20 ツボミとミヤビ
とりあえず、周囲に敵の気配はない。まずは重傷を負っているミヤビを治療しなければ。放っておくわけにはいかない。
「大丈夫? 誰にやられたの?」
ツボミは血まみれで動けないミヤビの傍らにしゃがみ、ポーションを差し出す。ミヤビは震える手でポーションを払った。
「何のつもり? 敵の施しは受けないわ」
真っ青な顔でミヤビはツボミを拒絶する。ミヤビの白い肌は血と汗でドロドロだ。呼吸も乱れている。このまま放置していたら絶命してしまうのではないか。
「そんなこと言ってる場合じゃないだろう? ほら、さっさと飲んで!」
ツボミはミヤビの口元にポーションを押しつける。不承不承といった感じでミヤビはポーションを飲むが、傷は塞がらない。
「無駄よ。麻痺と毒と火傷のせいで、全然回復しないの」
状態異常を治すアイテムも手持ち全てを服用したが、それでも完治に至らなかったそうだ。ツボミは迷いなく自分が持っている分を出す。
「じゃあ、もっと使ったら回復するよね」
「……何を考えているの? 私は敵よ? あなたを一度殺してるのよ? 放っておけばいいじゃない! どうして世話を焼くのよ!?」
半ばヒステリーのようにミヤビはわめく。ツボミは心底不思議そうにミヤビを見つつ、思っていることをそのまま言った。
「だって、君は雅雄の一部なんだろう? だったらボクが助けるのは当然じゃないか」
「はぁ!? あなた、頭湧いてるんじゃないの!? もう一回殺されたいわけ!?」
ミヤビは声を荒げて身を起こそうとするが、すぐにまたうずくまる。傷口に響いたらしい。
「それは別にもういいよ。何度君が挑んできたとしても、ボクらが負けるわけないし」
「ハッ、弱い私は敵でさえないっていうのね……! 本当に嫌なやつ……!」
痛みで涙目になりながら、ミヤビはなおも悪態をつく。全く無視してツボミは治療を続ける。
「はいはい、いいから続けさせてね」
傷口に薬を塗って包帯を巻く。戦闘中ならテンションが上がっているので、重傷でもある程度動けるが、HPが全快するまで完全に傷が塞がることはない。戦闘後にいちいちHPを全快させるのも非効率的なので、軽傷なら応急処置程度は行わなければならない。でないと肝心なときに動けなくなる。
「私を取り込もうっていうの……? おあいにく様、私は永遠に一人よ! 誰とも手を組む気はないわ!」
ツボミは仲間とはぐれて孤立している状態なので、何かあればミヤビの力を借りて……という展開も一応、頭の片隅にはあった。しかし別に、それが目的で治療したわけではない。自分の心に従っただけだ。
「ああ、そう。それならそれでいいんじゃない」
ツボミのそっけない対応に対し、ミヤビはぎりりと歯ぎしりして、自分に言い聞かせるようにつぶやく。
「そうよ、私は永遠に一人なの……! そうでなければならないの……! 見てなさい。次に会ったら、殺してやるわ……!」
「今の雅雄は、そんなこと思ってないと思うけどね。一人じゃなきゃならないとか、殺し合わさなきゃならないとか」
ボソリとツボミは言った。よくも悪くも、今の雅雄はミヤビの存在で心が揺れたりはしないだろう。ミヤビは鼻で笑う。
「ハッ、本当に傲慢ね。でも、いいわ……! あなたもお兄様も、本当はそういう人なんだって私はわかってるから……!」
「君がそう思うのなら、それでいいんじゃない? でもボクは、君のことを殺してやりたいとかそんなことは思ってないから」
ツボミは本当のことしか言わない。今この場はもちろん、今後もミヤビと敵対する気なんて毛頭ない。雅雄も同じだろう。
「……」
ミヤビは鼻白んで黙り込んでしまう。と、そこで雅雄からメッセージが入った。近くまで来たので場所を教えてほしいとのことだ。ツボミは広間の付近にいることを伝える。
「じゃ、ボクは行くから。君も気をつけてね」
ツボミはミヤビの元を去ろうとする。しかしそこで、ミヤビは言った。
「……一つだけ忠告するわ。服部ユメ子と戦ってはだめ」
「……どうして?」
ツボミは立ち止まって尋ねる。ミヤビはその場で身じろぎもせず、ツボミの方を向くこともないまま答えた。
「やつには誰も勝てないからよ。戦えば、あなたとお兄様も負けるわ。だから、戦わないで」
「そういうわけにはいかないよ。ボクらは神林メガミを助けなきゃならないんだから」
今度こそ、ツボミはミヤビの元を去る。ユメ子に誰も勝てない理由は聞かない。メガミを救うため、ユメ子と戦うことは決まっているのだ。相手がどんな強敵であるとしても、関係ない。ツボミは雅雄とともに剣を振るうのみである。ミヤビだって、これ以上は喋らないだろう。
ただし、戦わずにメガミを救出できるなら、前提は覆る。その方向も雅雄と一緒に検討しよう。一回は説得してみると、雅雄も言っていた。
ツボミは落ちてきた雅雄たちと合流し、ダンジョンを脱出した。




