21 不器用な説得
忍び殺しの塔への挑戦を始めてから数日が経過した。ツボミが落ちた地下のフロアには中層までのエレベーターが設置されていて、探索は格段に進んだ。目撃証言から、ユメ子はまだ苦戦している。こうして塔の中をうろうろしていれば、きっと遭遇できる。
「確認だけど、ユメ子を見つけても、一回は説得してみるんだよね?」
塔の中を歩いている途中で、ツボミはふいに小声で雅雄に尋ねてくる。前を行く火綱と冷司は気付いていない。雅雄はうなずいた。
「うん、そのつもりだよ。GMコールでヤスさん呼んで一回は話し合いたいな、って」
未だに自分が選択権を持っているという状況に慣れない。ユメ子に対して交渉を持ちかけることにしたのも、多分一種の逃げだ。
まずユメ子が交渉に乗ってくるかさえ怪しいのである。乗ってきたところで、交渉なんて雅雄たちにできるのか。ユメ子にいいようにもてあそばれて、雅雄たちが隙を晒すだけの結果に陥る可能性さえある。
自分たちでわかっているから、雅雄もツボミもこの件について火綱と冷司に相談しようとしないのである。有無を言わさず実力行使して目的を達成するべきなのだろうけど、そこまで割り切れない。
もっとも、ツボミも気分は同じのようなので、雅雄の方針が間違っているともいえないだろう。二人の心がバラバラだと、そもそも戦うことさえできない。たとえ儀式のようなものだとしても、交渉を試みたという事実が重要なのだ。
「……わかった。それで済まなきゃ、容赦しない。それでいいよね?」
「……うん!」
二人の間で合意はできた。後はそのときに備えるだけだ。
その機会は、すぐにやってきた。雅雄たちが曲がり角を曲がったところで、ちょうど床板をはずしてユメ子がひょっこりと顔を出したのだ。ユメ子とちょうど目が合った雅雄は思わず固まってしまい、他のメンバーも動きを止めてしまう。
「……ッ! 『フレイム』!」
一瞬遅れて体が反応したのだろう、火綱が炎を撃ち込む。多分、ユメ子の方も慌てていた。そのまま顔を引っ込めればよかったのに、宙返りして炎を避け、フロア上に出てしまった。
派手に魔法を使ったせいで、モンスターが現れ始める。ユメ子は駆け出し、細い廊下に入り込んでしまう。
「モンスターは私たちで食い止めるわ! あんたたちはユメ子を追って!」
「わかった!」
火綱の指示に従い、雅雄とツボミはユメ子の追跡を始める。確か、この先は行き止まりになっているはずだ。抜け道でもない限り、捕まえられる。
忍者系を極めているユメ子には、どこから奇襲を掛けられるかわからない。慎重に、しかし急ぎ足で雅雄とツボミはユメ子を追う。やがて雅雄たちは袋小路になっているちょっとした広間でユメ子を追い詰めた。
「もう、逃げられないよ……!」
「……」
ツボミは剣の切っ先をユメ子に向ける。ユメ子は無駄に反応を示したりしない。ただ、自然体で雅雄とツボミの動きに備えるのみだ。
ついにこのときがきてしまった。果たしてうまくやれるだろうか。雅雄は意を決してユメ子に声を掛ける。
「……僕らは君とどうしても戦いたいわけじゃない。メガミを返してほしい。それだけなんだ。だから、戦わなくていい道もあるんじゃないかと思う」
「今さら何を言っているのでござるか? そんな道はありえないでござるよ」
当然ながらユメ子は、はっきりと拒絶して全く話に乗ってこない。雅雄は粘り強く交渉を持ちかける。
「君の目的を達成できるなら、いいだろう? なんだったら、ヤスさんに話をつなぐよ……! 悪いようにはしないんじゃないかな……?」
「あの男がこの世界をこのような遊戯の舞台から解放してくれると? ないでござるよ、絶対に」
ユメ子は呆れて笑っているような風だった。なおも雅雄は会話を続けようと試みる。早くも苦しくなってきた。
「そんなの、訊いてみなくちゃわからないだろう?」
「ならば、聞いてから来るべきでござる。そうしないのは、無理だとわかっているからでござるよ」
ぐうの音も出ない正論で、雅雄は言葉に詰まる。正直、これは無理だ。説得の材料が何もない。さらにユメ子は続ける。
「雅雄殿は覚悟が決まっていないだけでござるよ。メガミ殿のために拙者を殺す覚悟が。何かを選び、何かを傷つける覚悟が。雅雄殿は煮詰めた蜂蜜のごとく甘いのでござる。フフッ、吐き気がするでござるなぁ」
ユメ子が浴びせてきたのは完璧なる嘲笑だ。完全にユメ子には看破されていた。それでもまだ雅雄は話を続けようとするが、乱入者に遮られる。
「雅雄君、彼女の要求は一切聞けない。覚悟を決めなさい。君が服部ユメ子を倒すんだ」
何処から監視していたのだろう、雅雄とツボミの背後にヤスさんが出現する。ツボミは冷静な口調で尋ねる。
「どうしてですか? ゲームがクリアされた後なら、この世界を住民の手に返してもいいと思いますけど」
「そうだよ! この世界の人たちは、確かに人間なんだ! ゲームの駒なんかじゃない!」
雅雄はこれまでのことを思い出しながら叫ぶ。ワールド・オーバーライド・オンラインを始めたばかりの雅雄を助けてくれたのは、NPCのシノだった。シノはNPCなんていう枠を超えて、ちゃんと心がある。
「わかっている。だからこそ、この世界を手放すことはできない。この世界には、それだけのコストを注ぎ込んでいるんだ……! この世界の維持も、私以外に何人もの神の力を借りているのだよ」
新たなる神を選考するというゲームの舞台だから、他の神の力を借りられる。際限なく維持費を注ぎ込むこともできる。それがなくては、この世界は成り立たない。
「それでも拙者たちは、この世界の独立を望むのでござる……! この世界の住人は、その男の奴隷ではないのでござるよ……! メガミ殿のアバターはそのために必要でござる。絶対に渡せないでござる……!」
ユメ子の表情は真剣そのものだ。ヤスさんにもユメ子にも、譲れない事情がある。仲裁なんて最初から無理だった。戦って解決する意外に、方法はない。




