6 特訓?
というわけで連れてこられたのは、ゲームセンターに併設されているバッティングセンターだった。存在は知っていたが、ゲームセンターの方がしょぼいので雅雄もツボミも今まで一度も来たことがない。平日昼間ということでガラガラである。一回二十球で三百円。地味に高いような……。
雅雄は手近なバッターボックスに入り、すぐに出る。右バッターボックスしかなかった。左利きの雅雄は左バッターボックスでないと打てない。空いている時に来られてよかった。左バッターボックスはほとんどない。
雅雄は隅の方にあった左バッターボックスに入り、コインを入れる。スピードは最低の80キロに設定した。年代物のピッチングマシンは耳障りな異音を漏らしつつ、ふんわりとボールを吐き出した。雅雄はタイミングを合わせてスイングする。雅雄の力だと、フルスイングしないとまともに飛ばないだろう。全球全力だ。
あっさりと雅雄は空振りして、後ろのネットにボールは吸い込まれる。二球目も空振り。三球目も空振り。……全くバットがボールに当たる気配がない。
四球目でようやくバットがボールに掠ったが、それだけだった。ボールは微塵も軌道を変えることなく、後ろのネットに当たる。
「……」
ツボミはネット裏から雅雄の様子をただ見守る。バットを振っているだけなのに結構体力を使う。バットを握っている手が痛くて仕方ない。呼吸が荒くなり、全身の筋肉が悲鳴を上げる。早くもこの場から逃げ出したくなってきた。しかしまだあと十六球も残っている。そんなことを考えているうちにまた空振り。どうすりゃいいんだ……。
雅雄は最後のボールを空振りすると同時にその場にへたり込む。結局、一回も前に飛ばせなかった。これはもう、本番でも醜態を晒すこと間違いなしだ。
「雅雄、お疲れ!」
ツボミがドアを開けてバッターボックスに入ってくる。ツボミは雅雄にスポーツドリンクを渡し、雅雄は砂漠でオアシスを見つけた旅人のように、ごくごくと飲み干す。気付けば汗だくだった。
「ハハハ、やっぱりダメみたい」
息を整えてから雅雄は自嘲するように言う。しかしツボミは笑顔で首を振った。
「そんなことないよ! 振りは鋭かったし。フォームを直せば打てるさ。スローピッチなんだから楽勝だよ!」
早速ツボミがコーチ役となって、文字通り手取り足取り教えてくれる。
「そうそう、上から下に振るんだよ。下から上じゃボールは捉えられないから。ああ、違う違う。もっと前の方で捌くんだ。この辺に向かって振って……。大丈夫? なんだか顔が赤いけど」
「う、うん。大丈夫。何でもないから」
ツボミのひんやりとした手がふいに触れるたびに雅雄はドキッとした。オーバーライドを使うときに手をつなぐときとは違う。何気なく、自然と手と手が触れるのが嬉しい。こんなに近づいても、お互い警戒なんかしてなくて、それを当たり前に感じていて。
今まで雅雄がここまで親しくなった人なんていない。雅雄はツボミに察せられるくらいにドキドキしていた。
そうして練習しているうちに、ボールがバットに当たるようになってきた。最初と違い、打球も前に飛ぶ。雅雄のパワーでは内野の頭を越える打球を打つのは多分無理なのでヒットは打てないだろうが、格好はつきそうだ。
「ありがとう。ツボミのおかげで、恥はかかないで済みそうだよ」
「何言ってるの。これだけやったんだからヒットを打ってもらわなきゃ!」
ツボミはニコニコと要求し、雅雄は苦笑する。
「いやぁ、僕じゃそんなに球が飛ばないから……」
「大丈夫だよ。雅雄は左打ちでしょ? 右方向は守備の下手な人が集まってるはずだから、強く打てばきっと抜けるよ」
言われてみれば、確かにそうだ。うまい人がショートやサードをやるので、右側はそれほどでもない。雅雄自身も与えられたポジションはライトだ。相手がミスをしてくれたら雅雄にもチャンスはある。
そこまで考えて雅雄ははたと気付いた。
「……守備も練習しなくていいのかな?」
「そっちは一週間くらいじゃどうにもならないよ。フライの距離感掴まなきゃいけないから。でも、ライトならほとんど球は来ないんじゃない?」
「……」
ボールが飛んでこないことを祈るしかないらしい。なんだかとてつもなく不安になってきた。しかしツボミは気にせずキョロキョロし始める。
「知らなかったけど、ここって結構いろんなゲームがあるんだね。あ、バスケのストラックアウトあるんだ! ちょっとやってみてもいい!?」
「え、あ、うん」
ツボミは自分もプレイを始め、なかなかのスコアを記録していた。本番でも活躍しそうだ。それに比べて自分は……と思わないでもないが、元が違うのだから仕方ない。雅雄の目標は恥をかかないこと、それだけである。あまり気にしないことにしよう。
一応ここもゲーセンなので筋肉を使わないゲームも置いてある。そちらなら雅雄もそこそこやれる。雅雄とツボミはひとしきり遊んでから帰宅した。




