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3 社畜生活

 数日掛けて学校で文化祭企画の申請書チェックと審査を終わらせた雅雄を待っていたのは、新たな仕事だった。雅雄が冷司から仰せつかったのは、各クラス、部活動への企画用資材配布である。


 資材といっても、コピー用紙から出店用の木材まで、種類は様々だ。雅雄は特大の段ボール箱に何種類もの資材を放り込み、台車に乗せて校内を練り歩くことになった。荷物を詰めすぎて前が見えない台車を、雅雄は必死に押す。


 知らないクラスや部活を来訪するのは人見知りの雅雄にとってなかなかのプレッシャーだが、行ってみれば大抵歓迎された。待ちわびていた物資を持ってきてくれたのだから、当然である。


 中には配布された資材が足りないとか、余分に寄越せとか、生徒会は怠慢だとか騒ぎ出す者もいたが、雅雄はとりあえず要望を聞くだけ聞いて帰ることにする。「僕は生徒会役員じゃないから、きっと通らないよ?」と逃げ口上も忘れない。後は生徒会の正規メンバーがなんとかするだろう。


 普通の対応をしてくる団体でも、追加要望を伝えられることは多かったので、雅雄のメモ帳はすぐに真っ黒になった。思ったより時間が掛かってしまったが、致し方なしである。これも仕事だ、多分。冷司は握り潰せとは言わないだろう。




 資材を配り終えて生徒会室に戻り、追加要望について冷司に伝える。案の定、冷司は渋い顔をした。


「いや、予算がギリギリなんですから無理ですよ……。全部聞いてたら、絶対に足りなくなります」


 冷司はこの世の苦悩を一身に背負ったかのように眉間にしわを寄せる。確かに、全ての要望を叶えようとすれば、予算は二倍あっても足りなくなるだろう。しかし雅雄は、苦笑いしながら言った。


「全部聞く必要はないよ。多分、本当に困ってるのはこことこことここ……それからこの辺りかな。無理な企画を却下して、少しは予算も余ってるんでしょ? これくらいなら行けると思うけど」


 雅雄は冷司にリストを見せながら指で示す。間違いがないようにと一件一件、丁寧にメモをとったのが功を奏した。どこに予算を配分すべきか、メモを見返せば見当がつく。もちろん、必要もないのに資材やら何やらが足りないと雅雄を脅迫してきた団体は除外していた。冷司はリストとメモを見比べつつ、考え込む。


「う~ん、確かにこの通りなら、今出ている不用額で足りますね……。でしたら、もう一度私と一緒に校内を回りましょうか。もうちょっとヒアリングしてみて、正式決定しましょう」


 方針は決まる。本来なら三年生の生徒会長が前面に出て仕切るはずだが、ずっとご無沙汰だ。クラスの方が忙しいと言って生徒会に顔を出そうとしないのである。雅雄は一度も見たことがなかった。


 メガミ不在で行き詰まった生徒会の運営から逃げ出したというのが真相らしい。さらに業を煮やした火綱が三年のクラスに乗り込んで罵声を浴びせるという事件が起きて決定的に決裂し、復帰は絶望的ということだ。生徒会長が来ないので、自然と他の三年生も足が遠のく。


 結果、残された下級生は人口減少社会を先取りして人手不足に苦しんでいるのだが、悪いことばかりではない。メガミがずっと不在だったことで生徒会も意見が纏まらない場面が多々あったのだが、争っている場合ではなくなってしまった。


 結果、生徒会はひたすら働く社畜の集団へと変貌する。無駄な話し合いが紛糾することはなくなり、指揮系統は一本化された。まとめ役になった冷司の決断が、すぐ現場に反映される。きっと冷司が文化祭後の生徒会選挙で生徒会長にもなるだろう。


 冷司は雅雄の案内でいくつかのクラス、部活を回って予算の増額を決めていった。多分、後から不平を言ってくる団体もあるだろうが、問題にならない。冷司がはねつけて終わりだ。今ならそれが許される。


 冷司はその場でリストに金額を書き込みながら、代表者に予算増額を言い渡す。実際には生徒会で資材を購入して、追加で配布するという形になるだろう。




 あるクラスで折衝を終え、雅雄と冷司は教室を出ようとする。しかし学級委員長の女子は、雅雄を呼び止めた。


「平間君、待って!」


「……? 何?」


 用は済んだはずだが、どうしたのだろう。雅雄は少しビクッとしながら足を止める。確か、このクラスは資材がこんなものでは足りないと詰め寄ってきたところだ。この学級委員長にも強い口調でなじられたのを覚えている。


 このクラスの企画はお化け屋敷だった。見たところ、確かに木材が全然足りなかったのでリストに入れたのだが、失敗だっただろうか。雅雄は企画の内容で判断していて、態度でリジェクトするようなことはしなかった。調子づかせてこれ以上の要求をされるというパターンはありえる。


「ありがとうね、ちゃんと伝えてくれて。それに……ごめんなさい。きつく当たっちゃって」


 しおらしく頭を下げられて、雅雄は慌てる。


「いや、僕は当然のことをしただけだから……!」


「それでもありがとう。平間君のおかげで、うまくいきそうだから!」


 委員長の周囲にいた生徒たちも口々に謝意を伝えてくる。最初に来たときには委員長の尻馬に乗って野次を飛ばしていたのに。これだけ気持ちよく掌を返されると、どんな顔をしたらいいのかわからない。


 雅雄はたじたじになりながら教室を出た。

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