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プロローグ

「やっぱりメガミはすごいや!」


 「ありがとう」の後に言われる、この言葉がたまらなく気持ちよかった。羨望のまなざしを向けられると、自然と頬が緩んだ。その言葉がほしくて、今までがんばってきた。雅雄は純粋にメガミを尊敬していて、好意を向けてくれる。


 思い返せば、静香はメガミにとってありがたい存在だった。静香がいるから、純度100%の好意で接するメガミが雅雄の中で輝いていた。自分で言うのもなんだが、雅雄の中でメガミは太陽のような存在だったのではないか。


 今まで、あの女が現れるまではそうだった。それまでも問題ばかり起こすおかしい子だと思っていたが、忌々しくて仕方ない。憎しみさえ感じる。あの女はメガミができなかったことをあっさりとやってのけた。あの女はメガミから全てを奪った。


 でも、あの女はいなくなった。


(だからきっと、雅雄君は私のところに戻ってきてくれる……!)


 メガミはだめな人間だ。逆に、その言葉が得られないのだとすれば、何もできない。メガミは雅雄が無邪気に思っているような、万能の天才でも、完璧超人でもない。人前に立つのだって苦手な、普通の女の子だ。


 メガミは成績優秀で、運動神経抜群で、生徒会の役員で、魔法少女。そんなメッキは簡単に剥がれる。だから、雅雄を信じるしかない。




 雅雄が褒めてくれないのなら、毎日帰ってから五時間の勉強なんてできない。学内テストの順位はトップを維持していても、全国での順位は全く上がっていなかった。むしろじわじわ下がってさえいる。本当の本当に上位へ行くには才能が足りないのだろう。それでもがんばるのは、雅雄がいるからだ。


 雅雄が褒めてくれないのなら、体育の次の予定を先回りで調べて特訓なんてしない。体格が小さいのだけは、どんなに努力してもどうしようもなかった。柔よく剛を制するなんて幻想だ。競技にもよるけれど、大きい人には全然敵わない。そうでなくても、本気で部活をやっている子とやり合うのは徐々に厳しくなってきていた。単にメガミは、早熟だったということだろう。


 上位には入れてもトップにはなれない。体格も含めて、才能という絶対的なファクターが立ちはだかってくる。特に運動部に力を入れていない学校の中でなんとなく上位というのが自分の限界だ。多分、高校に上がったらそれすらも維持できなくなる。がんばればがんばるほど、嫌になる。


 雅雄が褒めてくれないのなら、人前に立つとお腹が痛くなるのに学級委員も生徒会役員もやらない。会議の前にはいつもトイレに籠もりきりだった。汚いモノを全てぶちまけてからでないと、みんなの前には出られない。


 みんなが好き勝手を言うのを笑顔で聞くのは、苦痛で仕方がない。挙げ句の果てにみんな、「メガミは私の言うことを聞いてくれない」なんて言い出す。全員の意見なんて聞けるわけがないのに。


 そして雅雄に尊敬されないなら、魔法少女として魔女との戦いに身を投じたりなんてできない。父からの命令と、使命感だけで戦うなんて無理だ。なんとなく雅雄が気付いていて、見上げてくれるからメガミは戦えている。雅雄が見てくれないなら、糸はぷっつりと切れてしまう。




 ワールド・オーバーライド・オンラインではトップに立てて本当によかった。しかしそれもメガミが優秀だからではない。魔法少女としての経験と、仲間たち──火綱に冷司、それにユメ子のおかげだ。


 ゲーム内のアバターでマジックスキルを使うときの感覚は、魔法少女として魔法を使うときと全く同じだった。意志力を魔力に転するという仕組みそのものが同様だからだろう。


 またオーバーライドのシステムも魔法少女と親和性があった。メガミが魔法少女になったときは、自分は強いのだと信じれば信じるほど強くなれる。その経験があるので、メガミがオーバーライドを使いこなすのは容易だった。


 仲間に恵まれたのも大きい。火綱と冷司はメガミが何も言わなくても、メガミがやりたいことを察してきっちり連携してくれる。それぞれ高レベルなので、オーバーライドを多用すれば三人で四人分くらいの戦力になった。それが自信になって、さらに強くなる。普通より少人数で充分にやれていると感じるので、経験値効率もいい。


 そして一番幸運だったのは、ユメ子を仲間にできたことだ。忍者という特殊な職業に就いているユメ子は、NPCの忍者と連携して使える情報を集めてくれる。効率のいい狩り場、ダンジョンの抜け道、貴重なアイテムの在処。全て、メガミのパーティーがのし上がるための役に立った。戦闘中も様々な特殊技能でサポートしてくれる。


 ゲームをスタートしたときに突然、「貴殿らが一番強そうでござる。仲間にしてほしいでござる」と申し入れてきたのを断らなくて本当によかった。ユメ子がいなければ、メガミのパーティーは成立していない。


 でも、雅雄はあの女とともにメガミに追いつく一歩手前まで到達した。




 メッキの下の自分が臆病で、汚くて、浅ましい人間だと知っていたから、自分の思いを雅雄に伝えることなんてできなかった。本当のメガミは、本当に大したことのない人間だ。雅雄に受け入れてもらえる自信なんてない。でも、もうそんなことを言っている場合ではなかった。不思議と確信めいたものがある。今回がメガミの最後のチャンスだ。


(私はできるはず。だって私は、ずっと雅雄君のことが好きだったから)


 どんなに汚くて浅ましくても、雅雄を自分のモノにする。それしかメガミに道は残されていなかった。


(私を助けて、雅雄君……!)


 今まで、逆に雅雄を散々助けたのだ。こう願うのが間違っていると誰が言えるのだろうか?

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