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33 悲しき乱入者

 床に倒れた薔薇の剣士は雅雄とツボミに分離する。


(大丈夫だ……! 死んではない!)


 精神的な動揺を押し殺し、雅雄は立ち上がって〈ショートアダマンソード〉を抜く。同じように隣でツボミも剣を構え、ユメ子に備えていた。


「なるほど……その鎧には即死を免れるスキルもついていたのでござるか」


 少し距離をとったユメ子はのんびりと言った。お見込みの通りである。HPが0になりそうなダメージを受けると、〈スターリングシルバー〉は砕け散って一度だけ死亡を無効化するのだ。本当に長船君はいい仕事をしてくれた。


 ただ、雅雄もツボミもHPは残り1である。〈スターリングシルバー〉は装備品ストレージに戻って一度リセットされた。一応再召還できるはずだが、砕け散ったイメージを見せられた直後でLv.99のスペシャルバーストを使えるだろうか。正直、無理な気がする。


「しかし、拙者の勝ちには変わらぬ。拙者のこの世界を救いたいという思いには、誰も勝てないのでござる……! 現世で己を磨くことなく、遊戯に興じていた貴殿たちでは、拙者には勝てぬ……! 貴殿らには、己を支える過去がないのでござる」


 ユメ子は勝ち誇った笑みを見せ、雅雄は愕然とする。雅雄とツボミが積み重ねてきた絆は、ユメ子の思いに勝てなかった。今までの自分たちを否定された気分だ。


 そして、過去がないというのも本当だ。雅雄はミヤビを切り捨て、生まれ変わったつもりだった。でも、切り捨てたところで残っているのは空白だけである。


 いや、落ち着け。負けを認めてしまうと、それこそどうしようもなくなる。雅雄たちを精神的に圧迫するのもユメ子の作戦なのだ。何か手はあるはずだ。いったいどうすればいいのか。雅雄は考え始めるが、唐突に思考が中断された。


「そう……! お兄様とそこのあばずれ女の絆なんか大したことないの。あなたたちに待っているのは絶望だけよ!」


「ミヤビ……!」


 雅雄はハッと振り向く。真っ赤なドレスを身に纏った死神が、雅雄の首目がけて剣を振り下ろそうとしているところだった。


 ミヤビはずっと機会を伺っていたのだ。雅雄を仕留められる機会を。ここのところ、火綱や冷司と行動を共にしていたためチャンスがなかったのだろう。雅雄たちがユメ子に敗れたこの瞬間は絶好のチャンスだ。


 雅雄の頭上で、美しき赤薔薇の剣〈クリムゾン・スカイ〉の刀身が外からの光を反射してきらめく。後は、雅雄の首まで一直線に振り下ろすだけ。


 ユメ子は嘆息した。不快に感じたようだ。


「拙者に負けたくせに、無粋でござるよ」


 ひょいとユメ子がくないを投げつける。肩を貫かれ、ミヤビは一瞬ひるんだ。その隙にユメ子はミヤビに接近し、斬りかかった。


「邪魔しないで!」


 ミヤビは反撃しようとするが、ユメ子のスピードに全く対応できない。ミヤビの剣は虚しく空を切り、逆にユメ子の蹴りが顔面に叩き込まれる。それを皮切りに素早く数度の斬撃が放たれる。ミヤビはやられるがままで防御さえできず、血まみれになって倒れた。


「な、何よ……! 何なのよ……!」


 傷だらけでうめくミヤビに、なおもユメ子は追撃を掛けようとする。雅雄は呆然とその様子を眺めるだけだったが、ツボミは飛び出す。


「やめろ! 『フェザースラスト』!」


 モーションスキルで割って入られて、いったんユメ子は距離を取る。ユメ子は、淡々とした口調で尋ねた。


「何のつもりでござるか?」


 雅雄だって訊きたいくらいだ。雅雄もミヤビも、唖然としていた。雅雄は剣を構えたまま立ち尽くす。ミヤビはその場に座り込み、放心状態でツボミを見上げる。なぜツボミがミヤビを助けるのか。全く意味がわからない。


「彼女だって雅雄の一部だよ」


 ツボミはユメ子の方など一顧だにしない。雅雄の目だけをまっすぐ見て、言う。


「いや、でも、僕は……僕らは……」


「彼女こそが、君の過去だ。ボクは君を守る。だから、彼女も守る」


 ツボミは言い切った。その目には一点の曇りもない。ツボミはさらに続ける。


「言ったはずだよ。ボクは過去の君に嫌悪を感じたりしない。かつては、彼女を生み出すことが君の戦いだった。そうだろう?」


「……」


 沈黙は、肯定だった。戦いなどではなくて逃避だったのだと思えるけど、ツボミはそんなとらえ方をしてはくれない。否定は無意味だ。


「ミヤビちゃん。君はどうして雅雄の体を奪おうと思ったの?」


 ミヤビは、その場に座り込んだまま答える。


「……消されると思ったから。私はイレギュラーだから、きっと存在を認められない……。そもそも、この世界がいつまで続くのかもわからない……」


 だから、この世界で住み続けるなんて論外。この世界はあくまでヤスさんが作った箱庭であって、永続の保証なんてない。ミヤビは外を目指すしかない。


「お兄様だって、私を絶対に認めない……。だから、やられる前にやるしかないと思った。生き残るために、お兄様を消して、存在を奪うしかないと思った……!」


 ミヤビの瞳から、一筋の涙が流れる。本当はやりたくなかった、そう言わんばかりに。


「そ、そんな……! 僕は君を消そうだなんて……!」


 雅雄はうろたえる。でも、雅雄がミヤビを不要だと言ったのは本当だった。ミヤビが雅雄の中に戻りたいと言っても、雅雄は拒絶しただろう。


 ミヤビは、生き残るために戦っていただけだった。かつての雅雄が、自分の身を守るためミヤビを生み出したのと同じように。


 ツボミは静かに尋ねる。


「……君は、本当はどうしたかったの?」


 視線を虚空にさまよわせ、半ば独り言かのようにミヤビは言った。


「私はお兄様に必要とされたかった……。私の居場所がほしかった……」

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