14 自分と過去
「先輩たち、本当にすごかったね! ボク、感動したよ! 綺羅々先輩、すごくかっこよかった! 兄さんみたいじゃなかったのに……!」
「そうだね……」
夕食の席で嬉しそうにはしゃぐツボミに、雅雄は苦笑を返す。この話題を、すでに五回ぐらい繰り返しているのではないだろうか。ツボミの目には綺羅々の姿が、強さや美しさに頼っていないのにかっこいい、と映ったようだ。
「ああいうかっこよさもあるんだって、初めて知ったよ……! ボクもできるかなぁ?」
「大丈夫、きっとできるよ」
軽い調子で雅雄は言った。その気で演技すれば、変わってくることもあるはずだ。雅雄としては小学生向けの演劇で力を入れても仕方ないと思うが、やる気を出すのは悪いことではないだろう。
「うん! やってみる! ちょっと練習してみたいんだけど、付き合ってくれる?」
「もちろんさ」
ツボミは笑顔で雅雄の言葉を受け入れた。いきなり綺羅々のような演技ができるはずがないと思う雅雄は、ネガティブすぎるのだろうか。夕食後、雅雄はツボミの練習に付き合って夜の時間を過ごした。
翌日、演劇部に赴いた雅雄とツボミはさっそく綺羅々の前で演技をする。
「私は勇者ソランの子孫にしてシルヴェストル王国の王子! 立ち塞がる幾千、幾万の困難をばったばったと斬り伏せ、たった今、魔王さえも倒しました! そして囚われの姫! ついにあなたを助けに参りましたぞ!」
ツボミは小道具の剣を大きく振り回して、大仰な仕草を見せる。いつもの一本調子な演技とは打って変わって、非常にコミカルだ。それでいて今までどおり王子、勇者としての気品を漂わせている。
綺羅々の演技を見て、ツボミの演技は確実に進化していた。単なる物まねではない。綺羅々が見せたものを、ツボミはしっかりとモノにしている。多分、昨日の先輩たちの公演にツボミが混じっても違和感がないのではないか。そう思えるくらい、ツボミは役者になっていた。
対する雅雄は、今までと同じようにしかできない。変わらない雅雄は、どんな反応をされるのだろう。雅雄は前回と同じように振り向き、前回と同じように台詞を喋った。
「あらあら、あなたが今度のお世話係ですか? 賑やかなお方ですね」
……
指定されたワンシーンを演じ終えた後、雅雄とツボミのところに先輩たちが駆け寄る。綺羅々をはじめとした先輩たちは、口々にツボミを褒めそやした。
「ツボミちゃん、凄いじゃない! 昨日の今日でここまでできるなんて!」
「天才じゃないか!? こんなにうまくガラスの仮面を被れるとは……!」
「すごくひょうきんで、面白かったよ! 変に演技が崩れるんじゃないかって心配してたけど、杞憂だったね!」
「あ、ありがとうございます……!」
こんなに褒められるのは想定外だったのだろう、ツボミはポリポリと頭を掻きながら照れ笑いを浮かべている。一通りツボミを褒めた後、綺羅々は雅雄のことも褒めた。
「雅雄君もよかったよ! ツボミちゃんに引っ張られておかしくなるかな~って思ってたんだけど、全然変わらなくてとってもよかった!」
「はぁ……ありがとうございます」
雅雄は唇の端を引きつらせながらも素直に謝辞を述べた。綺羅々はさらに続ける。
「このツボミちゃんとの噛み合わなさで、とっても面白い舞台になってる! この調子で、お願いね!」
多分、ツボミが簡単に演技を調整できたのは、彼女の普段の「王子様ごっこ、騎士ごっこ」が純粋なあこがれを目指した努力で、技術だからである。技術だから応用が利く。違う何かにもなりきれる。
心配しなくても、雅雄の演技が変わることはない。雅雄が培ってきたものは技術などではないからだ。雅雄の女装は、生き残るために身に着けた武器だった。削ることも、曲げることもできない。
ポツリと雅雄は綺羅々に尋ねる。
「先輩は……どうして、そんなに演技がうまいんですか? どうして、自分じゃない人になりきれるんですか?」
「う~ん、なんていうか、自分って過去の積み重ねなわけじゃん? だから、シーンに合った、過去の自分を引っ張り出してくるの! どんな役柄でも、演じるのは必ず人間だから! 共感できる部分が絶対あるはずなの! 気持ちの部分で、絶対シンクロさせられるの!」
「そう、ですか……」
自分とは過去の積み重ね。胸をえぐられたような気分だった。だとするなら、雅雄が演技を変えられないのも当然である。過去はなかったことにはできない。静香やメガミに媚びていた時間は戻らない。雅雄の中からミヤビは絶対に消せないのだ。雅雄は、過去を抱えて生きていくしかない。




