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6 星は密かに輝いて

 今日も雅雄は、文化祭準備のため各クラスを回っていた。本日の業務は各クラス、部活が真面目に活動しているかどうかのチェックだ。文化祭の準備もピークを過ぎて、各々仕上げの段階に入っている。だからこそ力が余って問題を起こしたり、用もないのに残っている生徒が増えていた。


 生徒会の仕事も峠は越えていて、雅雄は見回りが終われば帰宅する予定だ。演劇部に顔を出してもいいが、必死に最後の追い込みをしているみんなの邪魔になる。中途半端に関わるつもりはなかった。


 周囲が薄暗くなる頃、雅雄は見回りを終えた。もう午後七時だが、下校時刻まではあと一時間ある。ツボミは戻らないだろう。今日はツボミが雅雄の家に来ると言っていたので、夕食を作って待っていよう。


 そんなことを考えながら雅雄はいったん生徒会室へ戻ろうとするが、体育館の前で足を止めた。裏の方から、誰かが争うような声が聞こえる。


「……だから! ……だわ!」


「無理よ! だって、……だもの! ……わ!」


 声の感じ的に女子っぽい。かなり切迫した雰囲気だ。もしも男子であれば、迷わず冷司を呼びに行っていた。女子の喧嘩なら雅雄でも止められるだろうか。


(大丈夫! いざとなれば私が燃やしてあげるから!)


 ミヤビが胸の中で物騒なことを言うが、もちろんそんなことはさせられない。現実世界でワールド・オーバーライド・オンライン内の力を振るうのは、使い魔相手限定だ。意を決して、雅雄は体育館裏に回る。


「何をしてるの! 人を呼ぶよ!?」


 内心では小動物のように震えながら、お腹から声を出して雅雄は叫ぶ。演劇部での経験が生きていた。体育館裏にいた人物は、キョトンとして雅雄の方を見る。


「あれ、雅雄君……?」


「えっ……? 綺羅々先輩!?」


 雅雄が目撃したのは、台本を片手に立ち尽くす綺羅々だった。他には誰もいない。一体どういうことなのだ。


「す、すみません……。誰かが喧嘩でもしてるのかと思って……。完全に僕の勘違いでした……」


 しどろもどろになりながら、雅雄は綺羅々にとりあえず大声を出したことを謝る。どうやら綺羅々は演劇の練習をしていたようだったが、どうして二人分の声だと思ったのだろうか。本当に恥ずかしい。


「あ~、それ、多分勘違いじゃないかな……。全部、私がやってたの……」


 綺羅々はそう言ってから、大きく深呼吸する。そして、役に入り込んでいった。


「それでも未来に希望はあるから! 諦めちゃいけない! 脱出に向けて、準備を進めていくべきだわ!」


 自分たちは絶対大丈夫だと信じている。そんな自信に満ちあふれた表情で、綺羅々は一気に台詞を喋った。そして綺羅々は、そこでは終わらない。


「無理よ! だって、私たちには今日の食糧さえないんだもの! そんな夢物語の綺麗事、通用しないわ!」


 一転、明るさとは無縁の鬼気迫る表情で、目に涙さえ浮かべて、綺羅々は叫ぶ。声色は完璧に変えている。思わず雅雄が後ずさりそうになるくらいだった。


「そういうことだったんですね……」


 雅雄は納得する。綺羅々が一人二役で、登場人物同士が争うシーンを演じていたのだ。台本はサバイバルもので、芸術大学の入試で演じる課題なのだそうである。


「ごめんね、びっくりさせちゃって……。ここだったら誰も来ないから……。家でも声が響いて迷惑だし」


 綺羅々は苦笑いを浮かべる。いつも綺羅々は、ここで練習していたらしい。しかし暗いし寒い屋外では、綺羅々もやりにくいのではないか。日が暮れてしまうと、台本の字も読めないだろう。


「……もう暗いから、別の場所に移った方がいいんじゃないですか? なんなら僕、場所を探しますよ?」


 冷司に掛け合えば、空いている部屋の一つくらいは貸してくれるだろう。展示系の企画を出していたクラスは、もう作業を終えているところも多い。しかし綺羅々は、雅雄の申し出に首を振る。


「いいの。甘えてたら、絶対に落ちるから」


 今から戦地に赴くとでもいうような厳しい表情で、綺羅々は続ける。


「自分でもわかってる。私、合格ラインには達してない。だから、自分を追い込むしかないの」


 雅雄から見て、演劇部で別格に演技がうまいのは綺羅々だ。変幻自在の演技で、拙い周囲も含めて、自分の世界を作り上げてしまう。どんな役をやってもすべからくそれっぽく見える。綺羅々が合格できないとするなら、いったい誰が合格するというのだ。


「そんな風に思ってもらえるのは嬉しいけど、世界は広いからね……。私はそこまで上手い方じゃないよ。身長がないから役の幅も狭いし。逆手にとってコメディやるのが精一杯かな……」


 そもそも綺羅々に飛び抜けた才能があるなら、一応名門とはいえこんな公立校には入っていない。スカウトされてとっくの昔に女優になっているか、少なくとも私立の強豪校に入学している。


 言ってみれば、綺羅々は弱小校のエースで四番なのだ。今の学校だから中心になっているだけで、甲子園に行くような名門校ならベンチにも入れない。実際、うちの高校の演劇部は県大会止まりで、全国大会には出場できなかった。


 ふと雅雄は火綱のことを思い出す。火綱も将棋道場で頭一つ抜けた強さだったが、それでもプロは無理だと井口先生に断言されていた。でも、火綱も綺羅々も夢に向かってひるまず立ち向かっている。


 多分それは、雅雄がやろうとも思わないことだ。雅雄は応援することしかできない。だから雅雄は言った。


「そんな寂しいこと、言わないでください。それでも僕らにとっては、一番のスターですから」


「そう言ってくれると、もう少しがんばれる気がするかな……! ありがとうね! 私、絶対受かるから!」


 ひまわりのような笑顔を見せる綺羅々を見て、雅雄も微笑む。綺羅々の夢が叶えばいいなと、雅雄は心の底から思った。

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