35 超越者の激突
「メガミがあんなことになるとは……! 私はいったい、どうすれば……!」
ファンタジー世界に似つかわしくない、監視用のモニターに囲まれた部屋で、ヤスさんは頭を抱える。一日置いてメガミが冷静になった頃を見計らい、接触を試みたがけんもほろろに追い返された。
こうなってはゲームを正常に運営するどころではない。Lv.300に達したメガミは、この世界を破壊できてもおかしくないのだ。今、メガミが「外」に出てしまえば、何が起きるかわからない。
「実力行使をするしかないでしょうね……」
傍にいたノブはやれやれといった調子で言う。腹は立ったが、同感だ。とにかくこちらでのアバターを破壊して、危険を取り除くしかない。しかし、それができるプレイヤーが存在するのか。可能性があるとするなら、雅雄とツボミだけだろう。少なくとも、ヤスさんには無理だ。
そんな心中を察してだろう、ノブは申し出る。
「アバターを返してくれれば、私が倒して見せますが」
「確かに、全盛期の君なら今のメガミでも倒せるのだろうが……」
ノブは一度、ワールド・オーバーライド・オンラインをクリアした男だ。その実力に疑いはなかった。
しかしまだ、決心がつかない。そこまでノブを信用できない。最低限、何かしらのセーフティが必要である。ヤスさんにできるのは、祈ることだけだ。雅雄とツボミが、メガミを倒してしまうことを。
○
雅雄たちはメガミとの戦闘から中一日空けて、ワールド・オーバーライド・オンラインにログインした。時間の流れが違うので、中ではかなりの日数が経っているはずだ。メガミは頭を冷やしているだろうか。
まずはメガミがどの辺りにいるのか町で聞き込みをする。予想通り、ゲームの攻略を目指して最前線に行っているということだった。
「こりゃあ、間違いなく戦闘になるわね……」
皆で集まって状況を報告し合った際、火綱はつぶやく。まぁ、わかっていたことではあった。本当に頭が冷えているなら、ログアウトして現世に戻っているだろう。
「行こう。僕たちでメガミを止めるんだ……!」
覚悟を決めて、皆の前で雅雄は言った。間違いなく厳しい戦いになる。しかし、雅雄は一人ではないのだ。必ず勝って見せる。
最前線にたどり着いた雅雄たちが目にしたのは、無残に崩落してしまった巨大な石造りの門だった。本来ならこの門が谷を封鎖していて、魔王領までの道を閉ざしている。それが、無差別爆撃でも受けたかのように悲惨な有様だ。
こんなことができるのは、一人しかいない。彼女は門の前で、雅雄たちを待ち構えていた。
「遅かったね、雅雄君。凄く、待ってるのがもどかしかったよ」
メガミはそう言ってニッコリと笑う。雅雄は顔を引きつらせながらも言葉を返す。
「だったら、リアルに帰ってきたらよかったのに」
メガミは笑顔のままで首を振る。
「それはできないかな。この世界で雅雄君を殺せなきゃ、記憶を消せないもの……!」
「やっぱり、考えを改める気はないんだね……!」
雅雄は掌に爪が食い込むくらいに拳を握りしめる。だったら、雅雄のとるべき道も一つしかない。メガミを倒して、ワールド・オーバーライド・オンラインでの出来事をきれいさっぱり忘れてもらう。
「決着をつけよう、雅雄君。……ユメ子は手を出さないで」
「……御意にござる」
メガミの言葉に応じて、瓦礫の影からユメ子が姿を現す。無論、雅雄たちもユメ子が潜んでいたことには気付いていた。もしユメ子も戦闘に加わるのなら、最初に集中攻撃を仕掛けて無力化しなければならなかったところだ。
「雅雄……!」
「うん……!」
ツボミの呼びかけに、雅雄はうなずく。ミヤビはすでに雅雄の中に入ってもらっている。二人はしっかりと手をつなぎ、それぞれの剣を呼び出す。そして雅雄とツボミは、口づけを交わした。
「今、僕は愛という名の奇跡を起こす!」「そして、ボクはその愛を永遠と誓う!」
「「愛の奇跡は永遠となり、一つの運命となる! 目覚めよ、薔薇の剣士!」」
青、黒、赤のオーラが放出される。装着された鎧は弾け飛び、純白の衣装に身を包んだ『薔薇の剣士 Lv.130 ソードセイバー』は姿を現した。対するメガミも、黄金のオーラを放出して、『神林メガミ Lv.300』となる。
メガミは禍々しい真っ黒な鎧で身を固めていた。魔王領との国境を守るボスモンスターだったという『暗黒騎士団長ベルゼ・デモン Lv.90』からドロップしたものだろう。全属性の攻撃に耐性があるという魔王軍最高の鎧〈ダークネス・サターン〉。背中からは天使の翼に代わってコウモリのそれに似た、悪魔の翼を生やしている。姿格好は魔王そのものだ。
「さぁ、雅雄君、死んでもらうよ……!」
メガミは〈ブラッディ・プルート〉を振りかぶり、薔薇の剣士に斬りかかってくる。薔薇の剣士は〈青のレクイエム〉と〈ブラック・プリンス〉で迎え撃つ。
「「僕は死なないよ……! 死ぬのは君だ」」
この一戦で、全てが決まる。薔薇の剣士とメガミは、激しく剣と剣をぶつけ始めた。




