28 オーバーライド
明くる日、約束の時間にログインするとすでにメガミは待っていた。
「えっと、ごめん。待たせちゃったかな」
「ううん。私も今来たとこだよ~。行こっか!」
「うん」
メガミは魔法を使って【湖の村】に転移する。雅雄とメガミは村から少し歩き、湖の洞窟なるダンジョンに入った。Lv.30前後のモンスターが出現する、メガミとしてはソロでも楽勝なダンジョンだ。同時に雅雄にとっては、モンスター一匹倒すのさえも厳しい、超難関ダンジョンでもある。
「さて、雅雄君! 昨日、私たちが戦ってるところは見てた?」
「うん、ボスと戦ってるところは全部……」
メガミに問われ雅雄はうなずく。メガミのパーティーは、システムを無視しているとしか思えない動きで暗黒竜を圧倒していた。Lv.40超で上級職になれば、あんなことができるようになるのかと感心する他ない。
しかしメガミはあっけらかんと言い放つ。
「え? レベルは関係ないよ? 本当にシステム無視しているだけ」
「は?」
意味がわからない。システムを無視できるならゲームにならないではないか。
「多分、そこもゲームに含まれてるんだよ~! なんていうか、私はやれる! って本気で思い込んだら本当にできちゃうのがこの世界なの! 意志の力で世界を上書きしちゃうっていうか……。タイトルも『ワールド・オーバーライド・オンライン』だしね!」
とはいっても、やれるのはあくまでゲームのシステムから逸脱しない範囲のことである。自分のレベルよりモーションスキル、マジックスキルを使うことはできても新しいスキルを作り出したりすることはできない。例えば、メガミはこの世界で魔法少女になることはできないし、ピヨちゃんも本来の姿には戻れないということだろう。
また、オーバーライドで生じた効果は持続しない。例えば自分のレベルを上書きすることも可能ではあるが、意志力が尽きれば戻ってしまう。
さらに、ある意味楽をしているようなものなので、得られる経験値は減少してしまう。ダンジョンのボスなどはオーバーライドを使うことが前提になるので例外だが、普段は使わない方が無難ということだ。まあ、レベルが上がる見込みが一切ない雅雄は気にしなくていいだろう。
「オーバーライドでもスペシャルバーストやスペシャルラッシュは別なんだけどね~! スペシャルラッシュなら自分で作り出せるし記録もできるよ! ちょうどいいから、実践してみようか!」
メガミは出現した『吸血バット Lv.27』四体と戦う。巨大なコウモリたちは中途半端に距離を置いてこちらを伺うが、構わずメガミは仕掛ける。
「[初級連続魔法剣技 プレアデス]!」
メガミの指から雷が迸り、一体の吸血バットを撃破する。それを合図に、一斉に他の吸血バットもメガミに襲いかかってきた。
通常ならメガミは魔法を使った直後の硬直で動けず、吸血バットたちに袋叩きにされるところだ。しかしメガミの体から虹色のエフェクトが巻き起こり、同時に黄金のオーラを放出する。メガミは『スラッシュ』で向かってきたコウモリを斬り倒した。また吸血コウモリは即死だ。
メガミは止まらない。硬直で停止するどころか勢いを増してさらに剣を振るい、立て続けにコウモリを叩き落とし、全滅させた。雷で相手を挑発して呼び込み、剣技で倒していくというコンセプトの技らしい。この間、虹色のエフェクトと黄金のオーラは放出したままだ。黄金のオーラは敵の攻撃を全て弾いてしまう。
これがスペシャルラッシュだ。自分だけのコンボ技を作り出し、登録しておくことができる。発動中はオーラで無敵状態となり、ボーナスダメージも追加されるという豪華仕様だ。その分集中力を必要とし、他人とかぶらない等登録条件も厳しいが、使えるようになればボス戦から雑魚狩りまで幅広く役に立つ。
「ここまでできなくても硬直キャンセルだけだったら簡単だよ~!」
少し休んでから近づいてきた別の吸血バットたちに、メガミは向かっていく。
「『ハイ・サンダー』!」
また指先から雷を撃ち込んで一体を一撃死させる。続けて虹色のエフェクトを放出しながらマジックスキル発動後の硬直をキャンセルして剣でもう一体を叩き落とした。さらに雷の魔法を挟んで通常攻撃。メガミは軽やかに動き、手に入れたばかりの〈ツィルニトラ〉でばったばったと残った吸血バットを叩き落とす。虹色のエフェクトはもちろん放出し続けている。
暗黒竜との戦いでメガミのパーティーメンバーが多用していたのが、このオーバーライドだった。そもそも呪文や技を使ったからといって動けなくなるのが不自然であるため、「自分は動ける。もう二、三発ぶち込める」と上書きしやすい。
しかし雅雄に向いているかと問われれば微妙だ。雅雄はスキルをほとんど使えない。硬直キャンセルを使えれば便利だが、スペシャルラッシュを生み出すのは難しいだろう。だからメガミは雅雄が目指すべき目標を見せてくれる。
「多分雅雄君が覚えるべきなのはスペシャルバーストの方かな? レベルや職業を上書きして、なりたい自分になるの!」
剣を鞘に収納し、メガミは杖に持ち替えた。メガミは一瞬目をつむって杖をバトンのようにクルクルと回し、虹色のエフェクトに包まれる。メガミは杖とローブで魔法使いの姿となり、ステータスも『神林メガミ Lv.47 メイジ』に変化した。
「装備とか動作で条件付けしておくと、力を引き出しやすいよ!」
杖を使ったバトントワリングがメガミがメイジとなる条件付けらしい。なんだか自己啓発本に載っている勉強法のようだ。ヒーローが変身ポーズをとるのにも似ているかもしれない。今回は職業だけだが、レベルを上書きすることも可能である。ただし解除したときにHPやMPがごっそり減ったりするので、よほどの強敵相手でないと使わない。
また吸血バットが近づいてきて、メガミは杖を振った。
「『ウインド』!」
突如吹いた強風が吸血バットを切り刻み、一撃で昇天させる。通常は魔法使いとしての才能がある者でも一属性しか扱えないのだが、メガミは「風属性のメイジ」にオーバーライドしたらしい。その職業、レベルとなることで相応のスキルも使えるようになるということだ。つまり、雅雄でも高レベル上級職になるスペシャルバーストを覚えれば、スキルを多用して戦える。
反面、オーバーライドにオーバーライドを重ねることはできないので、スペシャルバースト使用中にはスペシャルラッシュはもちろん硬直キャンセルさえ使用不能だ。また解除時にはHPやMPが減少するなど反動も大きい。そしてスペシャルバーストを維持するためにはかなりの集中力を要する。
オーバーライドに集中するあまり、つまらないミスをして死亡する中堅プレイヤーは少なくないという話だった。精神の力は無限ではない。しかし違う属性や高レベルのスキルを使えるというメリットは、デメリットを補ってあり余る。
「ざっとこんなものかな。ちょっとやってみる?」
(スペシャルバーストを使えるようになれば……!)
戦闘を終えたメガミから声を掛けられ、雅雄の中でむくむくとやる気が湧き上がる。さっそく練習しなくては。




