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10 神様のゲーム

 帰宅した雅雄は着替えて自分のベッドに寝っ転がる。雅雄は学校近くにあるアパートに一人で住んでいた。


 両親は転勤で今は北海道にいて、盆と正月に雅雄の顔を見に帰ってくる程度である。雅雄が両親についていくことを嫌がったため、今の形になった。親がいなくても困ることは特にない。仕送りもそれなりにもらっているので満足だ。


 今日も一日が無事に終わった。朝はどうなることかと思ったけれど、結局何もない平和な一日だった。それでよかったはずなのに、どこか雅雄の気持ちはすっきりしない。雅雄は声に出してみる。


「平凡でいいんだよ、平凡で……」


 雅雄の耳に、忍び笑いが飛び込んでくる。


「クスクス、お兄様は相変わらず嘘つきね」


「ミヤビ……。いるならいるって言えよ……」


 雅雄はベッドの上で半身を起こし、妹のミヤビに向かって言った。いつの間にか部屋に入り込んでいたらしい。派手なフリフリのドレスを着たミヤビは長い髪を振り乱しつつ、バレエダンサーのように部屋の中をクルクルと回りながら喋り続ける。


「お兄様、自分に正直になったら? 本当はお兄様、もっと注目されたかったんじゃないの?」


「違うよ……。僕は平凡な生活を送れればそれでいいんだ」


 雅雄はミヤビの言うことを否定するが、ミヤビは指摘する。


「じゃあお兄様、どうしてそんなにイライラしてるの?」


「僕はべつにイライラなんて……」


 そう言いながら、雅雄はずっと自分が爪を噛んでいることに気付いた。違う。僕はメガミのように特別になりたいなんて思っていない。僕が望むのは平凡な日常だけだ。


「メガミちゃんがうらやましいんでしょう? 素直になった方がいいわよ、お兄様」


「……違うよ。僕は平凡な毎日を過ごしたいだけなんだ」


 雅雄は頑なにミヤビの言葉を受け入れず、目を瞑る。そうだ。平凡以上を望んではいけない。主人公なんて、雅雄は器ではない。モブでいいから、平穏に平凡な生活をし続けるのだ。雅雄が何かやろうとしても、どうせ失敗する。


 雅雄はベッドから降りて、二世代前のゲーム機を起動させる。メガミと合わせるために最新のゲームもプレイしていたが、本来雅雄はちょっと昔のゲームの方が好きだった。


 両親が家にいて、ゲーム機自体を買ってくれなかった時代のゲームである。両親が北海道へと旅立ったその日に数千円を費やして中古で購入し、夢中になって遊んだ。


 最新のゲームをやるのは半ば義務感のように感じるが、こちらならピュアな頃に戻れる気がする。どんなに嫌なことがあっても、忘れることができる。雅雄はしばらくコントローラーと画面に集中した。




 ゲームに集中しているうちに、いつの間にか時刻は午後八時を過ぎていた。夕方の安売りのタイミングに合わせて晩ご飯のために買い物に行く予定だったのに、この時間だと品物がほぼ売り切れだ。こういうときに限って米を切らしているので残り物で凌ぐこともできない。


「もう今日はカップラーメンでいいかな……」


 雅雄は空腹を満たすべくダイニングキッチンに移動して、我が目を疑った。キッチンのど真ん中に、一人の男が仁王立ちしている。その男のことを雅雄は知っていた。


「えっ、メガミのお父さん……?」


 小学生の頃、メガミの家に遊びに行ってゲームをしていたとき、いつもこの人は家にいて一緒に遊んでくれた。思い返せば真っ昼間から仕事もせずになぜ家にいたのか疑問ではあった。当時と変わらぬ姿で、メガミ父は雅雄の方を見ている。


「君にお父さんと言われる筋合いはない!」


 メガミ父はくわっと目を見開き、雅雄を威圧する。ちゃんと「メガミの」ってつけたのに……。雅雄が本気で涙目になっているのを見て、メガミ父は少し顔を引きつらせる。


「ハハハ、ちょっとしたギャグだよ。君に用があって来たんだ。掛けなさい」


 メガミ父に促され、雅雄はキッチンの椅子に腰掛ける。いったい何の用なのだろう。どうしてチャイムも押さずに雅雄の部屋に入り込んでいるのか。お茶でも入れた方がいいのだろうかと雅雄はそわそわするが、構わずメガミ父は話を始める。


