3 ささやかな栄光
戦っているうちに雅雄は悟った。これは無理だ。雅雄が五回攻撃を当てる間に、ミニドラゴンはブレスを一回は吐いてくる。そして十数回攻撃を当てたのにミニドラゴンはピンピンしていた。ゴブリンならこれで死んでいるのに。多分、雅雄の通常攻撃では2~3ポイントしかダメージを与えられていない。
この感じだとミニドラゴンのHPを削りきるまで攻撃を四十回以上ヒットさせなければならないだろう。気が遠くなるような回数だ。そこまでもっていくにはポーションも〈びっくり花火〉も数が足りない。低速とはいえ飛び回るミニドラゴンにクリティカルヒットを出すのはまず不可能だし、詰んでいる。
このまま戦い続けるとジリ貧だ。普通に考えれば、一か八か逃げるしかない。しかし雅雄の目は開いたままの宝箱に向いていた。
(あれをゲットできれば、逆転できるかもしれない……!)
どうせ賭けるなら、前向きな方向に賭けたい。一番弱いモーションスキルでも30くらいのダメージは出るので二、三発で確実にミニドラゴンを倒せる。ただしMP0の雅雄では使用不能なマジックスキルのカードが出れば一巻の終わりだ。宝箱の方に入り込んでしまえば逃げることも難しい。
「やるしか……やるしかないんだ!」
雅雄はミニドラゴンが炎のブレスを浴びせてきたタイミングで〈びっくり花火〉を投げつけ、ポーションをぐびぐびと飲み下しながら宝箱まで駆け出した。クソまずい液体が気管に入ってむせそうになるが耐える。ミニドラゴンは追いかけてくるけれど、爪と牙だけならどうにか避けられる。
雅雄は飛び込むようにして宝箱に取り付き、スキルカードを掴む。そして内容を読みもせずにキーを出してイエスを押し、使用した。頼む、モーションスキルであってくれ! 即座にリザルトがポップする。
「『平間雅雄 Lv.1 無職』は『フェザースラッシュ』を覚えた!」
雅雄は、賭けに勝った。初級の斬撃スキルだ。MP消費は0。これできっと、ミニドラゴンに勝てる。
追いすがってきたミニドラゴンは、また炎のブレスを見舞おうと口を大きく開く。雅雄は気合いとともにスキルを発動した。即座に雅雄の体は『フェザースラッシュ』のモーションに入る。自動で雅雄の体は動き出した。
「はあああっ! 『フェザースラッシュ』!」
青のオーラで全身を包まれた雅雄は、数歩踏み込んで袈裟懸けに剣を振り下ろそうとする。しかし、ここで雅雄は失敗に気付いた。単純な話だ。雅雄の剣が届くよりミニドラゴンがブレスを吐く方が早い。このままだと盾でガードすることもできず、雅雄は火だるまになって死んでしまう。
ところがスキルを発動してしまった雅雄はもう止まれない。剣はミニドラゴンの頭部を正確に捉えていたものの、これではよくて相討ちだ。雅雄は青ざめながら剣を振り下ろす。ミニドラゴンのブレスが、雅雄を直撃した。
けれども雅雄の全身から放たれている青いオーラはブレスを弾き、雅雄の剣は吸い込まれるようにミニドラゴンを直撃する。雅雄は知らなかったが、モーションスキル発動中は無敵状態になるらしい。雅雄の剣は豆腐でも切るかのように抵抗なくスッとミニドラゴンの体を真っ二つにした。クリティカルヒットでミニドラゴンは即死である。
振り下ろした剣が異様に重くなり、一瞬雅雄は動けなくなった。モーションスキルを出した後の硬直だ。オーラも消えて無敵状態も解除されているようなので、他に敵がいれば致命的な隙になる。
「勝った……?」
緊張が解けた雅雄は、そのまま剣を取り落とす。洞窟内に派手な金属音が反響したが、雅雄は力が抜けて剣を拾うこともできない。今さらになって体の震えが止まらなかった。雅雄の手にはミニドラゴンを斬った感触なんて全然残ってなくて、ただただ不気味なだけだ。
「そっか、僕は勝ったんだ……!」
しばらく呆然としていた雅雄だが、徐々に嬉しさがこみ上げてくる。今までの雅雄では絶対に勝てない強敵に、新たな力を駆使して勝利した。平凡な中学二年生である雅雄がリアルワールドではほとんど味わえない喜びだ。雅雄は存分にその余韻に浸る。
このとき雅雄はすでに気付いていた。このままLv.1でソロプレイを続けていても、このゲームをクリアすることなどできはしない。この世界の片隅で、その他大勢の一人として命を落とす未来が待っているだけだ。今の雅雄は勇者ではなくてモブで、主人公になどなれはしない。ただ、嵐に翻弄される小舟のようにちっぽけな存在だ。
だからこの物語の始まりは、ささやかな栄光を手に入れた今この瞬間ではない。神様に参加資格をもらって、初めてログインしたときとも違う。
『勇者』神林メガミが、現実世界で魔法少女として戦う様子を目撃したときというのも間違いだ。『悪魔』業田静香に、誘いを受けたときなんてのはさらに遠い。
雅雄にとってその瞬間は今このときの数日前、『凡人』『偽物』『道化師』香我美ツボミと出会ったときだった。
今はまだ交わらない二つの道はやがて交わり、世界を上書きして雅雄を主人公にする。このときの雅雄は知る由もなかった。