20 現実とかいうクソゲー
次のレベルまでの経験値を見て、雅雄とツボミは同時に声を上げる。
「「なんだよ、これ!?」」
『次のレベルまであと 75892』。ポップしたウインドゥには、信じられない数値が表示されていた。雅雄は暗闇バットと七万回以上戦わなければLv.2にさえなれないのだ。
ツボミも状況は同じのようで、ウインドゥを見て絶句している。たまらず雅雄とツボミはヤスさんに怒りをぶつける。
「次のレベルまであと経験値七万って、いくらなんでもおかしいでしょう!? バグなんじゃないですか!?」
「ボクも次まで経験値一万だよ! いくらモンスター倒したって無理じゃないか!」
ヤスさんはまたも困った顔をする。
「だって君ら、学習能力ないんだもん……。同じように学習していても、人によって差はついていくだろう? それと同じことだ」
次のレベルまでが長いというだけでなく、同じモンスターを倒しても普通より得られる経験値は少ないということだ。二重苦である。雅雄とツボミは、とんでもないハンデを産まれながらに背負っていた。
言っていることはわかる。同じように勉強していてもできないやつはできないし、同じようにスポーツで練習してもできないやつはできない。でも、どうして雅雄がそこまでできないやつ認定されなければならないのだ。
「ま、まぁ、ステータスに依存しないスキルもあるから、がんばりなさい。戦闘の技術なんかはステータス関係ないし。最初にも言ったように採用枠は複数人だ。最低でも1パーティーの五人分は採用する気だよ。魔王を倒せなかったとしても何らかの実績を残せば候補に挙がってくる」
ヤスさんの慰めはどこか白々しかった。ド○ゴン桜にならって一年三百六十五日、一日十六時間休まず勉強し続ければ偏差値30からでも東大に行けるといっているようなものである。現実的には、生まれたときからついている差を覆せることは稀だ。Lv.1からスタートして成長することもできず、何の実績を残せるというのか。
「なんでゲームなのに、そんなところだけ現実的なんだよ……」
雅雄は頭を抱える。この世界なら主人公になれると思ったのに、丸っきりモブ以下だ。NPCの方が役割があるだけマシである。雅雄には何も求められていないし、何もできない。
ヤスさんは子どもに言い聞かせるように言う。
「これはゲームであってゲームじゃない……いわば就職試験なのだよ。厳しいのは当然だ。しかし、それでもゲームはゲームなんだ。現実に比べれば、ずっと公平で優しい作りになっている。それがわからないなら、どうしようもないよ」
「ゲームは公平でなければ面白くない、と私の共同制作者は考えていたからね……」とヤスさんは付け加えるが、もはや雅雄の耳には入っていなかった。
○
どうやってログアウトして現実世界に帰ってきたかは覚えていない。気付けば雅雄は自室のベッドに寝転がっていた。
「はぁ……。今まで、僕は何をやってたんだろう……」
Lv.1からレベルアップする見込みはなく、逆に他のプレイヤーはどんどんレベルアップしている。大通りには、初期レベル制限を超えているプレイヤーも多くいた。彼らは普通に戦って、普通にレベルアップしたのだろう。雅雄にはできないことだ。どうしてゲームで普通にやるということの大変さを知らなければならないのだろう。世の中間違っている。
「なんか馬鹿らしくなっちゃったな……。やめようかな……」
やめてもペナルティなど何もない。リアルマネーの振り込みは止まるが、両親から生活費名目で雅雄は充分なお金をもらっている。いつも通りの平凡な日常に戻るだけだ。雅雄は天井に向かってつぶやいてみるが、返事が返ってきた。
「お兄様、本当はやめる気なんて、さらさらないでしょう?」
また妹のミヤビが部屋に潜り込んでいたようだ。ニコニコしながらミヤビは雅雄の顔を覗き込む。
「いるならいるって言えよ……」
雅雄はそう言うが、ミヤビは全く無視して話を進める。
「お兄様、悩んでいるふりをしているでしょう?」
「……」
「いくら可能性が低くても、今回のことは最初で最後のチャンスでしょう? お兄様が何もせずに諦めるなんて、考えられないわ」
「……」
雅雄は黙り込み、考える。ヤスさんはステータスに依存しないスキルがあると言っていた。そこら辺を上手く使えば、ひょっとしてチャンスがあるのではないか。先頭に立ってボスに挑戦するのは無謀だが、低レベルでも健闘したという実績があれば複数ある採用枠に滑り込める可能性はある。
Lv.1は一人しかいないという話だ。考え方を変えれば、これはこれでレアなのである。最下層からトッププレイヤーの仲間入りすれば、主人公といって差し支えない存在だ。モブでも脇役でもなくなる。
「低レベルクリアのつもりでやってみるか……」
世の中にはどんな大作RPGでもLv.1のままクリアしてしまう猛者が結構いる。アイテムや耐性を利用して、無理矢理ボスを倒してしまうのだ。彼らのテクニックは凄まじく、ボスを倒すより途中の戦闘でレベルを上がるのを気にするくらいである。
雅雄も同じようにやるしかない。さっそく明日から情報収集しよう。
「ウフフ、それでこそお兄様よ……」
「バカ、やめろよ……」
ミヤビがベッドに飛び込んで、抱きついてくる。雅雄は嘆息しながらミヤビを追い出した。




