42 奇跡の剣
ツボミが宝箱の元に辿り着くことはなかった。なぜなら、ゾンビ双頭竜が180°回転し、ツボミに向かってレベルドレインを吐き始めたからだ。
「なっ……! うわあああっ!」
竜の口から吐き出されるもやが命中し、ツボミは大音響とともに眩しい光に包まれてスタンする。ダメージはないが、ステータス表示のレベルが11から10に下がった。
ツボミは倒れ、四つん這いになる。HPは減っていないが、音と光だけでも雷に打たれたような激しさだ。立ち上がることができないツボミに、二回目のレベルドレインが襲いかかる。
「クッ……いったい何がどうなって……うわああああっ!」
逃げることさえできず、またツボミのレベルが下がる。完全にツボミは詰んでいた。
今さらながらに雅雄は静香がツボミを挑発して誘き寄せた理由を思い出していた。宝箱を守っているタイプのモンスターは、宝箱に近づく者が現れればターゲットを変更する。
「誰かが祭壇に上がると、行動パターンが変わるようになってたってわけか……」
通常はレベル順に攻撃を行うが、宝箱を狙って祭壇に上がる者がいれば、そちらを優先する。そのように思考ルーチンが設定されているようだ。
ゾンビ双頭竜の猛攻から解放された静香たちも、行動を起こす。
「今のうちに退却するわよ! 雅雄、後は任せたわ!」
静香たちに今さら宝箱を狙う余裕はなく、粛々と撤収を始める。いらないことを考えていなくてよかった。なんやかんやで静香の指揮は適確だったらしく、終わってみれば死亡者もレベルを下げられた者もいない。
残されたのは雅雄とレベルドレインを受け続けているツボミだけだ。ゾンビ双頭竜はその場から動こうとしないので物理によるダメージは受けないが、レベルは下げられ続ける。
(チャンスだ……! 一世一代の……!)
雅雄はごくりと唾を飲み下す。静香たちは退却してしまった。一番の邪魔者のツボミは双頭竜のレベルドレインで動けない。Lv.1の雅雄は万が一レベルドレインを受けてもノーダメージだ。この隙に、宝箱の中身を頂いてしまおう。
雅雄は宝箱の元に全力で駆け出す。ツボミは叫んだ。
「ボスの思考ルーチンを知っててボクをはめたんだな!? 卑怯だぞ!」
結果的にではあるが、ツボミを盾にするという静香の作戦はピタリとはまった。ツボミに何と言われようと関係ないし、ツボミ自身もコソ泥行為にやってきてこの体たらくなので自業自得だ。しかし、雅雄は罪悪感を覚える。
(かわいそうではあるよね……)
「クソッ……。どうすればいいんだよ……!」
ツボミは悔しさのあまり顔を真っ赤にして半泣きになっていた。こんな表情、学校では絶対に見せないだろう。彼女だって雅雄と同じように一発逆転を狙って危険を冒し、ここまで来ているのだ。いや、ここに来るまでならツボミの方が困難だったといえるだろう。雅雄はメガミたちに護衛してもらったが、ツボミは独力でここまで昇ってきたのである。
(宝箱の装備を使えば、助け出せるかも……!)
かつて魔王討伐に参加した騎士の剣ということなのだから、終盤まで使える装備である可能性が高い。Lv.90相当の装備であるなら、雅雄の攻撃力も相当に上がるはずだ。それこそ、ゾンビ双頭竜の動きを止められるくらいに。
ツボミの恨みを買うというのも怖い。宝箱の装備を使って、必ずツボミを助けだそう。
雅雄はすぐに宝箱の元へ辿り着いた。ドキドキしながら雅雄が宝箱を開けると、一振りの剣が姿を現す。雅雄はたった今より相棒となるその剣の名を呼んだ。
「〈ブルー・ヘヴン〉……! 僕に力を……!」
美しい剣だった。磨き上げられた細い刀身は淡い青に染められ、柄には青薔薇のオブジェが飾り付けられている。剣としての機能美と作り込まれた装飾品が絶妙にマッチした、奇跡のバランス。美術館でガラスケースに収まっていても違和感がないだろう。
説明欄の記載は簡潔なものだ。「奇跡を司る青薔薇の剣」。デザインさえ見れば、長々とした説明はいらない。そう思えるほどに〈ブルー・ヘヴン〉は美しく、完成された剣だった。
続いて雅雄はスペック欄を読む。攻撃力+300というだけでも別格なのに、時間経過で体力回復、敵に攻撃を当てることでステータス上昇と、保有スキルも至れり尽くせりだ。
「この剣ならやれる……!」
〈ブルー・ヘヴン〉を装備すれば、それだけで雅雄の攻撃力は十倍以上に上がる。さらに特殊効果で攻撃をヒットさせる度にステータスは上昇していくので、理論上は無限に強くなることが可能。ゾンビ双頭竜の動きはかなり鈍いので、慎重にやれば雅雄でもノーダメージで攻撃を当て続けられるだろう。いつかは何の技も持たない雅雄でも純粋な攻撃力だけでゾンビ双頭竜を止められるはずだ。
思えば、今まで人に助けられるばかりで人を助けたことなどなかった。周囲に翻弄されるばかりで、自分が周囲を変えたことなどなかった。今からは違う。雅雄は主人公になるのだ。自分の運命も、世界の運命も、〈ブルー・ヘヴン〉で切り開く。
「今、助けるからね」
小声でつぶやきながら雅雄は〈ブルー・ヘヴン〉を構えようとする。しかし〈ブルー・ヘヴン〉はやたら重く、雅雄は持ち上げることさえできなかった。
「あ、あれ……? おかしいな」
〈ブルー・ヘヴン〉は普通の片手剣であり、雅雄の体格では振り回せないほど大きいというわけではない。使えないはずはないと思うのだが。
雅雄はもう一度ステータス表示を呼び出し、説明欄をじっくり読む。説明欄の最後に、その一文はそっけなく付け加えられていた。「装備条件:上級職以上であること」。
「……」
上級職どころか、雅雄は無職である。何ということだ。せっかくこのゲームで最強クラスの装備を手に入れたのに、雅雄は装備できない。
「帰ろうか……」
雅雄は〈天使の翼〉を使用し、屋上から離脱する。
「絶対に許さないからな……!」
未だにレベルドレインを受け続けているツボミは、鬼の形相で去っていく雅雄を見上げ、怨嗟の声を上げる。雅雄は思わず身震いするが、ツボミに何かできるはずもない。きっとこのダンジョンで死亡して終わりだ。明日にはこのゲームのことさえ覚えていないだろう。
成果はなしだが、とりあえず雅雄は無事に帰れる。今日はこれでよしとしなければなるまい。




