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20 儚き夢

 夜の公園で、一人ブランコを漕いでいた火綱。全く意味がわからない。街灯下のベンチに並んで腰掛け、雅雄は訊く。


「……いったい、何やってたの?」


「ちょっと帰りたくなくてね……。一人になりたかったの」


 雅雄は気付く。火綱の頬には、涙を流したような跡があった。雅雄はこれ以上訊けないと思ったが、火綱は喋ってくれる。


「今日、知り合いの紹介で研究会に参加させてもらったの。でも、全然ダメだった。一勝もできなかったわ……」


 無論、将棋の話だ。火綱は知り合いの伝手を辿ってプロ候補生である奨励会員も顔を出している、とある研究会に参加させてもらった。研究会にもいろいろな形式があるが、今回は総当たり戦でひたすら対局するというものだ。火綱は五人と対局して、全く歯が立たず全敗した。


「私の将棋が全然通用しなかったわ。もう、笑うしかないくらい」


 全ての対局が終わった後、他のメンバーは次の予定を確認し合っていたけれど、火綱に声が掛けられることはなかった。そこは徹頭徹尾、実力主義の世界である。誘う価値がないとみなされれば、参加することさえ許されない。たとえベテランのプロでもハブられる。ましてや何の実績もない火綱など、あっさり切られて当然だ。


「研修会でも、全然勝ててないしね……。ほんと、嫌になっちゃう。自分に才能がないのを、見せつけられちゃうんだもの」


 研修会は奨励会とはまた別の、棋士養成機関だ。一番下がFクラスで、勝ちを重ねてB2クラスまで昇級すれば女流棋士になることができる。条件を満たせば途中で奨励会に編入することも可能だ。井口先生に勧められてまずこちらに入ったものの、やはり火綱は苦戦しているのだった。


 史上初の女性プロ棋士を目指すと勇んではいたものの、残念ながらこれが現実である。男に混じったプロどころか、女流棋士さえ今の火綱には高すぎる目標だ。「女流なら今からでも目指せる」。思い返せば井口先生の言葉は、かなり優しいものだった。


「諦めるの?」


 雅雄は尋ねる。我ながら、意地が悪いと思った。火綱に否定させようとしている。


「まさか。私は最後まであがいて、あがいて、あがき続けるわよ。でも……」


 そこで火綱は少し目を落とす。


「ときどき思っちゃうわね。朝起きたら急に強くなってないかとか、対局中に突然秘めた力が目覚めたりしないか! なんて。そんなこと、ありえないんだけどね」


 現実はどこまでも厳しい。思いの力だけで強くなれるワールド・オーバーライド・オンラインとは違う。才能という絶対に超えられない壁があるとわかっていながら、努力を続けるしかない。


「やっぱり、夢って叶わないのかしらね……」


 火綱の言葉に、雅雄は何も言うことができなかった。




「……少しは私の言葉に耳を傾ける気になったんじゃないかね?」


 自宅のドアを開けた瞬間、雅雄は誰かに冷たい突き飛ばされて床に倒される。犯人が誰かなんて、考えるまでもない。


「……それ以上一歩でもお兄様に近づいてみなさい! 私が焼き尽くすわよ!」


 雅雄の胸からミニサイズのミヤビが飛び出し、ノブの前に立ちはだかる。冷静に雅雄は立ち上がって埃を払い、問い掛けた。


「ノブさん、これは酷いんじゃないですか?」


 雅雄に怪我はない。不意打ちでも青薔薇の指輪は出現し、その魔力で雅雄を守っていた。ノブが刃物などを持ち出していれば、指輪は勝手にアバターを呼び出す。それこそ瞬殺していただろう。


 本気で殺し合えば勝つのは雅雄だ。だから、何も恐れることはない。路上生活が続いてますます薄汚れたノブに、雅雄は蔑むような目を向ける。


「フフッ、こうでもしないと君は話を聞いてくれないだろう? いやぁ、苦労したよ。君たちに気付かれずに跡をつけるのは。私も忍者の端くれとはいえ、ここは現世だからね……!」


 ノブは自慢げに笑う。このオッサン、ホームレス生活が長く続いて頭がおかしくなったのだろうか。雅雄の家に押し入ったとして、何ができるというのだ。


「あなたの話なんて、どうして聞かなきゃならないんですか?」


 これ以上、ノブが強硬手段で雅雄の生活を脅かすなら、実力をもって排除するしかない。多分、後始末はヤスさんがしてくれる。アバターを呼び出し、遠慮なくノブを血の海に沈めるだけでいい。


「私が神になったら、全員の夢を叶えてあげよう」


 何が楽しいのか、ノブはドヤ顔を決めた。本気で頭がどうかしている。どうしてそんな言葉で、雅雄の心が揺らぐと思っているのだろう。


「……馬鹿なんですか?」


 ノブはニヒルに笑って肩をすくめた。


「目を逸らすのはやめないか? 君は迷っているんだろう? 神になるかどうかを。自分が、力を行使するかどうかを。自分で、全ての責任を持つかどうかを。丸わかりだよ、端から見ればね」


 全てを見透かされているという事実に、雅雄は動揺を隠せない。


「大きなお世話ですよ……!」


 思わず声を荒げる。認めているようなものだった。しかし、全てノブにわかってしまうのも仕方がないことだろう。なぜなら、前回のゲームで優勝して神となったノブにとっては、全て一度通った道なのだから。

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