「ひょっとしたら君は私の正体に気付いているのかもしれないが……私は神様なんだ」


 椅子に座ったメガミ父の背中から真っ白な翼が広がる。どこか、あの夜に見た魔法少女メガミの翼に似ていた。トリックではないだろう。


「はぁ、そうですか」


 魔法少女の父親が神様でも全くおかしくはない。あっさりと雅雄は信じた。


「なんだか反応が薄いな……。改めて自己紹介させてもらおう。私は電気機器関係を担当する神、第二代電機電波明神だ」


 担当ということは、他にも神はいるのだろう。そして電気機器関係の用があって雅雄のところにやってきた。翼を消失させて、メガミ父は続ける。


「呼びにくいだろうからヤスさんとでも呼んでくれ。人間だったとき、下の名前はヤスユキだった。……学校でも、そう呼ばれていたなあ。私も君の中学校に通っていたのだよ。そして、教師として勤めたこともある」


 翼のない目の前の神様は、はっきりいってどこにでもいる中年のおじさんにしか見えない。女の子ならともかく、おじさんの呼び方で悩んでいるというのも何だか馬鹿らしい。ほぼ目上を愛称のような呼び名で呼ぶのは失礼な気もするが、これ以上呼び名についてダラダラ話をするのもなんなので、雅雄は神様をヤスさんと呼ぶことにした。「メガミのお父さん」って呼ぶとまた怒られそうだし。


「はぁ……。それでヤスさんは、どうしてここに?」


 ここから神であるヤスさんに導かれて冒険ファンタジーでも始まるのかと雅雄は頭の片隅で期待するが、自分で首を振って打ち消す。あえて雅雄を選ぶ意味がわからない。他にいくらでもふさわしい人間はいる。例えばメガミとか。


 筋道立てて考えてみるとヤスさんと雅雄の接点など、メガミしかない。メガミが魔法少女だと知っている雅雄を消しに来たのか。だが、雅雄がそれを知ったのは小学校のときの話だ。今さら来る意味がわからない。何が目的だというのだ。


「それでは本題に入ろうか。私は君を誘いに来たのさ。新しい神を決めるためのゲームに。神になれば永遠の命ととてつもない力を手にすることができるよ」


「新しい、神……?」


 神様は何人もいて、ヤスさんのように人間から神様になる者もいる。雅雄が想起したのは魔女・信子を一瞬で破ったメガミの最終形態だった。永遠の命に加えて、あれほどの力が手に入るというのは魅力的だ。何の力もなく虐げられるだけのモブから、一気にランクアップできる。きっと、自分の力で運命を切り開く主人公となれる。


 しかし、だからこそわからない。なぜ雅雄のところに来た。


「部下がリストアップした名前の中に、君の名前もあったのでね。君はメガミと仲がいいようだし、ゲーマーとして腕も立つと聞いている。そこで私が誘いに来たというわけだ」


「メガミも参加してるんですか?」


「ああ。リストに名前があったな」


「……メガミには勝てませんよ。僕にチャンスなんてないじゃないですか」


 雅雄は若干の失望を滲ませて言う。まず間違いなく優勝するのはメガミだ。雅雄たち有象無象とはモノが違いすぎる


「そんなことはないさ。今回のゲームで神になれるのは一人だけじゃない。複数人を採用する予定だ。魔王を倒した一パーティー五人は必ず採用するし、その他にも何人か目立った者は採用しよう。最大で十人くらいにはなるだろう」


(それなら僕でもいけるかもしれない……!)


 雅雄はさらに訊く。


「ゲームって、どんなゲームなんですか?」


「私が担当したゲームだよ? もちろん、勇者が魔王を倒すRPGさ……」


 ヤスさんは意味深に笑う。ヤスさんはテレビゲームの神でもあるらしい。RPGというならきっとMMORPG、要はネトゲだろう。アクション系でないなら鈍くさい雅雄もそれなりにやれる。


 これはもの凄いチャンスだ。一位にはなれなくても、二位に滑り込むことならできるかもしれない。メガミには勝つのは大変だが、きっと他の有象無象には勝てるだろう。


 自分がいつも有象無象以下のぼっちであることも忘れて、雅雄は内心で興奮した。RPGならまずトップグループに入り、メガミの仲間キャラになる。ゲームなら雅雄はメガミに充分対抗できるので、いつしか雅雄が主人公になり、そしてメガミはヒロインに……。


 雅雄が望んでいたものが、このゲームの中に全て詰まっている気がした。精一杯迷った末に決断したという顔をして、雅雄は申し出る。


「そういうゲームなら、僕も嫌いじゃないですよ。参加しようじゃないですか」


 今までの人生で、雅雄は主人公どころか脇役でさえなく、ただのモブ、背景だった。でも明日からは違う。雅雄は物語の中心で拍手喝采を受けながら世界を救う主人公だ。


 正直自信はないけれど、何者でもなかった雅雄はきっと奇跡を起こして主人公となる。神様になれば、雅雄にはそれだけの力が手に入るだろう。そして雅雄は自分の手で自分の運命を切り開く。


 ヤスさんはニッコリと笑った。


「そうか。歓迎するよ。明日からログインできるようになるから、楽しみに待っていてくれ」

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