2 オファー
全てが順調に進んだ。雅雄もツボミも、台詞を忘れることもなければ噛んだりすることもない。疲れからか時々雅雄は素に戻りかけるが、その度にツボミの顔を見て役に戻る。やがて、雅雄の集中が切れることもなくなっていく。
王子様は旅の途中での武勇伝を語り、お姫様はボケた回答を返し続けた。その度に客席の小学生たちから笑い声が響く。
合間で火綱や冷司が敵の役をやって、派手なアクションシーンもある。一度、冷司がバク転を決めて、大きな歓声が上がった。ツボミと火綱が剣で殺陣をやったときも、女子から黄色い声援が飛んだ。
終始、コメディー調ながら時折シリアスな話を挟み、「自由とは何か」というテーマは少しずつ核心に迫っていく。
お姫様にとっては、魔王によって薄暗い檻の中に幽閉されていても、豪華絢爛な王宮の中にいても、自由がないという意味で同じ。魔王のしもべも、王宮の使用人も、お姫様の世話をしてくれるという意味で同じ。お姫様は、どこに行っても自由などない。
観客席は静まり返っていた。私語をする者など、一人もいない。固唾を飲んで、全員がクライマックスシーンを見守る。
やがて王子様は気付いた。お姫様にとって本当に必要なものに。
「……私はようやく理解しました。姫、自由とは与えられるものではないのです。本当に欲するものを掴もうと手を伸ばす、その勇気こそ自由なのです」
王子様は穏やかに言って、お姫様に手を差し出す。お姫様は笑顔で王子様の手を払った。
「では、私があなたの手を取らず、自分の足で歩くのも自由ですね」
王子様は微笑む。
「その通りです」
そしてお姫様は、自分の足で外の世界へと歩き出す。その様子を王子様は見送った。お姫様の姿が見えなくなってから、王子様は観客席の方へ向く。
「あなたの欲しいものは、何でしょうか? 人の心は、常に自由なのです! その勇気さえあれば、人は誰でも荒野に踏み出すことができます!」
大仰な身振り手振りを交えながら、王子様は観客席への呼びかけを続ける。
「あなたが荒野が踏み出したとき、私たちは必ずその手をあなたに差し出しましょう! その手を取るのも、払いのけるのも、あなたの自由です! ここまでご観覧いただき、ありがとうございました」
最後だけ少し素に戻った雰囲気で、王子様は挨拶をしてみせる。そして幕が下り、舞台は終わりだ。割れんばかりの拍手が、会場の中に響いた。
「さすが、お兄様ね! トチったりしたら代わってあげようと思ってたけど、必要なかったわ!」
机から雅雄を見上げながら、ミニサイズのミヤビはパチパチと小さな手を叩く。手放しで褒められて、雅雄はぽりぽりと頭を掻いた。
「いやぁ、ミスしないでよかったよ」
楽屋で着替えを終え、演劇部の部室に戻ったところだった。まだ、雅雄以外は誰も戻っていない。
雅雄の声は震えていた。舞台に立っていた興奮が残っている。何度深呼吸しても、息の乱れが戻らない。劇の一場面が何度もフラッシュバックして、頭がクラクラする。
「お兄様、大丈夫?」
「あんまり大丈夫じゃないかな……」
あまりに様子がおかしいからだろう、ミヤビは雅雄を心配する。まだまだ興奮が冷めない。多分、お姫様役が雅雄とマッチしすぎていたのだ。明らかに、雅雄は入れ込みすぎだった。
「雅雄、戻ってる~?」
ドアがノックされ、ツボミの声が響く。雅雄はハッと我に返った。ガヤガヤと外から人の声が聞こえる。いけない、これはツボミの警告だ。慌ててミヤビは雅雄の胸に飛び込んで姿を消し、雅雄は一応返事を返す。
「戻ってるよ~!」
その返答を合図にドアが開き、演劇部のみんなが入ってくる。演劇部員たちは適当に席について、部長の綺羅々が締めの挨拶を始めた。
「お疲れさまです! 皆さんのおかげでいい劇になったと思います! 特に主演の雅雄君とツボミちゃん! いい演技でした! 火綱ちゃんに冷司君も、かっこよかったよ! 皆さん、拍手!」
綺羅々の声に従い、部室に拍手が響く。舞台で受けた拍手は純粋に気持ちよかったけど、今回はなんだかむず痒い。雅雄は照れ笑いを浮かべながら自分も控え目に拍手した。
「舞台に出た皆さんだけでなく、今回は裏方に回った皆さんもがんばってくれました! 無事に今日の劇を開演できたのは、裏方の皆さんのおかげです! はい、拍手!」
一際大きい拍手が送られる。これに関しては、雅雄も全くもってその通りだと思う。先輩たちが走り回って衣装や小道具、セットを用意してくれなければ、そもそも劇にならなかった。雅雄たちより負担が大きかったくらいである。雅雄たちは舞台上で拍手を受けたけれども、先輩たちにはない。だから、自分たちが精一杯拍手しなければ。
その後、片付けの段取りが指示され、部員たちは散っていく。雅雄とツボミも衣装の梱包に赴こうとするが、綺羅々に呼び止められた。
「雅雄君、ツボミちゃん、お疲れ! 本当に二人とも、よかったよ!」
「ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます」
ツボミは礼を言って、雅雄も一拍遅れてならう。
「スカウトされるんじゃないかっていうくらい、すごかった。このまま終わるのは、本当にもったいないと思うの」
綺羅々は雅雄とツボミを褒めちぎり続ける。次に続く言葉は、もうわかっていた。満面の笑みで、綺羅々は尋ねる。
「雅雄君、ツボミちゃん、演劇部に正式に入ってみない?」




