2 新たな力を求めて
「やっと勝てた……!」
ゴブリン二体を倒した雅雄は、精神的疲労からその場にへたり込む。全く、命がいくつあっても足りない。やはり複数の敵との交戦は徹底的に避けるべきだろう。一瞬だけれども雅雄は周囲に気を配るのを忘れて息を大きく吐き、心の調子を整えた。よし、切り替え完了。
ポップしたリザルトウィンドウを閉じながら雅雄は立ち上がり、前を向く。先へ進まなければならない。複数のゴブリンと戦えるか試しに来たわけではないのだ。目的は別にある。
雅雄は岩陰から岩陰に、身を隠しながら慎重に前進していく。〈ダークレザーコート〉の隠蔽スキルだけが頼みの綱だ。戦うのは敵が一体で、倒さないと先へ進めないときだけである。Lv.1ソロプレイヤーなので仕方ない。
中世ヨーロッパ風ファンタジーRPGのはずなのに、やっていることはメ○ルギアソリッドだった。でも、案外ド○クエⅠの勇者はこんな感じだったのかもしれない。以降の勇者に比べれば弱くて、敵は一体ずつしか出てこない。そしてたった一人で旅をする。
そう考えると緊張感溢れるこのミッションも楽しいものに思えてきた。雅雄はしっかりと勇者の軌跡を辿っているのだ。この道を歩いていけば、きっと勇者として、主人公としてりゅうおうの前に立てる。
雅雄は時折ソロの雑魚と戦いながら順調に洞窟の奥へと入り込み、次の階層への階段まで到達した。最奥部に行くには階段を降りて左と聞いているが、雅雄はスルーしてこの階層に留まることにする。目的は、上部階層の奥で出現する黄金の宝箱だ。初級魔法、特技のスキルカードが入手できる。
下の階層ならもっと強力な装備やスキルカードが手に入るらしいが、欲を掻いて階段を降りると帰れなくなる可能性が高い。下の階層では炎のブレスを吐くミニドラゴンが普通に出現するという話だ。上ではレアモンスターなのに、下ではウヨウヨしているのである。ブレスをまともに喰らえば雅雄は即死だ。
対策として魔法、ブレスに耐性のある〈シルバーシールド〉を装備しているが、駆け出しの生産職にテスト品としてもらったものでしかない。ちゃんと機能する保証はなかった。
(長船君、絶対に僕のことを実験台にしてるよね……)
それでも彼には感謝しなければならない。長船君が洞窟の情報を教えてくれて、タダで装備を提供してくれたから、雅雄は戦えているのだ。何も知らずに丸腰でのこのこと洞窟に踏み入っていたなら、雅雄はすぐに死んでいる。
いずれはミニドラゴンとの戦闘も避けられないが、せめて〈シルバーシールド〉の性能を確認してから戦いたい。はじまりの洞窟上部階層では初級魔法を撃てるまほうラビットが出ると聞いているので、ミニドラゴンはそちらで試してからだ。
しかし低確率で魔法のスキルカードをドロップするというまほうラビットはなかなかにレアであるらしく、雅雄は未だに遭遇したことがなかった。上部階層にランダムでポップする黄金の宝箱を捜しつつ、まほうラビットと戦って〈シルバーシールド〉が正常に機能するか試験する。これが今日の目標だ。
黄金の宝箱を開くと上層部では珍しいモンスターが中から出てくるということもあるらしい。うまくいけばスキルカードをゲットするとともにまほうラビットとも戦える。
歩いているうちに予想以上に多く、雅雄は普通の宝箱を見つけた。入っていたのはポーションや解毒草などの消耗品ばかりだが、〈びっくり花火〉を補充できたのはありがたい。意気揚々と雅雄は奥へと歩を進め続け、やがてちょっとした広間になっている場所で捜していた黄金の宝箱を見つけた。
(これで僕も、スキルを使えるようになるかもしれない……!)
宝箱を開けさえすれば、本来ならLv.20以上で職業に就かないと覚えられないスキルを、Lv.1で無職の雅雄が習得できる。雅雄はMP0なのでマジックスキルは覚えても使えないが、剣技や武術などのモーションスキルなら別だ。
どうかモーションスキルのスキルカードが入っていますように。若干興奮しつつ、雅雄は宝箱に手を掛けた。中からモンスターが出てくるのを警戒して、〈シルバーシールド〉を宝箱に向けておくことも忘れない。
開いた宝箱から、雅雄の視界一杯に炎が広がった。血の気を引かせながらも雅雄は冷静に〈シルバーシールド〉で受ける。それでもダメージは15だ。一気に雅雄のHPゲージは黄色ゾーンに突入した。
「嘘だよね……? 嘘だって言ってよ……!」
雅雄は懇願するようにつぶやいた。目の前に出現したモンスターを確認して雅雄は一転、地獄に突き落とされた気分になる。『ミニドラゴン Lv.17』。最も遭遇したくない相手に、こんなところで遭遇するなんて。
いつまでも呆けていたら殺されてしまう。雅雄は道中で拾って補充していた〈びっくり花火〉を投げつけてポーションを一気飲みする。ミニドラゴンは一瞬ひるんだが、すぐに小さな翼を羽ばたかせて突進してきた。雅雄はポーションを飲みながら回避する。
逃げ回っていても勝てない。雅雄は空になったポーションのビンを投げつけて剣を抜き、斬りかかる。剣はミニドラゴンにヒットし、雅雄の手首に重たい反動が返ってくる。防御力もそれなりのようだ。ゴブリンより堅いし、HPも多い。
通常攻撃だけだとゴブリンを倒すのでもかなり時間が掛かるのに、いったい何度攻撃を当てればいいのだ。雅雄は本気で逃走することを考え始めるが、そんなに甘い相手ではない。〈びっくり花火〉を使っても追いつかれて背中から炎のブレスを浴びせられるだけだろう。
ともかく、何度でも攻撃を当てるしかない。チャージ時間があるのか幸い炎のブレスは連射できないようで、ミニドラゴンは爪や牙を使った物理攻撃しか使ってこなかった。
雅雄はふわふわと洞窟内を飛びながら攻撃してくるミニドラゴンをうまく迎撃して、何度か斬撃を浴びせる。天井が低くて助かった。外ならミニドラゴンを捉えられず、一方的になぶり殺しにされただろう。生きて帰れたら、対空戦の対策も考えなければなるまい。
この場を切り抜けて、モーションスキルを手に入れる。それだけを考えて、必死に雅雄は剣を振るった。