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26 立ちはだかるミヤビ

 『平間ミヤビ Lv.51 マジックナイト』。ポップしたステータス表示を何度見返しても変わることはない。間違いなく目の前の少女は雅雄の妹だったミヤビで、プレイヤーとして存在している。


 抱えている真っ赤な剣は、塔の頂上に安置されていたという赤薔薇の剣〈クリムゾン・スカイ〉だろう。ミヤビはゴールデン・スカイ・タワーを真っ先に攻略して、上級装備まで手に入れていたのだ。


「いったい、どういうことなの……?」


 雅雄は声を絞り出すようにして尋ねる。ミヤビはニッコリと笑顔を見せた。


「あら、私のことを必要ないって言ったのはお兄様じゃない。私はお兄様の言うとおり、お兄様の中から出ていっただけよ」


 雅雄は、赤松たちと戦っていたときのことを思い出す。確かに雅雄はミヤビのことを必要ないと言って、ミヤビはどこかへ消えていった。幻覚だと思っていたが、そうではなかったのか。


「思いが力を持つ世界なんだ……! こういうこともあるさ」


 目に見えて動揺していた雅雄だが、ツボミに声を掛けられてどうにか精神を立て直す。現実は現実として認め、とにかく訊くべきことを訊こう。何の目的もなくミヤビがこんなところに出てくるわけがない。雅雄は大きく息を吸い込んで、気を落ち着かせてから質問する。


「君はプレイヤーになってるの? 普通だったら無理だよね?」


 仮にミヤビにも魂があって、意志の力で表に出てきたのだとしよう。しかし、この世界でのアバターがなければプレイヤーにはなれないはずだ。雅雄たちプレイヤーは現実の肉体から魂だけこちらの世界のアバターに移して活動している。現に赤松との戦いのとき、ミヤビは幽霊状態だった。


「ウフフフフ、アバターを奪っただけよ? お兄様には感謝してほしいくらいだわ。お兄様を嫌っていた、赤松の仲間のあばずれ女を退場させてやったんだから」


 桃井のアバターを奪って、アカウントを乗っ取ったというのか。ほとんどバグである。運営は何をやっているのだ。


「本当に、レベルが低すぎて困っちゃったわ。がんばってレベル上げしても、ここまでしか上がらなかった……! でも充分よね? お兄様を殺すだけだったら」


 ミヤビは聞き捨てならない一言とともに、口角を吊り上げる。落ち着け。ミヤビの目的を見極めろ。


「僕は君と関係ないよね? どうして僕に危害を加えようとするの……?」


「決まってるじゃない? お兄様、酷いわ。私にこんな鳥籠みたいな世界でずっと居ろっていうの? 神様のさじ加減一つで簡単に消えてしまう世界なんて、ごめんだわ」


 目的は、この世界を出ること。ログアウトするなら、必要なものはただ一つ。


「私が私になるためには、お兄様が邪魔で邪魔で仕方ないの。お兄様には、消えてもらわないと私の肉体が手に入らないわ」


 いくらなんでも、桃井の肉体を奪うことはできなかったらしい。雅雄の人格が雅雄の肉体に残っていれば、ミヤビはログアウト不能だ。だから、雅雄の人格を消す。


「別に、僕がここで負けても僕が消えるわけじゃないだろう?」


 ワールド・オーバーライド・オンラインはあくまでゲームだ。連動して雅雄の肉体にまで影響するはずがない。そう思って雅雄は言ったが、ミヤビは笑い出す。


「アハハハハッ! お兄様ったらおかしいわ! 彼女ができたからって、舞い上がりすぎなんじゃない? 負けたらお兄様は、その記憶を全て失うのよ! そして、今までに捨てたものは何も残らない!」


「……ッ!」


 ぎりりと奥歯が鳴った。この世界で死ねば、雅雄はツボミへの感情を全て失ってしまう。別に忘れていたわけではない。ミヤビには関係ないと思っていただけだ。ミヤビはニヤニヤと笑い続ける。


「……僕は変わったんだ。君になんか、負けない」


 そのはずだ。ツボミが一緒にいてくれることで、雅雄は強くなった。雅雄は毅然と言うが、ミヤビは軽くボールを返してくる。


「思い出せばいいわ。昔のお兄様には何があったの? 昔のお兄様から私を追い出したら、何が残るの?」


「あっ、ああああっ……!」


 いきなり頬を張られた気分だった。雅雄は愕然とする。自制が効かず、体が震えだした。顔から血の気が引いて、嫌な汗が流れる。心臓が爆発しそうなくらいに鼓動を早めた。


 ツボミを失えば、雅雄には何もない。メガミへの思慕が戻るわけではないだろうし、静香だっていなくなったので怯えも依存心も戻ってこない。加えてミヤビまでいない雅雄の人格なんて、本当に全くの空っぽだ。かつての雅雄を構成していたものは、ことごとく消失しているのである。ミヤビは容易に雅雄の肉体を乗っ取れるだろう。


 恐怖で、その場に膝を突きそうになる。しかしツボミは痛いほどに強く、雅雄の手を握った。


「大丈夫。君は死なないよ。ボクが守るから」


「ツボミ……!」


 相手が誰であろうと関係ない。ツボミは前だけを見ている。そうだ。約束したのだ。雅雄もツボミも、死なない。雅雄もミヤビをまっすぐ見据えて、宣言した。


「そうだね……! 僕も君も死なない……! 君は僕が守るから……!」


 ツボミの手を握り返す。ツボミの手は女の子らしくほっそりしているけれど、確かに熱を持っていた。ツボミがいるならきっと、雅雄は負けない。


 しかしミヤビは不敵な笑みを浮かべ続ける。


「それで負けたときにこそ、お兄様は絶望して消えるわ。そうすれば、お兄様の全てが私のものになるの……!」


 おそらくミヤビは雅雄をただ殺すだけでは肉体を乗っ取ることができない。殺せばいいだけなら、塔のどこかで奇襲を掛けているだろう。今言ったとおり、雅雄が絶望の末に死亡する必要があるのだと思われる。


「生き残るのは私よ……! お兄様じゃないわ……!」


 いずれにせよ、勝てばいいだけだ。雅雄とツボミは、秘めている力を解放する。

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