30 才能がなさ過ぎて努力が追いつかない
「そろそろ休憩にしよっか!」
「……うん」
三十分ほど経っただろうか、補助魔法の効果が切れたタイミングでメガミはそう声を掛けてくれる。吸血バットとの五連戦をこなしたが、オーバーライドは全く発動してくれない。いったい何がいけないのだろうか……。
雅雄はとぼとぼとメガミが敷いているレジャーシートのところに戻る。雅雄がメガミの隣に座ると、メガミは水筒を取り出した。
「お疲れ様! 疲れたでしょ? 飲んで!」
メガミは水筒から黄色い液体をグラスに注ぐ。これは一体何だろう。回復用のポーションだろうか。だとしたら、クソまずいので飲むには勢いか覚悟のどちらかが必要である。
メガミが出してくれたものを飲まないという選択肢はない。覚悟を決め、雅雄は液体を一気飲みする。
「……? あれ、おいしい?」
さわやかな香りととろけるような甘みが、一気に喉を通過していった。雅雄は目を白黒させる。メガミは子猫のようにかわいらしく笑った。
「フフッ、雅雄君、ポーションだと思ったんでしょ~! 残念でした! 単なるレモネードだよ!」
「そうなんだ。レモネードなんて売ってるんだね」
雅雄がそう言うと、メガミはふるふると首を振る。
「売ってはないよ。こっちじゃ砂糖は貴重品だから。私が作ったの!」
「えっ、そんな貴重なものを僕が飲んでいいの……?」
一応この世界は中世~近世の欧州をベースにデザインされている。当時を基準に考えたら、当然砂糖は高級品だろう。
雅雄は固まる。料金を請求されたら、雅雄は絶対払えない。一回の戦闘でポーションをはじめとする消耗品を大量に使ってしまう雅雄の財布は、常に自転車操業なのだ。比較的弱いモンスターとしか戦っていないので、稼ぎそのものも少ない。
メガミはニコニコしながら言う。
「いいのいいの。せっかく作ったんだし、飲まなきゃもったいないよ~! ポーションと違って、アイテム袋で保存できないからね~! ポーションだとHPしか回復しないから、これも必要でしょ? 遠慮せずにどんどん飲んで!」
メガミの言うとおり、レモネードの糖分は疲れた脳に染み渡る。これは非常にありがたい。もう一度がんばろうという気になる。糖分を補給できるものは雅雄も常備した方がよさそうだ。予算的に辛そうだけど。安く手に入るものはあるだろうか。
「メガミ様が一時間も掛けて用意したのですぞ! 味わって飲まないと私が許しませんぞ!」
メガミの肩の上でピヨちゃんがピョンピョンと跳びはねる。「ピヨちゃんは黙ってて」とメガミはデコピンでピヨちゃんをはじき飛ばした。
メガミのレモネードで元気を取り戻し、雅雄は再びオーバーライドの習得にチャレンジする。戦っているうちに何か掴めるはずだと信じて連戦をこなしていくが、雅雄のステータスは1ポイントたりとも変わらない。
(やっぱ、僕には無理なのかな……?)
上手くいかないことによって雑念が湧き上がり、さらに上手くいかなくなる。完全に悪循環に陥っていた。
「雅雄君、焦らないで。じっくり地道にやろう!」
メガミは焦燥する雅雄に優しく声を掛け、休憩の度に特製レモネードを飲ませてくれる。何度同じことを繰り返しただろうか。戦闘中に雅雄は吸血バットとのピンチを迎える。
(……。……。……! ものすごくトイレに行きたい……!)
最初は気のせいだと思って考えないようにしていたが、もはや自分をごまかすことは不可能だった。レモネードの飲み過ぎである。だんだん雅雄は内股になって、額に脂汗がにじんでくる。漏らしたら恥なんてレベルじゃ済まない。オーバーライドなんて頭からすっかり吹き飛び、必死になってとにかく吸血バットを倒した。
雅雄の様子がおかしいのに気付いたのだろう、メガミはレジャーシートから立ち上がり、駆け寄ってくる。
「雅雄君、なんか動きがおかしかったけど、どうしたの?」
心配そうに尋ねられ、雅雄は正直に答えるしかない。
「ご、ごめん。トイレに行きたいんだけど……」
メガミはニコニコしながら言う。
「了解~! 私が見張ってるから、適当なところで落ち着いてどうぞ~!」
なんの羞恥プレイだ。しかし、ダンジョン内にトイレなどないのは雅雄にだってわかりきっている。そしてモンスターがうろうろするダンジョンで、一人で用を足すのが危険すぎることもだ。雅雄は情けない気分になりながらも、メガミの見ている前で用を済ませるしかなかった。
「……よかったのですか? メガミ様もお花摘みに行かなくて」
「できるわけないじゃない。雅雄君の前で。雅雄君を放っておくわけにもいかないし」
「いや、しかし、限界なのでは……? 非常に辛そうですぞ……? 違う聖水をまいてしまっては、大問題ですぞ」
「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫。最悪、漏らしても雅雄君は私を嫌いになったりしないよ」
「だからあの小僧を好きになったと……?」
「ピ、ピヨちゃん、な、何言ってるの? 私は、別に、そんな……!」
……先ほどから戦っている雅雄の背後でメガミとピヨちゃんがボソボソと喋っている。横目でチラチラと気にするが、メガミの顔色が悪いということくらいしかわからない。もしかして、一向にオーバーライドを覚える気配のない雅雄に愕然としているのだろうか。
(どうしよう……。メガミに見捨てられたら……!)
そんなことを考えながら集中できるわけがない。ただただ、時間だけが過ぎ去っていく。




