16 敗北者同盟
「どうしてこんなことになっちゃったんだろう……」
山の中をでたらめに走り回って雅雄たちから逃れたメガミは、木陰に膝を抱えて座り込み、一人つぶやいた。当然ながら、自分の中から答えは返ってこない。しかし、頭上から声が掛けられる。
「覚悟を決めきれなかったから。そうでござろう?」
「ユメ子……」
自分の体を乗っ取って好き放題していた相手が目の前に現れていた。反射的にメガミは立ち上がって、臨戦態勢になる。ステータス表示は『服部ユメ子 Lv.45 ニンジャ』だ。元のアバターに戻り、ペナルティなのかレベルがかなり下がっていた。
「拙者も覚悟を決められてはいなかったでござる……。勝負に徹するなら、雅雄殿とツボミ殿を始末するチャンスは幾度もあった……。でも、拙者は全力の二人と戦ってみたかったのでござる……!」
「そうだね……。私も、やることが半端だったんだと思う」
自分で言ってメガミは沈む。なんでも思い通りになると思っていたのに、メガミは何もしなかった。それこそが、間違いだったのだろう。メガミが眠っていた時間は全くの無駄だった。雅雄とツボミがいっそう接近しただけだった。
認めたくなかったので頑なに眠りから覚めることを拒んだが、ツボミに看破されるとは。おかげで大恥を掻いただけに終わった。がさつで乱暴でデリカシーのない、本当に嫌な女である。なんであいつが雅雄の彼女なのだ。
「メガミ殿は、これからどうするつもりでござるか?」
「これから、ね……」
ユメ子は静かに尋ね、メガミはため息をつく。これからも何もない。このままのこのこと何事もなかったかのように現世に戻れというのか。雅雄とツボミを眺めながら恥を背負って生きていくなんて、筆舌に尽くしがたい屈辱だ。とても耐えられない。
「……リセットすることなら、できるでござるよ。拙者とも利害が一致するでござる」
「だろうね……」
ユメ子の言葉に、メガミはうなずく。眠りながらでも、今までのことは把握している。ユメ子の目的は、この世界の解放だ。メガミの父に唯々諾々と従い、ユメ子を追い回していた雅雄たちは、明らかに邪魔だった。そして、今の弱体化したユメ子では、メガミの力を借りなければ対抗できない。
この世界で雅雄たちを殺し、全てをなかったことにする。正直、魅力的な提案だ。ユメ子もスペシャルバーストなら今までと同じように使えるだろう。レベルが下がってしまったとはいえ、間違いなく戦力になる。
雅雄たちを皆殺しにするなんて間違っていると、頭のどこかで誰かが叫ぶ。でも、聞いていられない。メガミにとって、雅雄は全てだ。雅雄がいなければ、メガミは何者にもなれない。仮面をかぶっていられない。現実を受け入れることなんて、できない。
「私は……雅雄君を殺す……! 香我美ツボミも、殺す……!」
口に出して、はっきりと決意する。それしかメガミに道はない。ユメ子がニヤリと笑った。メガミはゆっくりと立ち上がり、服についた土や葉っぱを払い落とす。
「協力するでござるよ、メガミ殿」
自然と、メガミの目から涙が溢れる。こんなことをしなければならなくなったのは、全てツボミのせいだ。あのいかれた泥棒猫のキ○ガイ女に、目にもの見せてやる。ずっと雅雄を見ていたのは、メガミの方なのだ。
そんなことを考えていると、メガミの前に父が現れた。
「おお、メガミ! こんなところにいたのか! よく無事だった! 帰ろう!」
父は傍にいたユメ子を全く無視して、メガミに声を掛ける。レベルが下がっているので脅威ではないと思っているらしい。いざとなれば、メガミが助けてくれるとも思っている。それは間違いだが、ユメ子は静観の構えである。この世界のルールを守る限りにおいて、GMに喧嘩を売っても仕方ない。今は力を溜めるべきであり、争うときではないと考えているのだろう。
「帰るわけないじゃん。バカじゃないの」
メガミは涙目で吐き捨てる。父は困惑の表情を浮かべる。
「な、何を言っているんだ、メガミ? せっかく復活できたのに、どうしてそんなことを?」
「お父さんにはわからないよ! 『ギガ・サンダー』!」
メガミは抜剣し、魔法をぶっ放した。父の周囲の樹木が吹き飛び、炭となって嫌な臭いの煙を上げる。さすがに普段能天気な父も青ざめる。
「お、落ち着きなさい、メガミ。君は混乱している……!」
「私は正常だよ! お父さんがわかっていないだけ! 『ギガ・サンダー』!」
今一度メガミは雷の魔法を放ち、慌てて父は物陰に隠れる。メガミの気持ちなんて、父にわかるはずがない。「雅雄のために」という思いだけでがんばってきたことは、今までずっと隠してきたのだから。父だけでなく、他の誰にも。丸っきり八つ当たりであるが、こうでもしないと気が済まなかった。
「帰ってよ! 私に構わないで! 雅雄君以外とは、会いたくない!」
狂ったようにメガミは魔法を乱射し、父はたまらず逃げ回る。魔力を絞り出しているときだけ、胸のもやもややイライラを抑えられた。
「雅雄君……? 彼が何か、関係あるのか?」
鈍い父は全く気付いていない。ただただいぶかしむばかりだ。やがて父はメガミの説得を諦めた。
「落ち着いたら戻ってきなさい! 絶対だぞ!」
捨て台詞のように言って、父は退散する。メガミは戻らない。戻るはずがない。
これだけ暴れてみせれば、父はまた雅雄たちに頼るだろう。そのときこそ、雅雄たちを皆殺しにして全てをリセットする。本気でやればメガミには造作もないことだ。メガミは血塗られた青写真を思い描いていた。




