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7 演劇部(当たって砕けろ)

 メガミに代わって小学生向けオープンスクールで行う劇に出てほしい。全く気が進まないお願いだったが、雅雄は断ることができなかった。火綱と冷司の必死さから、本気で他にいないことを理解してしまったのだ。


 火綱と冷司はメガミに代わって生徒会の仕事を進めるので余裕がない(それでも脇役で出る)。生徒会の中学三年生はあれこれと理由をつけて逃げた。先生方も元々ごく少人数の劇ということで、あまり動く気がない。


 皆、火綱と冷司が劇に出る余裕もないほど忙しいとは、誰も思っていないのだ。実際にはこの二人は、ワールド・オーバーライド・オンラインでのメガミ救出活動、メガミが抜けた分の生徒会活動、ヤスさんから依頼されている超常現象的な案件(多分、魔法少女活動のことだ)で手一杯である。


 それとなく訊いてみたが、メガミについていたヒヨコ、ピヨちゃんはメガミと一緒にユメ子に取り込まれているということらしい。雅雄が知っている限り、一応あのヒヨコは戦力のはずだが、その力も借りられないということだ。力を持っている火綱が一人で戦い抜くしかない。


 せめて劇のことだけは他の生徒に頼もうにも、運動部の生徒は基本的にずっと部活があるので無理。文化部や帰宅部の生徒はそもそも出たがらないし、夏休み真っ盛りで生徒会とあまりつながりがないので、そもそも連絡するのも難しい。もちろん雅雄もツボミも劇に出てくれそうな人の連絡先なんて知らない。


「はぁ……。大丈夫かなぁ……」


 校門の前まで来て思わず雅雄はうつむき、ため息をつく。事前の指示通り着てきた体操服が、雅雄にはあまりに似合っていないような気がした。非常に憂鬱だ。これから知らない人たちに混じって活動しなければならない。人見知りの雅雄には、かなりのプレッシャーだった。


「やっぱり断る?」


 隣でツボミが苦笑いして尋ねた。ツボミは体操服を着ていてもパリッとしている。雅雄は顔を上げる。


「いや、行くよ……」


 火綱と冷司に、何でも協力すると約束したのだ。いきなり反故にするわけにはいかない。正直、うまくやれなくてクビになる未来しか見えないが……。


 不安を飲み込み、雅雄は歩き出す。とりあえず、やってみよう。泣き言を言うのは後からでいい。




 演劇部の部室は旧校舎の二階にあった。部室といっても、使われなくなった教室をあてがわれているだけであり、特別な設備があるわけではない。古びた教室の前に立ち、雅雄は緊張の面持ちでドアを開いた。


「お、お邪魔します……」


「失礼します」


 軽く会釈しながら雅雄とツボミは教室に足を踏み入れる。柔軟やら発声練習やらをしていた十人足らずが一斉にいったん動きを止め、雅雄たちに注目する。妙に緊張する一瞬だ。部長と思しき快活そうな女の子が駆けてきて、雅雄とツボミを迎えてくれる。


「演劇部にようこそ! 君らが、火綱ちゃんと冷司君が言ってた子たちだね? 平間雅雄君に、香我美ツボミさん!」


 高等部の先輩は、見かけ以上に大きく見えた。髪をポニーテイルに纏め、ピンクのメガネを掛けてニコニコ笑っている先輩は、なかなかに美人だ。雅雄は少しどもりながらうなずく。


「は、はい」


「そうです。よろしくお願いします」


「よろしくお願いします!」


 ツボミはぺこりと頭を下げ、雅雄も慌てて続いた。


「こちらこそ、よろしく! 私は高等部三年で部長の島崎綺羅々! ビシビシ行くから、がんばってね!」


 お茶目に笑いながらキラキラネームっぽい先輩は恐ろしいことを言う。一応名門なだけあって、演劇部はそれなりにスパルタのようだ。無言で雅雄は顔を引きつらせるが、ツボミは平然と応じる。


「はい、がんばりますのでお願いします」


「それじゃあさっそく、台本読んでみて! ここじゃ落ち着いて読めないだろうから、別室に案内するね!」




 綺羅々から渡された台本を、隣の教室で読ませてもらう。演劇部の部室ではさっそく練習が始まっているようだ。先輩たちが声を張っているのが漏れ聞こえてくる。薄い壁が震えて、少しだけ埃が舞った。


 今ひとつ台本に集中できない。雅雄は台本から顔を上げる。


「ツボミは、劇とかやったことがあるの?」


 あまりにツボミが堂々としていたので、雅雄は尋ねてみた。もしかして経験者なのではないかと思ったのだ。しかしツボミは首を振る。


「ううん、全然。小学校のとき、学芸会でやったくらいかなぁ」


「どうしてそんなに落ち着いていられるの……?」


 雅雄の質問に対して、ツボミはこともなげに答える。


「だって、演劇部の人たちもいきなりボクらがうまくやれるなんて思ってないでしょ? 普段通りにやればいいのさ。当たって砕ければいいんだよ」


「そ、そうかなぁ……?」


 雅雄の経験則では「当たって砕けろ」と言われて本当に砕けると、大抵尋常じゃないくらいに怒られるのだが……。ともかく、今さらこっそり帰るわけにもいかない。多少ブルーな気分になりつつも、雅雄はもう少し集中して台本を読んでみることにしたが、内容が全く頭に入ってこない。これはまずいのでは……。

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