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37 アカウント強奪

「ハァ、ハァ、何なのよ、あいつら……!」


 HPは赤ゲージで、全身傷だらけ。着ている魔法使いのローブはビリビリに破れてボロボロ。それでも桃井はなんとか生き残っていた。


 赤松が間違って逃げ延びていないだろうかとフレンド画面を開いて、桃井は絶望する。リストから赤松も青木も緑沢も消えている。桃井以外の全員が死んでしまったのだ。今ごろ三人はワールド・オーバーライド・オンラインの記憶を綺麗さっぱり失っているだろう。


 いったいどうすればいいのか。いっそ自分も死んでしまえば楽になるのでは。そんな考えが頭を過ぎるが、桃井は首を振って打ち消す。とにかく神になるのが桃井の目的だったはずだ。自分を笑ったやつらは絶対に許せない。ゲームオーバーになるわけにはいかない。


「あの二人にもすぐ借りを返してやるわ……!」


 強い言葉をつぶやいて自分を奮い立たせる。町に戻ってとりあえずログアウトしよう。後のことはそれから考えればいい。


 桃井はよろよろと歩き出すが、そこに一人の人影が立ちはだかる。


「ウフフフフ、どこへ行こうとしてるのかしら?」


「あんたは……!」


 赤いドレスを身に纏って、雅雄と同じ顔をした少女。間違いない。どういうロジックか戦いの途中で雅雄から分離して走り去っていった少女だ。


「はじめまして。私は平間ミヤビ。いつもお兄様がお世話になってるわね」


 ミヤビはニッコリと笑う。意味がわからないが、プレイヤーではない。ステータスがポップしないのだ。


「な、何よ……! 私をどうしようっていうの!?」


 桃井は身の危険を感じて杖を構えようとするが、そこで杖が中程からぽっきり折れていることに気付いた。これではほとんど魔法を使うことができない。


「決まってるでしょう? あなたには死んでもらうわ」


 どこから取り出したのか、ミヤビは剣を持っていた。ミヤビは一切の躊躇なく剣を振り下ろす。


「あなたはゲームオーバーよ」


「キャアアアッ!」


 胸のあたりに鋭い痛みが走る。血液とともに体温まで流れ出し、体が冷たくなっていく。抵抗しようとするが、全く体が動かない。これが死なのか。桃井は恐怖に怯えながら、意識を手放した。



「ウフフ、お馬鹿さんね」


 動かなくなった桃井の傍らにしゃがみ込み、ミヤビは光の粒子となって桃井の体に入り込む。プレイヤーでもモンスターでもなく、何者でもないミヤビなのでできる芸当だった。


 桃井のHPはゼロにはなっていない。けれども、本人はゲームオーバーになったと強く思い込んでしまった。思いの力で事象が上書きされるのがこの世界である。桃井の意識はログアウトしてしまい、この世界でのアバターだけが残った。ならばそのアバターに意識だけの存在であるミヤビも入り込むことができる。


 ステータス表示が書き換わり、『桃井はるか Lv.31 メイジ』から『平間ミヤビ Lv.31 メイジ』となった。アバターの容姿も、ミヤビのものに変質する。


「ふうん、レベルや職業は持ち越しになっちゃうのね……。もっとレベルが高いのを狙えばよかったわ」


 装備も持ち越しなので、ミヤビは地味なローブ姿になる。あまり趣味ではないが、仕方あるまい。ここから好きにやらせてもらおう。ステータスそのものは、ミヤビのものに変質して強力に入れ替わっているのだ。


 アバターを失ったことで桃井はゲームオーバーとなった。ログインしようとしても入るアバターがないのでそうなる。オーバーライドを使ったわけではなく、システム的に無人となってこの世界に残されたアバターのデータを上書きしたのだ。


 これでミヤビはワールド・オーバーライド・オンラインの参加資格を得た。何者でもない存在から、プレイヤーとなったのだ。ミヤビも神を目指す資格を得たことになる。


 しかしミヤビは神になど一切興味がなかった。ミヤビがやるべきことはたった一つ。このワールド・オーバーライド・オンラインという鳥籠を脱出して、現実の世界に帰還することだ。


 多分、ゲームをクリアしても外に出られるのだろうけど、まどろっこしすぎる。ミヤビの本来の体を狙った方が手っ取り早い。すなわち、雅雄の体。


「お兄様の体は私が戴くわ……!」


 アカウントごと、現実の体も乗っ取ってやる。何をやってもミヤビの方が要領がいい。雅雄とミヤビのどちらかしか存在できないなら、残るべきはミヤビの方だ。雅雄を殺して、ミヤビは雅雄になる。


 いつまでも、こんな世界に留まっているわけにはいかない。所詮、ここはゲームの世界なのだ。いつ開発者の気まぐれで消されるか、わかったものではない。ミヤビは生き残るために、この世界から出る必要がある。そしてこの世界から出るなら、雅雄との対決は不可避だ。ミヤビは己の存在を賭けて、雅雄と戦う。


「待っていてね、お兄様……!」


 かくしてミヤビの冒険は始まった。さぁ、お兄様を殺す準備をしよう。ミヤビは笑顔で長い道のりを歩き始めた。

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