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23 リア充生活

「ほんと、びっくりしたなぁ。あそこでユメ子とメガミが出てくるなんて……!」


 中ボスのフロアを通過して階段を上りながら、雅雄は喋り続ける。苦笑しながら、ツボミは応じてくれる。


「そうだね。ボクも慌てたよ。彼らの奇襲は警戒しておかないとね……!」


 今思えば、一階が丸ごとぶち抜きのワンフロアになっていたため、抜け道ルートでも中ボスのフロアは避けられなかったのだろう。これではっきりした。メガミやユメ子と、雅雄たちの進度はほぼ同じだ。油断は禁物であるが、焦る必要はない。


「大船に乗ったつもりでいなさい、お兄様。私が警戒している限り、奇襲なんて絶対許さないわ。むしろ、次は取り逃がさないように注意なさい」


 塔の方々に使い魔を放ち、完璧に索敵を遂行するミヤビは自信満々に胸を張った。神出鬼没なユメ子に振り回されたのも昔の話だ。今の雅雄たちに、死角はない。それだけにユメ子とメガミが逆転のため、何を仕掛けてくるのか。それだけが雅雄の中で懸念材料だった。




 ワールド・オーバーライド・オンラインでの冒険だけでなく、何もかもが順調だった。


 演劇部ではいよいよ文化祭での演目が決まり、ヒロイン役の簡単なオーディションが行われた。


 今回の演目は『ロミオとジュリエット』である。ただし、ミュージカルとして大幅にアレンジされ、J-POPを中心に歌まで歌う予定である。吹奏楽部が演奏を担当し、合唱部もモブ役を演じつつバックコーラスを務める。吹奏楽部、合唱部のメンバーも厳選して、可能な限り本格的な陣容を揃えた。


 かなりシリアスな脚本だけれども、歌の力で盛り上げるという戦略なのだ。途中にはダンスまで挟んでいく予定である。


 主要キャストには演技力はもちろん歌唱力も求められ、さらにダンスの実力も必要だ。全てを水準以上にこなせる人材でなければお呼びでない。人が足りなければ雅雄も出ようと思っていたが、とても無理だった。踊りながら歌なんて歌えない。


 しかしツボミは、堂々とヒロインレースに名乗りを上げる。ツボミは物語のワンシーンを過不足なく演じて見せ、さらに劇中歌として使用予定の一曲をダイナミックに歌い上げた。初挑戦だというダンスも、雅雄が見る限り普通にはこなしていた。


 他の候補者たちも無論、ツボミ以上の演技力、歌唱力に加えてなめらかなダンスを披露していたが、最終的にはツボミがジュリエット役に選ばれた。


 決断を下したのは吹奏楽部、合唱部の先生方と綺羅々である。全員が一様に「ツボミは演技をしながら成長している。現時点での実力だと他の候補に一歩劣るが、役を与えて育ててみたい」とコメントした。


 見事に役を射止めたツボミは「もっともっとうまくなれるように、がんばります!」とはしゃぐ。先生方がいなくなってから、最後に綺羅々は付け加えた。


「ツボミちゃんって、華があるのに変に飾っていないのがいいんだよね。自然な仕草の一つ一つがかっこいいっていうか。……ほんとに、私なんかより才能はあると思う」


「そんなことないです。ボクには、綺羅々先輩の方が輝いて見えます。……いつか綺羅々先輩と一緒に、舞台に立ちたいです」


 ツボミは謙遜から始まり、最後に決意を込めた言葉を綺羅々に伝える。綺羅々はもう引退して、卒業だ。もう、うちの学校の演劇部でツボミが同じ舞台に立つ機会はない。


「うん。私も待ってる。だから、必ず来てね」


「はい! 絶対ボクは、先輩みたいな女優になります!」


 笑顔でツボミは言った。ツボミなら、本当にその通りになれるだろうと雅雄は思った。




 雅雄の方も、リアルで挑戦している将棋については順風満帆だった。相変わらず、火綱とともに快進撃を続けている。先日は自分より年上ばかりを当てられたにもかかわらず、ミヤビの助けを借りながらではあるものの、見事に全勝した。余裕の勝利などほとんどないが、自分がどんどん強くなっている手応えを感じる。


 将棋は雅雄の性に合っているのだろう。対局中の一場面なら、案外覚えていられるものだ。勝っても負けても迷った場面は記憶しておいて、どんな手が最善なのかを家に帰ってから検討するようにしていた。しらみつぶしにあらゆる可能性を試していくのは、RPGで片っ端から村人に話しかけているようで、妙に楽しい。


 そうして見つけ出した自分なりの最善手は、結構応用が利いた。多分、ここまでやっている人はそういないのだろう。使える場面になると面白いように作戦が決まり、微妙な場面が一気に優勢になる。なかなかの快感だ。さらに続けたくなってくる。




 帰宅すればツボミを手伝って手早く一緒に夕食を作り、夕食後にはツボミの演技、歌、踊りの練習に付き合う。そうこうしているうちに約束の時間が来て、ワールド・オーバーライド・オンラインにログイン。ひとしきり冒険した後、ツボミが帰れば、自分の時間だ。就寝時間まで将棋の鍛錬をじっくりと行う。


 テレビゲームで遊ぶ時間は激減したが、満足だった。ひょっとしてこれがリア充というやつなのかもしれない。毎日が充実していて、楽しくて仕方がないのだ。


 そうして迎えた週末、午前中に掛け合いの相手役を務めてツボミの練習を補助しながら、漠然と雅雄は考えていた。


(今日は少し、ゲームの方に戻ってもいいかな……)


 ちょっと前に買った格ゲーが手つかずなのだ。今更ネット対戦に参加するとボコられそうなのでノーサンキューだが、ツボミと一緒に楽しむのなら悪くない。好きなキャラを適当に動かすだけでも楽しい。


 あまり時間に余裕もないので最適だろう。練習が終わった後、雅雄は提案しようとしたが、先にツボミは言った。


「雅雄、午後からは出かけようよ! 久しぶりにデートしたいんだ!」


「わかった。そうしようか」


 雅雄はうなずく。ツボミが出かけたいなら、断る理由はない。ゲームはまた明日にすればいい。


 雅雄とツボミは手早く準備をして、外に出た。

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