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4 人様を木刀でしばき上げて許されるのは二次元だけ

 突然だが、雅雄は大ピンチだった。一時間目の休み時間のことである。何の変哲もない、穏やかな普通の日常だったはずなのに。雅雄は教室で群衆に囲まれ、喉元に木刀を突きつけられていた。


「藤井さんに謝れよ! 彼女の意志を踏みにじって! それでも男か!」


 少女の長いストレートの髪が窓から吹き込む風になびいた。凛とした声が、雅雄の耳に痛いほど響く。少女はキッと険しい視線を雅雄に向け、本気の怒りを雅雄にぶつけている。


 彼女の名前を、雅雄は知っていた。彼女は、ほとんど友だちのいない雅雄でも知っているくらいの有名人なのだ。道行く人誰もが振り向く派手派手な二組の王子様。一方で、一週間で風紀委員を辞めさせられた問題児でもある。その名も、香我美ツボミさん。




 ツボミは美少女といって差し支えない、綺麗な顔をしていた。雅雄より身長が高くて美人系だけれど、くりくりっとした瞳だとか、自信満々な口元だとかに少しあどけなさが残っていて、かわいい感じにも見える。


 さらに彼女を華やかにしているのが、明確な規定がないのをいいことに着用している改造制服だった。女子は普通セーラー服にスカートなのだけれど、彼女はそんな平凡な格好はしていない。上着は肩から前のボタンまで、軍服のように金色の飾り紐を垂らした改造学ラン。下は膝上の短いスカートにハーフパンツを合わせている。改造学ランの胸元には真っ赤な薔薇の花を飾り付けていた。




 不覚にも雅雄はツボミのことを美しいと思ってしまい、フリーズする。木刀と軍服風の改造制服が勇ましい印象を与えるけれど、ツボミはあくまで女性だ。少し膨らんだ胸、スレンダーな体型、ちょっとかわいらしい顔。泥臭い戦場の剣士ではなく、あくまで舞台を駆ける王子様。そういった気品、華やかさがツボミにはあった。


「……何ボクに見とれてるの。状況わかってる?」


 呆けている雅雄を見て少し頭を冷やしたのか、声を低めてツボミは尋ねる。雅雄も我に返り、訊き返した。


「な、な、何の話なのさ……?」


 そもそも、藤井さんとは誰なのだ。全く心当たりがない。


「この期に及んでとぼけるの? 彼女は今、泣いているんだよ!」


 そう言われて雅雄は初めて気付く。○ャイ子を二、三発ぶん殴って小麦粉を振りかけたような顔をした太めの女子が、ツボミの後ろで泣いていた。ひょっとして彼女が藤井さんなのか。


「平間さんはかっこよくて優しい人だと思っていたのに、こんなの酷すぎます……」


 雅雄は「かっこいい」という言葉を聞いて顔を引きつらせる。雅雄は女子に間違えられるくらいの童顔で、まあブサイクではない。角度を調整すればイケメンに見えなくもないだろう。しかし雅雄のことをかっこいいなんて言う人は、全く雅雄を知らない人だけだ。


 雅雄のことを知っている人間なら、雅雄の顔を「頼りなさそう」「情けなさそう」と評する。体格がもやしのように貧相だからというのもあるが、雅雄の性格によるところが大きい。大人しく自己主張しない雅雄は頼りなく、情けない存在だと思われていた。


「いや、いったい何があったの……? 本当に僕は何も知らないんだ……」


 痴漢冤罪事件に巻き込まれたらこんな気分になるのだろうか。青い顔をして雅雄は訴える。藤井さんはグズグズと泣きながら、ビリビリに破かれた手紙を雅雄に差し出した。


「何、これ?」


「平間さんのこと、好きだったのに……! あんまりです!」


 雅雄がそう訊くと、藤井さんはワーッと泣き出して手紙を放り出し、走り去ってしまった。ビリビリになった手紙の破片が、花吹雪のように辺りを舞う。


 好きだと言われたのにちっとも嬉しくなかった。ようやく雅雄は事情を理解する。奇特なことに藤井さんは雅雄にラブレターを出したが、ラブレターは破られて捨てられていた。雅雄が藤井さんの思いに応えることなく、馬鹿にしたと思われているのだ。


「やっぱり君、何もわかってないふりをして彼女を弄んでいるんだろう! 朝、君の靴箱に入っていたはずだ!」


 ツボミは憤怒の形相を浮かべて木刀を振り上げる。どう見てもツボミは雅雄を本気でぶん殴る気だった。キ○ガイに刃物の状態だ。


 木刀で人様をしばき上げて許されるのは二次元の世界だけである。いや、二次元の世界でもどうなのだ。最近は暴力ヒロインなんて淘汰されてめっきり見かけない。しかし頭がおかしい人は軽々と二次元キャラさえ越えないラインを越える。


 雅雄は小学校低学年の頃を思い出す。クラスの男子たちにふざけてリンチされたとき、全身の痛みで気が遠くなって雅雄は冗談抜きに死を覚悟した。あのときでも武器を持ち出す者はいなかったのだ。木刀で頭を割られたらどうなることか。


 雅雄は慌てて両手を挙げて一切の誤解なく降伏の意を示し、まくしたてる。


「ほ、本当に知らないんだよ! し、信じてよ!」


 朝、登校してきたとき靴箱に手紙なんてなかった。もちろん雅雄は手紙を捨ててもいない。全てが寝耳に水の出来事だ。


 雅雄は宙に視線をさまよわせ、誰か助けて、とサインを送る。当然ながらみんな愉快そうに見ているだけで、誰も手を挙げたりはしない。それどころか「王子~! かっこいい~!」「王子~! がんばって~!」などと面白がってツボミに黄色い声援を送る女子が現れる始末だ。


(メガミ……メガミはいないかな……?)


 雅雄の幼馴染みで、生徒会役員を務める神林メガミならきっと雅雄を助けてくれる。小さい頃は雅雄がいじめられていたとき、いつも彼女に助けられた。そう思って雅雄はメガミの姿を探すが、いるはずがない。そりゃあそうだろう。もしメガミがいたなら、雅雄がSOSを送るまでもなく助けてくれている。


 雅雄は誰かいないかと後ろを向いてみる。もう一人の幼馴染み、業田静香と目が合った。公立とはいえ一応入試のあるこの中学では、幼馴染みは貴重な存在である。未だに新しい友達などできない雅雄にとって、か細い頼みの綱だ。


(助けて、静香ちゃん……!)


 雅雄は視線で緊急救難信号を送るが静香はニッコリと笑うだけだった。絶体絶命の雅雄を笑い物にして楽しんでいるらしく、助けてくれる気はないらしい。いつも通り静香は鬼畜だった。とても両親が警察のお偉方だとは思えない。


「なんだかボクのことも気持ち悪い目で見てるし……。やっぱりボクが君を成敗しなきゃいけないみたいだね……!」


「えっ、ええっ!」


 完全に誤解である。何で僕がこんな目に……。雅雄は半泣きでツボミを見上げる。ツボミはかなり興奮している。本気で木刀で殴られれば、死んでもおかしくない。こんなところで雅雄の人生が終わるとは。思い返せばいいことなんて一つもなかったけれど、死ぬのは怖い。


 しかしそこで救世主は教室に飛び込んできた。またしても、雅雄は彼女に助けられることになる。

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