなもの、放っておけばいいでしょう!」
「いやいや、そんなことできないよ~! 体育祭、みんな楽しみにしてるんだから~! 今日は高等部の先輩たちも来るんだしさ~!」
楽しげなメガミとピヨちゃんの会話に聞き耳を立てながら、雅雄はうなだれる。
(やっぱり、僕とは全然違うんだよね……)
今は昼休みだが、雅雄にはメガミを覗くことくらいしかやることがない。口下手なコミュ障で運動音痴の雅雄には、友だちが少なかった。僕は友だちが少ない(女はたくさんいる)だったらいいのに、現実とかいうクソゲーにおいてはそんな都合のいい展開はありえない。雅雄はずっと一人。それだけだ。
雅雄は今朝、ツボミに絡まれてそれなりに目立ったが、だからといって注目されることもない。今朝のことなんて、もう忘れ去られている。大人しく物静かで自己主張しない雅雄は、そういうポジションだった。
学校生活でも目立っているし、また別の顔もあるメガミとは大違いだ。成績優秀で、生徒会役員で、元魔法少女。人生が物語であるとするなら、間違いなくメガミは主人公だろう。自分の力で自分の道をしっかりと歩き、周囲まで変えていく。
メガミと比べれば雅雄なんて、ただ存在しているだけといっても過言ではない。明日から学校に来なくなっても、誰も気付かないのではないか。脇役でさえなくて、そもそも役目なんて与えられていない背景。モブキャラ。雅雄は何者でもない。魔法少女メガミを目撃したときでさえ、その後メガミと特に絡むことなく、退屈な日常に強制送還された。
(……あのとき、剣を抜いてメガミの前に出ればよかったのかな)
雅雄は今でもあの夜のことを思い出し、そう思う。あのとき、雅雄が行動を起こしていれば雅雄の世界は変わっていたのではないか。しかし雅雄は動くことができず、何も起きなかった。全ては後の祭りだ。雅雄はモブ。これが現実である。
(……でも、別にいいじゃないか。僕は平凡な中学生で、平凡な生活を送ってる。それだけで満足なんだ。だいたい、僕が無茶したって何もできっこないよ)
雅雄は平凡以下なのではないか、という疑念がちらりと脳裏を掠めたが、考えないことにする。平凡も平凡以下も大して変わらないだろう。ゼロとマイナスに何の違いがあるのか。主人公ではないという意味では同じである。余計なことを考えてブルーになるのはよくない。
雅雄はメガミに気取られる前にこっそり教室に帰った。
自分の席に戻ったが、雅雄にはやることなんて何一つない。
「ゲームでもしようかな……」
小声でつぶやき、雅雄は携帯ゲームを取り出した。この中学校では、携帯ゲーム機の持ち込みが認められている。スマホだって持ち込み可だ。田舎の公立中学校としては珍しいのではないだろうか。
元々は禁止されていたが、十年ほど前の生徒会長が学校と交渉して認めさせたという話だ。ゲームが好きな生徒会長だったらしい。その代わり、授業時間五分前になってもゲームをしていれば先生が怒るまでもなく風紀委員が飛んでくる。
「自由には、相応の責任が伴う。自由とは、人を傷つける自由ではない。何もしない自由ではない。積極的にお互いを助け合って、優しい世界を作ろう」
当時の生徒会長はそう言って生徒の自由を拡大すると同時に生徒会を中心とした学内組織を整備し、風紀の乱れを取り締まった。
うちの中学校は公立ではあるものの、中高一貫制で一応入試がある。お行儀のいい生徒が多くて、上には高等部もあるため生徒の中でも下への監視が行き届きやすい。また中高一貫といっても高等部は公立としてはいいというレベルで、そこまで先生の締め付けは厳しくない。
そうして条件に恵まれていたこともあり、高等部から中等部まで及ぶ校内自治体制整備の試みはうまくいった。その伝統は今日まで引き継がれ、ほとんどの生徒が部活と同時に委員会に所属して校内自治に関わっている。
今日、雅雄がツボミに絡まれていたとき、普通なら先生が来るところなのにメガミが来たのも、この学校ならではだろう。クラスの風紀委員が自分では手に余ると判断し、先生ではなく中等部生徒会役員のメガミを呼んだのだった。メガミはツボミの木刀を没収して場を収め、先生にも事情を説明して事態を収拾している。
もっとも、雅雄は何の委員会にも所属していない。そこそこ成績はいいのに、成績のいい生徒が他の生徒に勉強を教える「自主補講」にさえ雅雄は呼ばれない。自分から手を挙げようとは思わないが、ハブにされているみたいで気分はよくなかった。