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遠いけど近い、メールの送り主

作者: 藍川秀一

遠いけど近い、メールの送り主

藍川秀一


 中学の頃から、毎日のようにメールのやりとりをしている人がいる。その人がどんな体格で、どのような表情をしている人間なのか、僕は全く知らない。同級生であることは間違い無いように思えるが、それを確かめる術を僕は持っていない。

 メールの送り主は一体誰なのだろう。

 その人から初めてメールが届いたのが、卒業式の翌日だった。僕のアドレスを友人から聞いたらしい。

 確かに卒業式の日、あまり会話したことのない人からも、しつこくアドレスを聞かれた。断ると時間がかかりそうだったので、仕方なく教えた人が多かったように思える。

 それからは数週間ほど、顔のイメージできない人からのメールがいくつも届いた。確認することすら面倒だったため、無視していると、次第に送ってくる人は少なくなってくる。一ヶ月と経てば、メールを送ってくる人は一人になっていた。

 その人は、毎日似たような時間帯に、一通のメールを送ってきていた。返信の一つもしない僕に対して、どのようなメールを送ってきているのか気になり、内容を確認してみたことが、ことの始まりだったように思える。

 メールの内容は、ほとんど日記のようなものだった。道端に咲いていた花が綺麗だったとか、今日は雨だったから憂鬱だったとか、そんな同でもいいことを、毎日のように送ってきている。

 その人のメールを遡り、初めから読んで見たが、同じようなことが永遠と書かれているだけだった。何が目的なのか、まるで見えてこない。

 一回だが気まぐれで、返信を返したことがある。しかしその人から折り返しのメールが送られてくることはなかった。

 それでも毎日、メールは送られてくる。僕はそのメールを、アップロードされた動画を眺めるように読んだ。

 メールを読むことで、ある程度ではあるが、その人の人間像というものが見えてくる。何が好きで、何が嫌いなのか、少しではあるがわかった。

 メールの送り主は、よく本を読むようだ。基本的には小説を読んでいるようだが、漫画が全くダメなわけではないらしい。少年漫画や少女漫画など、幅広い範囲で、読んでいるようだ。そのせいか全く性別が見えてこない。

 文章から伝わってくる日常的には、女性的な気もするが、それにしては口調が軽すぎる気もする。やけに僕との距離が近いと感じているのか、ほとんどタメ口のような感じで言葉が綴られていた。

 思い出して見ても、そこまで、僕との距離が近かった同級生はいなかったように感じる。全く誰とも話していないわけではないが、誰もが一線のような壁を敷いていた。何ヶ月と会っていないだけで、名前すらはっきりと浮かばなくなってしまうくらいの軽薄な関係だったように感じる。

 考えてみれば、親とすら、満足に関係を保てていない僕には、他人と交友関係を結ぶことなんてできないのかもしれない。

 僕は父親一人の手で、今まで育てられてきた。仕事で忙しくしている父は、毎日のように家を空けている。たまの休日も部屋へとこもり、疲れを癒すために寝ているため、全くといっていいほど顔を合わせない。父親の顔がたまに思い出せなくなるときがある。

 母親はどんな人なのか全く知らない。父親からは何一つ話は聞いていないし、生きているのかすらわからない。母親がいたとしたら、僕という人間は、もう少し違っていたのだろうか。

 卒業アルバムを眺めながら、メールの送り主は誰なのだろうと考える。一人一人の顔と性格をイメージしながら、毎日届くメールと照ら合わせてみた。僕が抱いている人間像に当てはまる人物は一人もいなかった。

 ある日、いつもとは少し違うタイプのメールが届く。日記のようなものではなく、一言だけ、文章が書かれていた。


「誕生日、おめでとう」


 同級生に誕生日のことを話した覚えはない。

 本当に、このメールの送り主は一体誰なのだろう。

 僕はありがとうと、一言だけ返信を返す。


〈了〉


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