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12 目の前の道

 火綱が最初に将棋道場に誘ったとき、メガミは駒の動かし方を知っているという程度だった。当然、それでは勝てない。火綱が強い相手と戦っている間に、メガミは弱いやつらに敗北を重ねる。生まれて初めて火綱は、メガミに勝ったと思った。


 しかし、それが勘違いであるとわかったのは二回目に一緒に道場に行ったときのことだ。メガミは当然のように全勝した。今回の雅雄のように薄氷を踏むような勝利ではない。ほぼ虐殺のような将棋を繰り返し、最後は年上のそこそこ強い相手をあてがわれたにもかかわらず、圧勝した。


 三回目に一緒に道場に行ったときには、ついに初戦で火綱と対決することになった。とはいってもメガミは始めて一ヶ月足らず。対する火綱は父に教えてもらった下地があって、かつ半年ほど道場に通い、自分なりに研究もしている。道場の強豪相手でも、善戦できるようになっていた。


(いくらなんでも、負けるわけないわ……!)


 そう自分に言い聞かせて挑んだ直接対決。井口先生の将棋を真似た火綱の振り飛車は、メガミの居飛車にあっけなく粉砕された。


 どんな手を指しても通じない。必ずメガミは火綱の数手先を読んでいて、先回りで圧迫してくる。もはや戦法とか作戦などは、全く関係なかった。基礎能力が、ネコとトラくらいに違いすぎる。火綱も時間を使い切って精一杯抵抗したが、終わってみれば完敗だった。


 メガミはそこで終わらない。そのままの勢いで五連勝した。もちろんほとんど全てで完封勝利。最後は大人の県大会上位常連と対局して、快勝した。メガミは、井口先生に手放しで褒められる。「君なら女性で初のプロ棋士を目指せるかもしれない」と。


 よく知られているように、女流棋士とプロ棋士は違う。女性で奨励会を勝ち抜き、プロ棋士まで昇格した者は歴史上まだいない。女性が男性に劣っているという話ではなく、基本的に年間四人しかプロにはなれないため、純粋に狭き門でありすぎるのだ。下手なプロよりよっぽど強い天才ばかりが集まる三段リーグで年間四人の中に滑り込むには、女性の分母が足りない。


 プロ棋士になるためには、小学校低学年で大人をばったばったと倒し、県大会で優勝するくらいの才能が求められる。メガミにはそれくらいの実力があると、認められたのだ。しかしメガミは、あっさり言ってのける。


「ごめんなさい、今週末にやりたいゲームが発売するので、無理です」


 そうしてメガミは、将棋をやめた。




 一方、火綱はそれからも将棋を続けたが、すでに最初に感じた自分への期待感、輝きは失われていた。それなり程度には伸びていても、メガミに比べれば月とスッポンである。自分がプロなんて目指せない人間だと、骨身に染みて感じた。


 それでも小学校六年生までは続けてアマチュア初段に上がり、中学受験を契機に卒業する。夢なんてものは、木っ端微塵に打ち砕かれていた。火綱にはプロになれるほどの才能はない。諦めるしかなかった。でも、ワールド・オーバーライド・オンラインの世界でうっかりたまたま再び出会ってしまった。


「本当に私って惨めね……。まだ、ひょっとしたら……なんて思っちゃってるもの。他にやらなきゃいけないことがたくさんあるのに。見込みがないのに打ち込んで、遊んでる場合じゃないのに。私が、メガミを助けなくちゃいけないのに……! それなのに、前と変わらず足を引っ張ってばかりだわ……!」


 火綱は上を向いて、涙がこぼれてしまうのを堪える。多分、今日再び道場に行くまでに、火綱はそれなりに準備をしていたのだ。それでも、定まっていた火綱の評価を覆すには全く足りなかった。


 話を黙って聞いていた雅雄は、思ったことをそのまま言う。


「誰だって、一人でなんでもかんでもできるわけじゃないさ。嘆いていても何にもならないよ。自分のできることをやって、自分のやりたいことをやり続けるしかないんだよ……」


 雅雄はずっとそうしてきた。だから今、ツボミと一緒ならワールド・オーバーライド・オンラインの世界で戦える。それでもうまくいかないことなんて山ほどあるし、ワールド・オーバーライド・オンラインの世界から一歩でも出れば相変わらず空気みたいなものである。


 それでも、自分を卑下したところで何にもならない。信じられない自分を信じて、剣を振るい続けるしかないのだ。


 火綱は涙を拭いながら、雅雄の方を向く。


「……あんたのこと、少し見直したわ。ほんとに、メンタルが強いのね。だから、あっちであんなに強い……!」


「僕はそうするしかないっていう、それだけだよ」


 雅雄のメンタルが強いというのは、過大評価だろう。最初から自分が弱いとわかり切っているので開き直れるという、本当にそれだけだ。たったそれだけでも、ツボミやミヤビの力を借りれば、あの世界ならなんでもできる。


 いくつもを抱えながら、必死に前へ進もうとする火綱は、本当に立派だ。雅雄だって、メガミを助けたいと思っている。雅雄でいいなら、いくらでも力を貸そう。


「また、がんばりましょう。きっと、私たちならメガミを助けられるわ……!」


「そうだね……」


 一にも二にも、雅雄たちがやるべきことはそれである。遊びの時間は終わりだ。帰ったら、さっそくログインしてユメ子を探そう。

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