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4 猫を被る

 正式にツボミは演劇部に入部し、引き続き雅雄も演劇部で文化祭のミュージカル企画をサポートするように火綱から仰せつかった。今までと何も変わらないように思えるが、それは違う。


 八月最終週に入り、夏休みは終わってしまったのだ。昼間は学業、放課後に部活、そして夜にはメガミを救出すべく、ワールド・オーバーライド・オンラインにログインする。なかなかに忙しい二学期は始まってしまった。


 学校ではさっそく夏休み明けテストがあり、いきなり疲労の極みである。しかし、ゲームの方もサボれない。




「『フレイム・レイン』! ミヤビ、そっちに行ったわよ!」


「フフフッ、私に任せて!」


 火綱のが放った炎の雨に追い立てられて『かたなモンキー Lv.46』の群れは、雅雄たちの側面に回ろうとする。そこに待ち受けていたのはミヤビだった。ミヤビは真っ赤なドレスの裾をちょこんと持ち上げて挨拶し、赤薔薇の剣〈クリムゾン・スカイ〉から炎の渦を撃ち出す。


 かたなモンキーたちに避ける術はない。次々と炎に包まれ、力尽きていく。討ち漏らし数体が近づいてくるが、雅雄とツボミがモーションスキルを乱射して掃討した。ヒーラー兼馬車の護衛の冷司は、一切出番なしだ。いい感じである。


「一時はどうなることかと思ったけど……楽勝だったね」


 ツボミはふぅっと息を吐き出し、緊張を解く。いきなり街道で二十匹ほどに囲まれたときは、雅雄も肝を冷やしたものだ。しかしミヤビが加わったことで、パーティーはかなり強化されていた。


「これくらい、私がいればどうとでもなるわ! 大船に乗ったつもりでいなさい、お兄様!」


 ミヤビはそう言ってない胸を張る。街道だと火綱か冷司のどちらかが馬車の護衛につくのが常なので、攻撃に回るのは一人だけだった。しかしミヤビの加入により、魔法を使える攻撃役が二人に増えた。単純に、火力は二倍だ。


 物理技しか持たない雅雄、ツボミと違い、彼らは範囲攻撃を使える。今までは敵の数があまりに多いと苦戦していたが、これからはそういうことはなさそうだ。




 そのまま一時間ほど街道を進んだ後に山道を登っていき、もう一時間掛けて目的地の【山奥の村】に到着した。


「あ~、疲れたなぁ」


 宿屋に着くなり、ツボミは畳の部屋に大の字に寝転がる。本当にしんどかった。わりと道幅が広くて傾斜が緩いと聞いていたので馬車で山道を進んでみたが、モンスターの襲撃にかなり気を遣うことになった。馬車が的になってしまうのだ。結果、雅雄たちはそれなりに消耗した状態で宿に着いたというわけである。


 名前から貧しい寒村を想像していたが、少なくとも宿屋は綺麗だった。現世における旅館のように小綺麗で、美術品っぽいものからよくわからないオブジェ等まで飾ってある。テレビやエアコンといった文明の利器がないのが逆に不思議なくらいだ。


 雅雄は床の間に飾られている日本刀を手に取り、つぶやく。


「客室にあるアイテムって持って帰れるのかなぁ……?」


「できますよ。ま、宿屋にあるのは大したことないものばかりですけどね」


 雅雄の疑問に冷司は答える。日本刀もあくまで飾り物のようで、全く重みはない。雅雄は日本刀を元の位置に戻した。当然、実用品は何も置いていない。道具屋に持ち込んでも売れないだろう。確かに、ほしいものなんて一つもなさそうだ。


「……これなら持って帰ってもいいんじゃない?」


 火綱がニヤニヤしながら棚の中にあった将棋盤を取り出す。冷司が顔をしかめた。


「私は絶対にやりませんよ。間違いなく勝てないですから」


 そういえば火綱は昔将棋をやっていたということだった。たまたま見つけて、やりたくなってしまったようだ。雅雄と火綱の目が合う。


「雅雄、あんた相手なさい。ずっと詰め将棋やってたんでしょう?」


「ん、まぁいいよ」


 どうせ三十分は宿屋にいないと体力が回復しない。一戦するくらいなら余裕だろう。雅雄は火綱の対面に座り、一緒に駒を並べる。


「手合いはどうする? 飛車角落とそうか?」


「普通でいいよ」


 ハンデ戦なんてお互い面白くないだろう。そう思って雅雄は即答したが、火綱の眉がピクリと動いた。


「ふうん。あんたの先手でいいわ。掛かってきなさい」


 火綱は少し気分を害したようで、挑発的な感じに目を細める。失敗したかな、と雅雄は苦笑いを浮かべた。火綱だって小さい頃に道場で強かったというだけで、プロレベルなんかではないはずだ。同じ素人には違いない。雅雄と火綱で、そんなに差があるものなのだろうか。


「じゃあ、遠慮なく」


 やってみれば、はっきりするだろう。雅雄は飛車の上にある歩を動かした。火綱も、同じように飛車先の歩を突く。そうして数手進んでから、火綱は手を止めた。


「……あんた、ちょっとは勉強してきてるのね。矢倉棒銀? 角換わり? 何でも付き合ってあげるわよ」


「別に何でもいいよ」


 そう言いながら、雅雄はまた苦笑する。三味線を弾いていたのに、簡単に見破られてしまった。


 そりゃあ、ワールド・オーバーライド・オンラインでダンジョンの鍵を開けるためにやっていたとはいえ、詰め将棋だけやって満足できるわけがない。ネットでちょこちょこと対戦して、全勝とはいかないが勝率は悪くなかった。


 とはいえ、経験者の火綱に簡単に勝てるほど甘くもないだろう。だから、雅雄は付け加える。


「しいて言うなら、いつも見ない戦法を見てみたいかな」


「いいわ、見せてあげる。初心者同士ならあんまり角交換しないでしょ」


 火綱はノータイムで雅雄の角をとる。雅雄は銀で取り返した。


 誘導は成功である。さぁ、ここからうまくやれるだろうか。

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