63 薔薇の剣士
「大丈夫だよ。奇跡はすぐそこにあるんだ。二人なら、絶対起こせる」
ツボミの言葉で、黒く塗りつぶされていた雅雄の気持ちは嘘のように晴れ渡る。そうだ。僕は一人じゃない。奇跡なら、二人で何度か起こしているのだ。そのことに気付いた瞬間、嘘のように体が軽くなった。
雅雄はツボミの手を取る。ツボミに引っ張られて雅雄は立ち上がり、装備できないはずの青薔薇の剣〈ブルー・ヘヴン〉を呼び出した。雅雄は左手で〈ブルー・ヘヴン〉を持ち、右手でしっかりとツボミの手を握る。ツボミの手は火傷しそうなくらいに熱かった。
「あら雅雄、あくまで私に逆らうっていうの? 安心しなさい、苦しんで死なせてあげるから」
雅雄は、静香の言葉に一切動じない。ただ、ツボミに訊く。
「君と僕は同じ。そうだよね?」
「うん、その通りだ」
ツボミは力強くうなずいた。なら、できるはずだ。メガミのように一人で強くなることはできないとしても、二人なら。雅雄は思い出す。火綱と冷司がそうしていたように、雅雄とツボミが同志であるなら一つになれる。
二人が共通に認識できる、最強のイメージ。静香を倒せる上級職。二つの薔薇の剣が方向性を一瞬で決める。打ち合わせなんてしなくても、お互い何を考えているのかわかった。二人は剣を交差させる。
「今、青薔薇の奇跡はこの手の中に!」「そして、黒薔薇の永遠は二人を包む!」
「「奇跡の願いは永遠となり、運命を切り開く! 目覚めよ、薔薇の剣士!」」
雅雄とツボミを中心に青と黒のエフェクトが竜巻状に発生する。エフェクトはやがて一点に収束して消滅し、中から一人の剣士が現れる。
見た目は完全に女性だった。頭には大きな青薔薇があしらわれた真っ黒な帽子をかぶっている。つばの広い帽子の影から覗く容貌は雅雄にもツボミにも見えて、どこかミステリアスだった。帽子の隙間からは、長い髪を宙になびかせている。
背中には黒薔薇と、青薔薇の紋章が描かれたマント。二つの紋章が刻まれた白いマントの下は、ツボミが学校で着ている軍服風改造制服に似た黒装束で身を包んでいた。上着はもちろん、ズボンまで黒。上着の隙間から覗く無地のシャツと、か細い手を包む純白の手袋がやたらと目立つ。
白手袋で握るのは、美術品のように美しい二本の剣だ。右手には永遠を司る黒薔薇の剣〈ブラック・プリンス〉、左手には奇跡を司る青薔薇の剣〈ブルー・ヘヴン〉。両方とも、上級職なので問題なく使える。
『薔薇の剣士 Lv.40 デューク』。男にして女。右にして左。陰にして陽。これがオーバーライドによるフュージョンで作り出した、二人の最強の姿だった。ツボミの兄──仮面の剣士とよく似た格好の薔薇の剣士は、二本の剣を構える。
「ハッ、ゴミとゴミがくっついても粗大ゴミになるだけよ! 私の雅雄から離れなさい!」
静香がオーバーライドで放った虹色の光が薔薇の剣士に触れる。普通に考えれば静香の強い意志で雅雄とツボミは分離されてしまう。しかし、薔薇の剣士には通じなかった。
「「効かないよ。ボクらの意志は、君の意志を上回っている」」
これが静香のメガミ対策だったらしいが、とてもメガミには通じないだろう。この姿になってわかった。常に面白半分の静香の意志力なんか、大したことない。勝手にこっちが萎縮して負けているだけだった。少なくとも、今はそう思える。
静香のターンは終わりである。ここからは、雅雄とツボミのターンだ。
「チッ……! でも私がこれだけだなんて思わないことね!」
静香はオーバーライドで自分を強化する。『業田静香 Lv.64 マジックナイト』。静香は真紅の鎧を身に纏い、剣を構える。
薔薇の剣士は二刀を振りかざし、静香に斬りかかった。静香は剣を剣で防ぎ、カウンターで呪文を使ってくる。
「焼き尽くしてやるわ! 『メガ・フレイム』!」
静香の剣から炎が迸り、薔薇の剣士を包もうとする。しかし剣士は〈ブラック・プリンス〉で炎をかき消した。続けて静香は弱体化呪文を唱えるが、やはり効かない。
「「ボクらには、通用しない!」」
〈ブラック・プリンス〉には触れた攻撃呪文を打ち消す効果があった。そして、装備しているだけで状態異常も含めてステータス低下効果は全て無効。不死身の双頭竜が放ったレベルドレインが仮面の剣士に通じなかったのは、このスキルが働いたからだ。
前回のゲームの終盤にツボミの兄の手に渡り、おそらくプレイヤー生産職の手で限界まで強化された〈ブラック・プリンス〉は、未だ序盤の今回のゲームを破壊しかねない超チート性能である。静香の計算なんて簡単に凌駕する。
静香の顔が恐怖に歪んだ。薔薇の剣士は、静香に斬りかかる。




